54話 表と病院

「という分けだ。白状して一応は解決に向かっている」


 五郎が入院して2日ほど経っていた。綾瀬や瀬木川組の連中を始め何人もお見舞いに訪れていた。そのうちの1人に菊池も含まれ、事後報告も平行して行われる形となっていた。

 島田少年は無事確保され、今は少年院ではなく電脳力者専用の刑務所。と言う名の隔離施設に送られたそうだ。

 未成年であっても危険性から最初は隔離施設へと送られ、その後の処遇を決める流れとなっている。


 彼の証言から、今回五郎達が追っていた事件とデスゲーム関連者の殺人事件は繋がっていたそうだ。そして、唆され殺害に及んだとの事。殺害動機も単純で、彼を殺し彼の立場に成り代わろうとした。犯行前も脅して居たそうだが逆効果であり、どうあがいても成り代わる事など到底出来るような事ではなかった。


 手口もまず能力を使い彼を酸素欠乏症へと陥らせ気絶。彼を担いで簡易の酸素ボンベをつけて自身の気圧を低くして跳びつつ移動。痕跡が残らないはずである。

 佐藤さとう冬至とうじの殺害以前は、元デスゲーム関係者の殺害であり、彼はまるで関与していない。逃げた犯人を捕まえなければ真相は分からない。と話されたが、永遠に分からないであろう。


 そして、逃げた事になっている猪上という二重脳力者に関しては、大咲中学校の先生であった事。偽の経歴しら知らず、捜査に使えそうな情報を得る事は出来なかったようだ。

 ダメ元で彼を殺した。と五郎は伝えてみたものの。死体が上がっておらず更に戦闘後に目撃証言すらあり、警察上層部からも能力と鑑識の結果、"死亡の線はない"と言われている始末。

 そして返された言葉が、その証言は信用するに値しない。と、一刀両断されてしまっていた。


 用意周到というのはこの事だろうか。

 まさか警察にまで手を回しているとは、五郎は夢にも思っていなかった。


 最後に依頼の成功如何であるが、正直に言ってしまえば微妙な線である。一応事件自体は解決は出来ており報酬も貰っているのだが、あのような結果になってしまった以上失敗とも取れてしまう。

 周囲からは考えすぎと言われているが、どうしてもどうにかならなかったのだろうかと、五郎の中で考えてしまっている自分がいたのであった。


「それで、助手はお見舞いに来たのか?」


「来てないよ。なんとなくの動向は知ってるけど」


 そう言って耳に付けている通信機を指差す。

 事件の調査中、永久に壊れてるんじゃないか。と言われていたが、異常はなく戦闘中に至っては通信が行える状態になっていた。

 バラしても見たがコレと言った異常も見つからなかった。

 通信領域外に出ていた可能性もあるが、二人の行動範囲から言ってこの線もない。


 永久側に問題があったか、別の要因か。


「そうか。やはり様子が可笑しいな。まぁいい、助手はそちらの管轄だ。何か問題が発生しているのなら早めに解決しておけ」


「分かってはいるよ。けど年頃らしく気難しくてな」


「まるで親のような言い分だな。……俺から持ちかけておいて聞くのも変な話だが、本当に大丈夫か?」


「お前からの依頼の方か? 正直ちゃんと出来てるかすら怪しいよ」


 彼は何かを言いかけ、そうだな。とだけ述べると病室を後にし、五郎は窓に目線を向ける。


「……解決、か」


 ッタッタッタと足音が聞こえ、病室のドアが勢いよく開けられる。

 1人の少年が息を切らして立っていた。


「おじさん、直った!?」


 五郎はその様子を見て微笑みながら、机の上に置かれているゲーム機を指差す。少年は目線をソレに向けると笑顔になり、駆け寄っていく。

 彼は柚崎ゆざき健太郎けんたろう。この病院に入院している少年であり、もうすぐ退院だという。

 病院の中庭で泣いている所を見かねて話しかけ、ゲームが壊れた、すぐに充電がなくなる。との事で修理を請け負っていた。


 彼はゲーム機を手に取ると、スイッチを入れ起動音が部屋に響き渡る。


「わぁ! すごーい! 直ってる! おじさんありがとう!」


「おう。次はちゃんと親に言ってメーカーに修理出すんだぞ」


 なんでも早くゲームをやりたかったようで、修理ではなく買い直しを親に要求していた。それで軽く喧嘩になってしまっていたようで見かねてしまったのだ。

 必要な部品はミラーを通してシェリーに頼んでいた。尤も、修理と言ってもバッテリーを交換しただけなのだが。

 そして、肝心の依頼料。


「それと、依頼料として、退院したら親の手伝いをすること。いいな?」


「うーん」


 彼は空返事をしつつ、椅子に座るとゲームに熱中し始めていた。


「本当にわかってんだか……」


 それから程なくして年配の看護婦が彼を連れ戻しに訪れ、もうすぐ先生が来ますから。と言い残して少年を連れて病室を後にする。


『懐かれてるなのです なのです♪』


 通信機からミラーの声が聞こえため息まじりに、どうだかな。と彼は答える。


「永久の様子はどうだ?」


『えー、ミラー的にはなついてると思うのですよー。……変わりなくです、です。ただ、ボスの言ってる通り……』


 五郎は目線を落とし、悲しげな表情を浮かべる。


「わかった。ありがとな」


『いえいえ、この程度ちょちょいのちょいなのですよ。なのです♪ でも、ボス。どうするつもりなのですか?』


「そうさな。まずはシェリーに声かけないと、かもな。ったく、入院してからアイツに頼りっぱなしだ」


 ノックがされ、一服置いてドアが開き白衣を着た青年の先生が病室へと入ってくる。


「澤田さん、おまたせしました」


 幾つかの資料を手渡され簡単な説明を受けた。2日に渡って検査を行っていたのだが、銃弾は身体を貫通し摘出手術は必要ない。しかし、別の異常が見られ手術が必要だ。との事だった。

 麻酔科医と相談し後日に手術を行うらしい。


「それでは、私はこれにて。大丈夫です。治りますよ」


 先生は病室を後にし、五郎はもう一度手渡された検査結果のコピーに目を通し始める。


『ボス、変な所でもあるのですか? ですか?』


「どうだろうな」



『先輩、本当にこのタイミングで動くんすか?』


 菊池は駐車場に停めていた車に乗り込み、息を吐く。


「お前に動いて貰わなければ困る。奏と朝陽はどうだ?」


『あ~……朝陽のやろーは休日使って来れそうって言ってたっす。けど、暴力女の方は無理っそすね。なんでも他地方の応援で出張だとか』


「向うも大変そうだな。いや、寧ろ向うの方が大変か」


『なんか、1人で変な電脳力者5人相手したって言ってたすよ』


 キーを回しエンジンを掛ける。


「ソレは寧ろ、笑顔で対応していそうだな」


 菊池は病院の3階のとある病室を見上げ、こう続ける。


「奏にはなんとしてでも来いと伝えろ。最悪、俺が出向いて手伝うともな」


『それ言っちゃうと、先輩十中八九出向く羽目になるっすよ?』


「構わん。ならば、先んじて手続きを進めておけ」


『うぇ!? 俺が!?』


「頼んだぞ」


『ちょ、せんぱ━━━━』


 無線を切り、車をゆっくりと発進させる。


「連中の尻尾がやっと掴めそうなんだ。形振りなんて構ってられん。そうだろ、真弓」



 加藤は一方的に無線を切られ、顔を引きつらせていた。


「先輩、いっつもいっつも俺に面倒事丸投げなんだからもう」


 パトカーから降りると、一つの紙袋を手にとある一軒家を見上げた。


「さっさと仕事終わらせるっすかね」


 呼び鈴を押し、少ししてインターホンから家主の声が聞こえてくる。


『はい、砂鳥ですが』


 彼が訪れたのは、廿日市総合病院に勤務する看護婦の家であった。

 そして、現在五郎が入院している病院でもある。


「わたくし、廿日警察署、電脳力対策特務課の加藤という者です。内臓消失事件を捜査しておりまして、少々お話をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


『あ、はい。今玄関を開けますね』


 程なくして、玄関の鍵が開けられ中へと招かれた。

 居間に通されると、紅茶を入れると言って彼女は台所へと向かっていく。

 加藤は至極当然のように紙袋から一つのクッキー缶を開け、1枚取り出すと齧りつつ周囲を見渡す。


「あ、何かと思ったらクッキーだったんですね」


 トレーにティーカップを2つ乗せて彼女が居間へと戻ってくる。


「いやー、お恥ずかしい話ながら、クッキーが大の好物でして。例えるならまるで麻薬の用に定期的に食べてるんっすよ。あ、食べてるんですよ」


「ふふ、無理をなさらないで結構ですよ」


 彼女はテーブルにティーカップを起くと、向かいのソファーに腰掛ける。


「それで、あの事件の何をお話をすればよろしいのでしょうか?」


「以前もあった事件と合わせて、事件当時何をしていたか。もう一度、話してもらえますでしょうか?」


 彼女は二つ返事で了承すると、当時の事を思い出しながら話し始める。加藤は手帳に簡素にメモを取っていく。

 10分ほど経ち、証言が終わるとお礼を言いつつ手帳を内ポケットにしまい込む。

 彼女のアリバイはものの見事に存在しており、"前任者"が容疑者の中で犯人から一番遠い位置。と置いていたのも分からなくはない。


「ありがとうございますっす。いやぁ、休日だというのにすみませんね」


「いえいえ、暇をしてた所ですから」


 紅茶を1口飲み、カップをソーサーに置く。


「そう言ってもらえますと助かります。あ、クッキー食べますっすか?」


 彼はそう言って、クッキー缶を差し出す。


「ではお言葉に甘えて」


 彼女はソーサーをテーブルに置くと、クッキーを1枚取り何のためらいもなく齧った。

 その様子を見て、缶を置くと1枚ほど手にとり口を動かし始める。


「あ、刑事さんも紅茶、冷めちゃいますよ?」


「そうっすね。……考えてる事は一緒。さぞ最初は変わった刑事だなー。ちょろそうだなーだなんて思ってそうっすけど、それが丁度いい」


「……はい?」


 彼はクッキーを齧り、手で拳銃の形を作り人差し指を彼女に向けた。

 次第に彼女の顔色が悪くなり、目を見開き驚いた表情を浮かべる。それもそのはずだ。先程数枚食べていた加藤の身体に異変はなかった。しかし、先程食べた1枚のクッキーで異変が現れていた。

 彼の頬にギリシア文字である【Ψ】が浮かび上がっていたのだ。


「残念っすけど、俺が同じ缶の食べてるからって安心しすぎっすよ」


「わ、私は違いますよ。私の能力はッ!」


 そして、彼女の頬にもまたタトゥーが浮かび上がっていた。


「いえいえ、詳しい話は署でお願いしますっす。砂鳥さん? 貴方は重要参考人っすから」

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