49話 バイヤーと先生
「はぁ、はぁ……居た!」
結局永久は中学校まで走って戻る羽目になってしまっていた。
息を切らし怒った様子で近づいてくる彼女に気がついた五郎は、何事かと思わず後ずさりしてしまう。
「通信機! なんで、応答しないんですか!」
耳を指差しつつこう言うと、彼は驚き通信機を外して調べ始める。
「は? え? 俺ずっと付けてたぞ」
「じゃ、壊れてたんじゃないですか。ったく、おかげで此方は不必要に歩かされましたよ」
「そりゃすまんかった。帰ったら直しとくよ」
とは言うものの、壊れているような様子は全く見受けられない。
「お願いします。それで、なんでまた中学校に?」
「それは、あぁちょうど良い所に」
彼の視線と意識が校内へと向かい、それを永久も追った。
眼光に広がったのは、1人の女教師が小走りで近寄ってくる光景であり、五郎の名前を呼んでいた。
「……まさか、コレに会いにでも?」
そう行って永久は小指を立てた。
「違うわい!」
「何が違うんでしょうか?」
「あ、いや、此方の話しです。お恥ずかしい」
彼女の名前は
用があったのは彼女ではなく、他の教員であり彼女にはその教員を呼んで来るように頼んでいたのだ。しかし、五郎の予想通り目的の教員は不在でありその報告であった。
お礼を述べ、2人は中学校を後にする。
「で、用があったのは誰ですか?」
「
日本に置いて未成年に薬を売る事に関しては"まだ"禁止されておらず罰則も存在していない。変わりに電脳力を与える手術に関しては現在禁止されており、罰則金も存在する。
国によっては成人でも手術及び薬の販売が禁止になっている所も複数存在している。だが、日本を始めアメリカやEUなどの先進国ではこの手の対策にはやたらと慎重な所が多い。
成長期の子供に限って言えば、場合によっては手術中に周囲を巻き込んでの死亡事故が起きると報告されている。これによって多くの医師から敬遠されており、そもそもの手術数もあまり多くないとされていた。
現実として未成年の電脳力者は数多く存在し問題となっているのも事実であるのだが。
何処で誰が手術を行ったのかは諸説あるが、はっきりした事は分かっていない。
「私のクラスの担任ですね」
「ほー、どんな人だ?」
「なんでしょうね。堅物っぽそうで、面倒事は基本無視する人でしょうか」
「嫌そうなタイプだこと」
五郎はポケットに手を突っ込みスマホを取り出す。
画面には布団に入ってすやすやと寝ているミラーの姿が映し出されていた。
「ミラー、起きろ~」
『なのです、なのです……皆の心を……さらけ出す……むにゃぁ』
「駄目だこりゃ」
ポケットに仕舞い、目線を永久へと向ける。
「さて、今回の推理だが聞くか?」
「一応」
おっほんと咳払いをし彼は口を動かし始める。
「先に言っとくと、明確な犯行動機と手口は捕まえて吐かせるか対峙してみるまで分からん」
肩透かしを食らい永久は思わず、無能と口走っていた。
「待て待て、恐らく重力、浮遊、念力関連の能力だろうって事は予測してた。だが、頭痛が引っかかるんだよな。よって可能性は低い物として見てる。ただ浮かせたり云々はしているだろうから、似た事ができる能力って感じだ」
「本質は違うと?」
「そうそう。だから、動きを止めるだけじゃないって思っておいて損はない。で、さっき言った山田三郎ってのがバイヤー疑惑に加えて関与してるんじゃないか? って段階だ。要は見つけたらぶっとばしていい」
「どうせお縄ですからね。分かりました」
「前置きはこの辺りにして、佐藤少年と恐らく島田少年のご両親殺害の犯人は同一人物。で、記憶操作は隠蔽するために使われてはいるが、その割には発覚から動きが大胆過ぎる。途中から隠蔽放棄してるんじゃないかってくらいには」
能力を過信している。という単純な理由の可能性もあるが、五郎はどうしてもそうとは思えなかった。
「……トカゲの尻尾切りですか」
「正解。推理ってより勘に近いんだけども、上手くやれば完全犯罪とは言わなくとも、もっと撹乱させる事が出来たはずなんだよな。けどしてないって事は、何処かのタイミングで発覚させて目をこの事件に向けさせたいんじゃないかってな」
「1ついいですか? ご両親の片割れはまだ死体は見つかってないと思うのですが」
「生かしてる理由があまりない。人質としても、脅しに使うとしても価値が薄い。まだ生きてたとしても、殺す予定だったんだろうなって感じだ」
「と、言いますと……島田先輩が犯人だと?」
彼は手帳を取り出し、とあるページを開くとこう答える。
「そうなる。簡単にだが動きとしては、佐藤少年を殺害。以後は俺達の介入まではバレないように生活を送る。で、介入後はまず両親を協力者と一緒に拉致監禁。その後タイミングは不明だが、殺害してうち母親の死体を投棄。被害者面するにしては動きが可笑しすぎるし、何より"昨晩家に帰ってた"そうだ」
そう言って彼女に手帳を渡す。
すると、今日行った聞き込みで得た情報が箇条書きで記されており、両親の姿が見えなくなったタイミング。島田少年の目撃情報。そして、スーツを着た人物と一緒だった事が書かれていた。
「これは確かに」
「だろ。……それはそうと、機嫌治ったか?」
手帳を受け取りつつ、五郎はそう問いかけてしまっていた。
「治ってるとでも?」
「だよな。まぁ、あいつの言う通り別に俺は取られたりなんかは━━━━」
彼女は立ち止まり、急にこう叫んだ。
「そういう事じゃないって言ってるじゃない!」
思わず彼も立ち止まり、周囲に人が居ないか確認する。
幸いにも人っ子一人折らず内心安堵のため息をついた。
「あっ、すみません。取り乱して」
「びっくりした。まぁ俺も悪かった」
「いいですよ。悪いのは泥棒猫ですし」
彼女の元まで歩いてき頭を優しく撫でてやる。
「……寂しかったらちゃんと言えよ?」
「ッ!? ゴローの馬鹿ー!!!」
永久の声が周囲に響き渡ったのだった。
その後、2人は島田が潜伏している。と城島ゆきが話していた学校の裏山へと歩を向けた。
なんでも佐藤の死体が見つかった場所から数百メートル離れた所に、廃業した旅館の廃墟があるそうでよく集まっていたようだ。
最近はあまり集合する事がなく、利用回数が少ない。けれど、集まった連中以外の誰かが使っている形跡があったと話していた。
「さて、灯台下暗しってか?」
目を細めた五郎がそう呟く。
草をかき分けながら進んでいくと、
「随分とボロボロですね。ですが、ボロボロ過ぎて集会場所ってよりかは、肝試しに使われてそうなホラースポットって印象が強いです。……夜だった危なかった」
「確かにな。騙されたか?」
「脅したので低いと思いますが?」
「おま、手加減しただろうな?」
ボロボロの入り口をくぐり携帯しているライトを付け薄暗いロビーを見回す。
蔦が至る所で張り巡っており、瓦礫や異様に多いゴミが散乱しているが人気はなく静かであった。
「しましたよ。ちょっと地面を抉ってみせたぐらいで」
足を踏み入れ、ゴミを踏みパキッと折れる音が響いた。
永久は周囲に目を配り何かを警戒する様子を見せる。
「差し詰め、こうなりたくなかったら大人しく話せ、ってか?」
彼女の様子を見て、五郎は後方を警戒しつつ右手をコートのポケットに突っ込む。入
「はい。堂島さんのやり方を真似ました」
上機嫌にそういった彼女はドヤ顔になっていた。
「ははっ、可愛そうにな。暴力団の恐喝使われたんじゃ
「いじめっ子ですし、この程度は経験して然るべきかと。寧ろ足りないぐらいですよ」
目線を2階へと続く階段に向け、スカートのポケットに手を入れる。
「お前と比べてやるなよ。一応その子は一般人だぞ」
人影がチラッと見え、彼はポケットに入れてあったフラッシュバンを掴みピンに指を掛けた。
次に息を整えるように深呼吸をする。
「私は一般人ではないと?」
スカートのポケットから手を出し、指で弾いた錠剤を噛み砕く。頬に"7枚"の花びらがついた花のタトゥーが浮かび上がると階段へと一直線に向かった。
「お前みたいな一般人が居て!」
五郎はフラッシュバンのピンを抜き投げ捨てると彼女の後を追っていく。
「たまるかよ!」
ソレは軽い音を共にワンバウンドし、突入してきた男の目の前で閃光と轟音を撒き散らす。
先行する彼女は後方の出来事には目もくれず、跳び上がると壁を足場に更に跳び、1秒も掛からない速度で2階へと到着する。
突然吹き下ろす風が発生し、軽いめまいに襲われた。身体も異様に重くなり身動きが取れなくなる。
更に周囲の床がミシミシと音を立て始めていた。
「ゴロー2階に"まだ"来ないで下さい!」
花びらが1枚光り、念動力と同じように無理矢理身体を動かそうとする。
念動力は強い能力であるが、一定以上の力を加える事が出来ない。つまり、ソレ以上の力を行使すれば抜け出す事が可能となる。
理解出来ていなければ、必要以上のリソースを裂くだけで何も変わらない。という事がザラにある。
あの時、永久はコピーしてある能力の1つである一時的に体の一部の筋力を跳ね上げる肉体強化系の能力を使用し、拘束を抜け動いていたのだ。
今回も同じ手で。とは行かずに、動けはするが重く俊敏な移動は不可能であった。
作戦を切り替え別の花びらが光り、彼女の周囲に薄っすらと何かが纏い始める。
「これだけは使いたくなかったんですがね……」
「来るなって、俺の戦闘能力知ってるだろ!? 今はただのか弱いおじさんだぞ!」
「分かってますよ、直ぐに終わらせますから!」
全身にオーラのようなモノが永久を包み込みめまいが消える。確認するように、手を軽く振るった。
「これなら……!」
姿勢を低くし、走り出しドアが開いている部屋の前で立ち止まる。
「ゴロー、もういいですよ」
叫びつつ部屋の中に座って床に手を付いている男性を見下ろす。
「なんで、動けんだよ!」
彼は立ち上がり逃げ出そうとするが、直後になにかの力で身動きが封じられてしまっていた。
「似た台詞を少し前にも聞きましたね」
「うおっ、なんじゃこりゃあああああ!!!」
遠くから五郎の叫び声が聞こえ、念動力と同様に"集中しないと行使している力が途切れる"タイプだと考えていたが、違った事に気がつく。
「お前、何なんだよ……!」
「少しだけズルいだけな、ただの電能力者ですよ」
言葉を紡ぎながら歩いていき、思いっきり蹴り飛ばし彼の意識を刈り取った。
部屋を見渡すと、隅に蹲るように置かれている1人の男性の死体を見つけた。五郎が言っていた通り、彼が犯人であることを確信する。
「後は下ですね」
廊下に飛び出ると、頭を抱えて横たわっている五郎の元まで走って近づく。そして、跳び越え下へと階段の前に立った。
そのまま下の階に意識を向けるが突っ込んでくる様子もなければ、人の気配もない。
「すみません。呼ぶのが少し早かったです」
「き、気にするな。で、攻めけはあるか?」
「いえ、ないですね。気配もないのでかなり厄介かもしれません」
敵は最低でももう1人。能力行使の制限を考えると、悠長に構えている暇はなかった。
厄介そうな相手であり、現状の手札で切り札とも言える能力の使用中ともなれば尚更だ。
「少々危ないですが、此方から動きます」
「分かった。この先の奴縛ってからやれる範囲で援護する」
「期待はしてませんが、頼みます」
階段を一気に飛び降り、1階に着地するとバリアを張りつつ周囲を見渡す。
すると、急に肩に手が置かれ目線を送りつつ体を捻った。
「あ、時柄━━━━」
そこに居たのは永久が潜り込んでいるクラスの担任である山田三郎であり、構わず回し蹴りを放つ。
しかし、即座に手を離してしゃがまれ蹴りを避けられていた。
「先生を急に蹴ろ」
蹴った足を地面につけ、軸足にしていた足で今度は後ろ蹴りを行うが、奴は体を捻ってコレをも避けていた。
「と、教えた事はないんだがな」
そう言って伸び切った永久の足を掴んだ。
引き剥がそうとするも、ものすごい力で掴まれておりびくともしない。
「貴方みたいな、教員が居てたまりますか」
「それは此方の台詞なんだがな」
彼の右の瞳が赤く染まり、頬に牙のタトゥーが浮かび上がる。
脈絡もなく唐突に昔の光景がフラッシュバックし始めた。
━━━━この検体は駄目だ。破棄しろ。
━━━━安定はしたが、コレも失敗だな。
『やめて』
━━━━この子まで精神が別れたか。まぁいい。アレも組み込むとしよう。いい実験になる。
『……やめて』
━━━━これで100人目か。俄然あの素体が欲しくなる。
━━━━
『嫌だ、やめて……』
━━━━あぁ、ダメか。お前も失敗作だな。残念だ、沙耶香。
「やめろおおおお!!」
声を荒げて叫び、内ポケットから1本の鉄の棒を取り出した。花びらの1枚が光り、拳銃に変わると引き金を引いていく。
奴は即座に跳び退け銃弾を躱すと、距離を開け先程まで足を掴んでいた手を見つめる。
「拒絶反応……生存個体が居るとは聞いていたが、まさかこの目でお目にかかれるとはな。第1世代」
永久は肩で息をし、異様な量の汗が吹き出しポタポタと滴り落ちていた。
更には酷い頭痛にも襲われ、左手で頭を抑えつつ銃口を向ける。
「精神系の電能力を使って態々昔を思い出させないで下さい。第2世代」
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