52話 結果と入院

 五郎は気がつくと殺風景な荒れ地に立っていた。

 有るものと言えばポツポツと点在している枯れ木に、幅は広いが浅い川。天気は晴れ間すら一切見えない曇り空。

 それと、知った顔が1人。


「なぁ、此処はあの世か?」


「さぁね。僕の知った事ではないかな。強いていうなら、あの世かもしれないし、君の夢かもしれない。虚像か実像か。本当の出来事か、はたまた夢現の……一時の幻か。何にしても知り得るのは僕じゃなくて君なのかもしれない。なんてね」


「あいも変わらずよく喋る野郎だよ。お前は」


 彼は九条くじょう廉太郎れんたろう。デスゲーム事件の首謀者であり二重脳力者。

 生き残りの依頼を受け、彼と対峙して暴走した永久が倒した。そして、自殺した。

 つまり彼は現世にはいない存在である。ともなれば此処はあの世。ないしあの世一歩手前という事になるのであろうか。差し詰め目の前に存在する川は三途の川と言った所か。


「それが僕の取り柄さ。でも、一口にお喋りと言ってもだね。僕のように回りくどく、混乱させ困惑させ煙に巻くタイプだったり。雪島紀子のようにふざけていたり、真面目だったりその境を分けていたり。シェリー・サックウェルのようにふざけている風にみせかけていたり。はたまた猪上太地のように、自分の言いたい事を喋っているだけ。など色々種類があるのだよ。さて此処で問題だ。僕のタイプはどれだろうね?」


「虚言癖の面倒臭い野郎」


「ははっ、大正解さ」


 話が長く胡散臭い。そのうえ真実に嘘を交えて話す。実に面倒臭いタイプの人間でそのうえ話が進まない。

 話しかけた俺が馬鹿だった。と五郎が自己嫌悪していると、彼の口は上機嫌に再び動き出す。


「本当の事と言うとね。雪島紀子は境を作ろうとはしているようだが、その実出来ていなーい。だが彼女は━━━━」


「一回黙ってくれ。というか、なんで向うに渡ってないんだお前は」


「なんだい、なんだい釣れないねぇ。それで、僕が何故逝っていないかだって? これには深いようで浅いようで、実は深海のように深い理由があってだね」


「……手短に頼む。って言って聞くか?」


「いいや? 全然。まぁ、君が面倒くさそうにしているから手短に話すと、そうだね。まず、閻魔様と大喧嘩してしまってね。ついカッとなってしまったのだよ。で、燃やしてしまったんだ。そうしたらどうだい、追い出されてしまったんだよ。いやはや、地獄というのもたいそうつまらない所だね。アレだけのことで放り出すなんてさ。かと言って天国に行ける身分でもない。よって、一種の浮遊霊さ。人の頭に入り込んで悪夢を見せる。うん、実に楽しい」


「それで、本当の事は?」


「はぁ~、その反応はつまらない。強いて言うなら此処が、夢か現実かあの世かこの世か。そういった場所で、何が起きてもおかしくはない。という事かな。例えば、槍の雨が降ってきたりね。ま、これはありえないけれど」


 彼は五郎のなんとも言えない表情を見てケラケラと笑う。


「黙れと言って、なんでこうもペラペラと喋ってるんだコイツ。と思っているのだろうが、君が何気なく質問してしまったのが悪い。よっては僕は無実の勝訴。素晴らしいね。これぞ完全勝利というやつだ」


「意味が分からん。お前と話してると頭が痛くなってくる」


「正常な反応だ。僕と会話して居て、楽しいと答える人間の方が狂っている。傍から見ると、楽しい人物に映るのかもしれないがね。さて、脱線に脱線を繰り返してしまったが、これだけは言っておこう」


 勝手に脱線させたんだろ。と考えつつ五郎はため息をついた。


「澤田吾郎。本当に渡ってしまうのかい?」


「……死んだ。と考えてるからな。まぁ、変に未練たらたらで残って、お前みたいな悪霊になりたくもない」


 そう言うと、彼は歩を進ませ始めた。


「悪霊とは失敬な。これでも善意の塊だよ? 僕はさ♪」


「嘘だな」


「そう、嘘だよ。ほとんどね。だが、僕を倒した君に特別に、1つだけ素直に真実を伝えるとするならば……」


 五郎は急に背後から何者かに抱きつかれよろけてしまった。

 そして、ほのかに柑橘系の香りが鼻腔をとらかす。


「残念な事に、まだ死んでいないだ。これがね」


━━━━五郎くん。


「櫻子さん!」


 っは、と彼は目を冷まし、先程の頭の痛くなる会話が夢であった事に安堵した。

 左腕から細いチューブが伸びその先には点滴パックがぶら下がっており、自身が今病院の個室のベッドの上で寝ている事を理解する。

 部屋の明かりがついている事に不審に思い痛みを堪えて体を起こし個室を見渡す。と、雑誌を読んでいるシェリーの姿があった。


「おはよ。知らない女の名前呼んでるの焼けちゃうなー」


 パンッと音を鳴らして勢い良く雑誌を閉じ、目線を彼へと向ける。


「それはそうと。猪上くん、と戦ったの五郎達だよね?」


「……あぁ」


 雑誌を投げ捨て、背伸びをすると彼女は立ち上がる。


「おっけー、おっけー。ま、こうなったか。銃を私に頼んだ時から予測してたり?」


 実は永久との合流前に彼女と会った時、護身用にと銃を頼んでいた。

 不必要に事務所で入り浸り営業妨害したから。と適当に理由をつけて。


「いや、なんとなく嫌な予感がしたってだけだ。こうなるとは正直予想外だったよ」


 お腹の傷口に触れこう続ける。


「なぁ、お前が助けてくれたんだろう?」


「そうなるけど、お礼なら便利子ちゃんにね。あの子が私にライン送ってくれなかったら気が付きすらしなかったから」


「ミラーか。分かった。けど、シェリーもありがとう。助かった」


 彼は頭を下げた。


「因みに、戦闘痕はあっても死体はないから、自首しようって思っても無駄だからね」


 驚いた表情の五郎が顔を上げる。


「それに経歴もデタラメ過ぎた上にリークしたし」


「ま、待て! 俺は人を殺し━━━━」


 彼女は彼の言葉を遮り、こう言い放つ。


「だから? 死体はないし、ロクに証言する人間もいない。それに五郎は寧ろ被害者って事になってるからもう何をしたって無駄無駄」


 そう言って、テレビを付けチャンネルを回し始める。とあるニュースを報道しているニュース番組で、彼女の手が止まった。

 内容はというと廿日市の探偵が負傷し入院、犯人が逃走している。というものであり戦闘があった廃旅館前が映し出され、五郎の顔がひきつる。


「ネットも似た記事が出回ってて世間的には既に、猪上くんは正体不明の犯人って事になってる。こうなったら何が真実だなんて分かったもんじゃないってね」


 彼女はテレビの電源を切り、リモコンを投げ捨てる。

 手慣れている。彼が真っ先に思った感想はこれであった。

 チラッとカレンダーで日付を確認しても、戦闘から丸1日しか経っていない。にも関わらず、この手際の良さだ。


「……俺を庇って何がしたい?」


「五郎はついで。猪上くんの死体処理が主なんだけど、死にました! 死体何処!? ってなっても面倒だし、どっからか変わりの死体調達するにしても、まぁ色々と面倒だし? いっその事、今の状態にした方が楽だったってわけ。運が良かったわね色々と」


 死体処理が目的。という事は、二重脳力者の死体に何か問題があるようだ。

 考えられる範囲としては国家機関ないし準ずる組織に解剖され、身体を見られるのが不味い辺りか。

 永久もそうだが、脳以外にも肉体強化が施されている節が多くあり、簡素な説明でも五郎は納得していた。


「そうか。なら、自首の線は諦めるとしても、もう1人いただろ? 俺達以外にも。そいつはどうなったんだ?」


「居た"形跡"があったわね。私が着いた時には、ちびっ子が言った部屋には誰も居なかった」


 彼女の言う事が本当であれば、縛っていた島田俊治という生徒は逃げ出した後。

 最低でも、中学校での事件解決に重要な情報を握っている人物を捕まえた。と考えていた彼は顔を手で覆う。


━━━━俺では役不足だろうが、もう少し付き合ってもらうぞ。


 猪上という二重脳力者が途中に発した言葉だ。

 気が高ぶっていたのか。この時叫んでおり、五郎の耳にも届いていた。が、少々気になっていた。

 なぜ、この言葉なのだろうと。

 今ならば島田を逃がすための時間稼ぎと、注意を引く行動だったと分かる。

 戦いにはズルをして勝ったものの、試合としては完全にしてやられた。そういう風な形になってしまっていた。


「まっ、島田って子の方はちびっ子が追ってるから、彼が犯人なら殺人事件の解決自体はすぐ終わるはずよ。問題はその先」


「その先……? まさか2重脳力者が所属してる組織か」


 あの能力は以前にあった下着ドロで確認した、ドアを丸めていたモノと恐らく同一のもの。

 そして、あの時の連中はコードネームを使用し獄中にいるにも関わらず暗殺者に狙われ殺されている。

 装備からしても、何か企んでいる組織という事は子供でも分かる情報が揃っていた。


 これまでは敢えて首を突っ込まないようにしていたが、どうにもそうは問屋が卸さない状況になってしまっているようである。


「そう。ブルーローズって所。でも確認取った感じ、今回の事件で逆に好転しそうな雰囲気があるから、やっぱり運が悪いようで運がいいよ。いや、今回は悪運が強い、かな?」

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