ファイル18
53話 永久と表
とある日本海に面している港町、その某所にそびえ立つ1棟の古びたビル。
そのビルの小汚いドアを開け、薄暗い階段をゆっくりと上がっていく1人の男性の姿があった。
彼の目的地である3階に着くと、ガラの悪い男性が複数人ドアの周辺でトランプをしている光景が目に入って来る。
鋭い眼光が階段を登って来た男性に向けられるが、即座に連中の目つきが代わり笑顔になる。
「あ、音田さん。お久ぶりです」
「去年振りだのう。あやつは中か?」
「はい、マザーなら今"特製"のパイを食べてる最中です」
音田と呼ばれた男性は、分かった。と、返事を返しドアへと歩を向けドアノブに手をかける。
「そう言えばお仲間のお二人さんは?」
ドアノブを捻り、ドアを開けると薄っすらと埃が外へと舞出てきた。
「入用で二手に分かれておる」
そう言い残し、部屋の中へと足を踏み入れた。
中も薄暗く埃っぽい。ダンボール箱が積まれていたり荷物が散乱しており、手狭な印象を受ける。
奥へと進んでいき部屋と廊下を隔てるドアを開けると少々異質な部屋に出た。
所々にむき出しのコンクリートの壁と床とは不釣り合いなアンティーク物の家具が設置してある。かと思えばソファーはよく置かれている応接ソファー。テレビは薄型で、置物は木彫りの熊やこけし。微かに流れている曲はヘビーメタル。
挙句の果てには紅木で作られた椅子まで置かれており、コレに腰掛け満足そうにパイを頬張る1人の女性が居た。
彼女は彼が来た事に気が付き、目線を向けて口を開く。
「
「何時もながら、統一性の欠片もないの」
「部屋は人の心を写す鏡、ってね」
「差し詰め、八方美人かの?」
彼はソファーまで歩いていき、腰を下ろした。
「言い得て妙だっ。でも、ただの生きた矛盾塊なだけざんすよ~ん」
「その流しておる音楽と音量も、この部屋も、日本に対する評価と置物も、全て矛盾と?」
「良く分かってらっしゃる。さ~すが正くん。お目が高い!」
持っているフォークで彼を指し、彼女は上機嫌に笑った。
「適当な事を吐かずに本題……の前に、雲隠れするんじゃなかったのかのう」
「うん、そのつもりだったんだけど」
彼女は口を動かしつつパイを切り分け始める。
「げきおこくんがさ、うちの末端の人員とっ捕まえて連絡取ってきたんね? したら、今回は不手際でごめんなちゃい。食事奢るから~って」
ふざけた口調で言ってはいるが、本当は硬っ苦しい言動だった事は想像に難くなかった。
パイを切り分けると、口に運び更に続ける。
「んぐ、でさ。嘘もついてないマンだし会食も別に良いから、受けたのよね。良いもの食べたかったし。でもまぁ怖いからゴーくんと小野ちゃんに護衛頼んで行ったわけさ」
飲み込み、ナイフとフォークを置くとティーカップを手に取る。
「結果としては戦闘もなく、狂弌くん達逃したのも無罪方面だったし、寧ろ感謝されたし? 小さな同窓会で終わったんで、こうして普通に動いてるってわけ」
カップに口を付け紅茶を口に含む。
「なるほどの。紀子に動いてもらわにゃ向うも困る。という話しだろうの」
「そんなだろうね。そうそう発狂姉妹さ、げきおこくんの所居たよ」
「あやつらが? ますますきな臭さが出てきておるの。様子が可笑しいらしい弓ちゃんもだろう?
「全くもって同感だよ。ま、うちとしては"限度さえ越えなければ"どうもしないし、情報は流すけどね」
彼女はカップを起き立ち上がると、ヘビーメタルを流しているラジカセを止める。
そして、発せられる声色が変わり本題への移動を合図するものであった。
「限度と言えば、ブルーローズ知ってるよね」
「狂弌の所だろう? また無茶をしおったのか?」
「と言うより、無茶をこれからする感じ。どうも東國会っていうヤーさんと手を組んだみたいでね。ちょいちょい動いてるし、工部省の情報と元組織があった研究所の場所聞かれたんよね。ニュースにもなってる蓮くんの後始末の連続殺人事件。アレやってるの猪上くんなんよね。んで、その猪上くんが死んだってさ」
彼は険しい顔となり、一服置いて簡単な質問を口にする。
「……犯人は?」
「武器子が接触してる探偵だそうよ。それでまぁ事件がぶつかった結果なのかな? 詳しい接触理由は話して来れなかったけど、面白いの抱え込んでてちょっと興味があるんだってさ」
「となるとシェリーが、そなたに連絡を? 珍しいこともあるものだの」
「うちもびっくりしたかんね。まぁ、本題は別だったんだけど。んでんで問題は狂弌くんだよー」
「確実に動きに乗じて復讐に向かうな」
「うん。うちもうちでまーた断れない日本での仕事が入っちゃったから、最初は3人に護衛を頼む予定だったんだけど。……状況が変わっちゃったからね、武器子の味方をして欲しいのよ」
「要は、ブルーローズと敵対しろと?」
「その辺りは正くんに任せる。影から助けるなり、正面切って助けるなり。ヤーさんを突くなり。けど、少なくとも武器子側の不利益にならないようにして欲しいの。そっちとしてもブルーローズが暴れるのは好ましくないはず。味方をして損はないでしょ?」
彼は目線を落とし少し考える素振りを見せ、目線を上げるとこういった。
「何時頃動く。とかは分からぬか?」
「本格的に動くのは少なくとも1週間後とかじゃないかな。向うも立て込んでるみたいだしすぐにとは行かないと思う」
「目安は1週間後、か。……敵対は極力御免だが、やれる範囲の事はしてやろう」
「ふぅ、ありがとー。ゴーくん今紛争地域行っちゃっててさ。連絡つかないんだよね~。丁さんも遊び回ってて連絡つかないしさ、小野ちゃんのクライアントもなーんか信用しづらいしで、ほんとまいっちゃうよ~ん」
彼女の声色が元に戻り、口調も軽くなる。
「だが、この頼みはそなたの意向に背くのではないか?」
「いんや、そんな事はないよ? 言ったよね。限度が過ぎなければって。正直これまでもちょいちょい止めに入ってるんよ。今回は武器子に手を貸す形で止めるってだけ。問題があるとしたら、多分狂弌くんがもうダメそうって事かな」
「そこまで進行しておったか。ま、気弱そうに見えてあの剛気な性格だからな。能力を惜しげもなく使っておったのだろうて」
「シュウくんが大変って言ってたよ」
「あやつには同情するの。……いいや、我も人の事は言えぬか」
そう言って彼は寂しげな表情を浮かべる。
すると、テーブルに置いてある紀子のスマホにメールが届き振動する。ゆっくり手に取り内容を確認して薄っすらと口元が笑った。
「あ、今更だけど正くんも食べる? パイ、美味しいよ」
まるで誤魔化すように彼女は、空いている手でパイが乗ったお皿を持ち上げ彼に見せる。
「先に聞いておくが、何を入れてもらったのだ?」
「ん? トリカブトと彼岸花の球根。ダメだったけ?」
問いかけつつ、追って確認するよ、ラストナンバー。と打たれたメールを送信する。
「我も食せはするが……そのような毒物、喜んで頬張るのはそなたか美矢ぐらいのものだぞ」
◇
人通りの少ないとある路地。
1人の学生が息を切らしながら何者かから走って逃げていた。
頬にはタトゥーが浮かび上がっており、能力を使用して目の前にある障害物を押し潰していく。
「くそっ、俺を匿ってくれるんじゃないのかよ! 俺を、俺を助けてくれるんじゃなかったのかよ!」
目から涙が溢れ、曲がり角を曲がった先に見知った少女が1人立っていた。
「お前は━━━━」
能力を使用とするも、それよりも早く懐に飛び込まれ意識を狩り取られその場に音を立てて倒れ込む。
「……完了」
彼女はしゃがみ倒れた彼の額に指を当て、少ししてから立ち上がる。
遅れてやってきた菊池に目線を向け、後は頼みますと言い残して立ち去ろうとした。
「待て、助手。君が直々に我々に協力を仰ぐのもそうだが、何処か様子が可笑しいぞ」
手錠を掛け、学生を担ぐ。
「何処がですか? 心情的には自殺したくなるほど嫌ですが、状況的に貴方々に頼んだ方が早いと判断したまでです。五郎ならそうするでしょうから」
「その探偵の事だ。……見舞いに行っていないんじゃないか?」
「貴方には関係ないでしょう。土足で入ってこないでください」
彼は去っていく彼女の後ろ姿を眺め呆れた表情をしていた。
「おー、永久ちゃん以前にもまして当たりつっよいっすねぇ」
クッキーを片手に加藤が現れこう続ける。
「旦那と一緒になった館の件じゃちょっとは、丸くなったかな? って思ったんすけどね」
「この事件で何かあったんだろう。表面上は平静を保とうとはしているが、内面は真っ暗闇と言った所が妥当か」
「っすね。あぁいうのが一番危ないっす」
「っふ、経験者は語る。か?」
「そんなんじゃないっすよ。ただ、身近に要るもんですから。嫌でもね」
「まぁいい。無駄話も此処までだ。署に戻ってこいつから事情聴取するぞ」
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