ファイル17

50話 球体と暴走

 下の階で永久の叫び声が聞こえ、何か彼女の身に起こっている事は分かっていた。

 分かってはいるのだが、めまいや吐き気、頭痛のせいで五郎は動こうにも動けない状態であった。


「あー、くそ。さっきの能力きっついな」


 真っ先に浮かんだのが酸素欠乏症。仮に当たっていれば一時的な筋力低下も引き起こしているだろう。

 彼は能力を食らった時、単なる重力操作だと考えたが、この症状加えて吹き下ろす風の存在で否定されていた。そうなると風を操る操作系の能力かもしくは類似する能力。

 壁に体重を乗せゆっくりと立ち上がると腰に挿してあるものに手を当てる。


「ふぅー……もしかしたらこいつに頼る事になるかもな」


 

 念能力を発動し身動きを止め、同時に前へと踏み出す。


「最短で、決める」


 引き金を引き、懐から警棒を取り出す。 


「計測を始めよう」


 殺到する銃弾は、突如現れた浮遊する球体とぶつかり相殺さて地面に落ちていく。

 

「ッ! けど予想済み!」


 更に1枚の花びらが光り、警棒にオーラのようなモノが纏っていた。

 間合いに入り腕を振りかぶる。が、彼の足元の地面がメキメキと音を立て始めた直後、バネのように奴の身体を弾き飛ばしてモノリスのような壁が出来上がっていた。


 お構いなしとばかりに腕を振り抜き、壁を切断し遠隔斬撃が駆け抜けていく。


「能力は多彩」


 お次は球体から複数の薄い鉄板が展開され斬撃を防ぎ切る。


「ならっ!」


 切断した壁を足場に、能力で足の筋力を上昇させ永久は大きく飛び上がり旅館の外へと出た。


「思い切りもある。だが」


 大小様々な球体が彼の周りで浮遊しており、周囲の地面がクレーターだらけになっていた。

 この時ある事件の丸まったドアが脳裏を過ぎる。


「まさか、下着ドロの!」


 引き金を引いていくが、大きい球体を壁のように扱われその全てを防がれる。


「練度が全体的に足りていない」


 小さい球体が射出され、永久へと殺到していく。

 守る素振りを見せずに警棒に再びオーラを纏わせるが、攻撃の一つが身体を包むソレを突き抜け腕を掠めて飛んでいく。


「なっ!?」


 驚いた表情と共に後続の球体を念動力を使用し止め、足場として利用し地上へと足を付ける。

 抜けた箇所に目線を向けると、瞬く間に修復されていた。この能力の使用者が平然と攻撃を防ぎ接近している様子を幾度か見たためか非常に硬い。防御力があるものと永久は考えていたが、どうやらそれは間違いであったようだ。


「俺の戦闘で使える能力はな、ただ無機物を丸める。そして、簡単な操作。それだけだ。確か球体変化射出とかいったかな」


 新たな球体が地面から生成され、クレーターの数が増えていく。


「それに引き換えお前は、その全身の鎧や、警棒へのオーラ系の付与。念動力や銃への金属変換。先程も筋力操作系を使ったと見える。なのに良くて互角。不思議だと思わんか?」


『……永久、俺も今からそっちに行く』


「思いませんね」


 引き金を引いていくが、先程同様大きい球体で防がれてしまう。


「なるほど、自覚はあるのだな」


 コピー能力。確かにそれは便利でズルくて強い。

 だが、練度はどうだろうか?

 使用回数に限りがあり、その使用回数が少ないものが大半である。そのような状態で育つものだろうか?

 答えは否、だ。


 例外も確かに存在する。使用回数が多い能力やないもの。協力者に強い能力者が居た場合など。

 故に使い慣れた能力も存在する。するが、どうしても別の能力との連携として扱う事が多く、能力一点での使用を重点に置いた使われ方はあまりしない。

 簡単な応用はしても、玄人地味た運用は基本してなかったのである。


 永久は警棒を振り抜き球体を破砕し周囲に砂煙を撒き散らす。


「驚異としては、よくて南の奴ぐらいか」


 上空へと何かが煙を突き抜けた。


「同じ手……ではないな」


 空へと上がった物質は瓦礫であり、筋力を増加して投げ注意を引くのが狙いであり本命は別。

 周囲を囲うように半球体の大きな防壁が展開し、彼はあるモノを丸めた球体を口元へと寄せていた。


「いや、これでは少々過小評価か。梶谷の次ぐらいだな」


「よく回る」


 銃声が響き、バリアに接触跳弾して彼へと弾丸向かって飛んでいくが、小さい球体に阻まれる。


「舌ですね!」


 一服遅れる形で、銃弾が襲いかかった反対側から永久が現れ、手に持った警棒を振り抜こうとしていた。


「職業柄な」


 しかし、直前で彼女の死角から球体の1つが腕を弾き手から警棒が溢れ落ちた。


「喋るのが癖になっているのだよ。言葉というのは面白い。武器にもなれば"囮"にもなる」


 彼の目線が先程、銃弾が飛んできた方へと向けられその先には五郎の姿があった。


「五郎、避けて!!」


 間が悪い事に廃旅館から五郎が出てきた所であった。

 先程の攻撃は、囮を織り交ぜ多角的な攻撃がある。そう思わせ、注意を完全に此方に向けるためであった。


「やばっ!」


 彼はそう呟き、重い体を無理にでも動かし走り出す。

 そうすれば幾分か安全に出てこれる。そう考えての行動であった。

 しかし、その全てを彼は読んでいたのだ。


「まぁまぁいい揺動だった」


 幾つもの球体が射出され、周囲を包むバリアに到達する。

 次第に亀裂が入っていき甲高い音と共にガラスのように割れ砕け散った。


らせない……!」


 咄嗟に念動力を攻撃に使われているモノではなく、五郎の身体に使用し弾くように吹き飛ばした。

 攻撃対象を失ったソレらは地面や旅館の壁を抉り取っていく。


「しかしだな」


 続けて球体を破壊しようとした矢先の出来事であった。

 形が歪み面積が僅かに膨張し、永久は一連の戦闘で出現したモノリスのような壁や鉄板を思い出し、目を見開く。


「まずっ━━━━━!」


「一手の遅れは致命傷になりえる」


 五郎は頭を抑えつつ起き上がり、先程の攻撃跡に目線を向けていた。


「いてて……」


 分かってはいたが、狙われればひとたまりもない。今回ばかりは相棒の助力込みでも力になるのは厳しそうだ。そう考え、不自然に鎮座している瓦礫の影に隠れ、思考を巡らせ始める。

 すると突然、耳を刺すような重低音と共に、永久が空高く打ち上がっている光景が眼光に広がっていた。

 急激に膨れ上がった質量は、彼女の身体を上空に弾き飛ばすのに十分な威力を有していたのだ。


「永久! 目を瞑れ!」


 急いで残っているフラッシュバンを取り出し、ピンを抜くと思いっきり投擲した。

 しかし、微かに独特の破裂音が聞こえるだけで閃光が撒き散らされた様子はなかった。

 外だから効果が薄かった。否、そうではない。


『いえ、包み込まれて無力化されたようですよ』


 落下しながら攻撃に晒されている彼女から通信が入り彼は瓦礫を叩く。


「なっ、対策された!? ……当然か!」


 同時に視界に警棒が落ちているのを捉えていた。

 永久は鎧を抜け幾つかの攻撃を喰らいボロボロになりつつも着地し、さらなる追撃を走って避けていく。

 丸める事ができるのであれば、元に戻す事も留意すべきであった。最初の攻防の時点で気がつくべきであったのだ。

 奴は以前として拘束されている。なのに此方は防戦一方。自力が違うとまざまざと見せつけられる形であった。


 残存能力も少ない。特にもうすぐ切れそうなオーラに念動力は残り"1回"が限度、銃変換も使い切っている。残りの弾を撃ち切れば打ち止め。

 球体の速さや動きに慣れ始め、永久は腕を払いそれらをオーラで切り払っていく。


「近接格闘に限って言えば三栖坂みすざかと同レベル……ぐらいか。中々だな」


 彼女は急に方向転換し、姿勢を低く一直線に奴へと向かい始めた。


「少しいいものを見せてやろう」


 彼の口持ちにあった球体が口の中に入ると1粒の錠剤へと姿を変えていた。

 間合いに入る直前、地面が盛り上がり永久を包み込もうとする。


「ソレはさっき見た……!!」


 直後、球体を蹴り破り砂埃と共に外へと脱出する。その瞬間、タイミングをあわせるように顔にめがけて回し蹴りが迫っており咄嗟に腕を割り込ませた。

 オーラの上からでも分かるほどの衝撃に、彼女の身体は浮き蹴り飛ばされてしまう。


「このタイミングで過剰投与!?」


 両目の瞳が赤く染まった彼を確認し、クルッと一回転し着地すると即座に走りだし引き金を引いていく。

 この射撃は攻撃ではなく、防衛の行動であった。球体を元の形に戻せる。という事は。


「勘がいいな」


 接近する"銀色の小さな"球体が突然フォークへと姿を変える。幾つかは銃弾で弾かれるものの、その多くは加速したまま飛来し、地面へと深く突き刺さっていく。


「少しいいものというのはこんなモノですか?」


 避けきった。と思った矢先、1本のフォークが足に突き刺さる。

 痛みに表情を歪ませるも、立ち止まらずに足を動かし続けた。


「いいや、まだだ」


 先程のフォークが再び球体へと姿を変え、囲うようにして永久へと殺到していく。 

 避けきれないうえにもう奴を拘束出来ない。そう悟った彼女は、周囲の銀色のそれら全てを念動力で動きを止め、銃口を彼へと向け引き金を引いた。

 球体から1枚の鉄板が展開され、凹みを作りながら銃撃を全て防ぐ。


「勝負は此処」


 ボソッと呟き、花びらの1枚が光る。

 直後に立ち止まり方向を転換。踏み締め、投擲された警棒をキャッチし、低くそして鋭く距離を詰めるために前へと跳んだ。

 鉄板を切り裂き壁の向うへと出るが、彼の姿がなく1つの浮遊する球体があるのみであった。


「球体にできる。とは言ったが質量を圧縮したりもしている。少し形を変えたりな。例えば"中を空洞"にする事も出来るのだよ」


 球体が割れ腐卵臭が鼻を刺し、思惑に気が付き急いで距離を取ろうとする。が、周囲から包むように土が盛り上がっていき中が空洞の大きな球体を作り上げていく。

 壁を破壊し脱出を図ろうとする。だが、破壊した壁は何層にも折り重なっているうえ1枚1枚が固く、間が悪い事に花びらが1つ消え纏っていたオーラが消滅した。


「この手は」


 地面の表面が円状にくり抜かれ、一つの球体が浮遊し漂い始めた。開けられた穴から彼が這い出てくると、服に付着している砂を手で払っていく。


「あまり使用しないんだ。光栄に思ってくれよ」


 目線が五郎へと向けられ、彼は腰に刺していた拳銃を引き抜き銃口を向ける。


「……それで俺が倒せると?」


「いいや思っちゃいない。第一俺の相棒を手玉に取るような奴に勝てる分けがない」


 何もかもが相手の方が上手うわて。攻撃は尽くあしらわれ、目論見は尽く看破される。


「そもそも俺は射撃がド下手でね。この距離でもお前に当てれる自信が全くない。だから俺は"囮"だ」


 袖から1つの筒が零れ落ち夥しい量の煙を周囲に撒き散らす。


「今度はスモークグレネード」


 数発の球体が五郎に向けて射出されていく。


「さて、時柄の方は━━━━」


 目線を閉じ込めている球体の方に向けたその時であった。

 回転する何かが煙の中から放られ、周囲に悪臭を撒き散らし始める。


「なっ!? つくづく物理以外のモノを使う奴だ」


 回転するソレから離れるように後退し、球体で弾き飛ばし周囲を見渡し始めた。

 彼が生きている。という事はバリアが張られたと見てまず間違いなかった。

 という事は中に居る彼女もまた、援護が出来る程度には余裕がある状態で生存している。恐らくは既に脱出した後なのだろう。

 そして、放った囮という言葉をどう捉えるか。


 突如斬撃が飛来し、彼は半歩捻ってそれを避ける。


「やはり脱出していたか」


「ゴローの馬鹿! ちゃんとやれてないじゃないですか!」


 彼女は口から出まかせを叫び、警棒を逆手に持ち変える。


「普通ならば致死量に達しているはずだが、まぁそういう事なのだろうな」


 球体が射出され、警棒と銃で急所を守りつつ近づいていく。

 隙を見て警棒を投擲するが、落下してきた瓦礫に押しつぶされてしまう。


「これで再利用は出来ん」


 永久の左右から大きい球体が迫り、ソレの形は僅かに歪んでいた。


「挟む気ですか」


 周囲にバリアを展開し、更に距離を詰めていく。

 迫っていた2つの球体は巨大な岩へと姿を変え、防壁を割って挟み込むように飛来する。

 彼女は焦る素振りも見せず、振り返り戻ろうともしない。防壁を張り直し、割れては張り直しを繰り返しつつ足を動かし続けた。

 動きを鈍らせようと小さい弾からフォークに戻ったモノが殺到するが、拳銃で急所に当たるモノだけを撃ち落としていく。

 攻撃が手足を掠め切り傷が増えようとも、諸共せず駆け抜けていく。


 接触間際に張ったモノが割れ、咄嗟に倒れるように滑り込む。ギリギリの所で脱出すると撃ちきった銃を投げ飛ばした。


「手詰まりか?」


 腕で払われソレは鉄の棒へと姿を戻す。


「どうでしょうね?」


残り4枚となった花びらのうち2枚が光り、直後に複数のロケット花火が2人の間に目掛けて飛んでくる。


「手品師か何かか、あいつは」


 永久は後方に防壁を張り飛来するフォークを防ぎ、足の筋力を上げて花火の一つに結ばれた紐に付いているものを掴み取る。

 結ばれていたモノはただのプラスチックの棒であった。

 普通ならば使い道もない、その辺りに落ちていたただのゴミ。


「いいえ、探偵で私の」

 

 花びらが光り、プラスチックのゴミにオーラがまとわり付き即座に振るわれた。

 すると、遠隔斬撃が発生し花びらが3枚へと数を減らす。


「相棒です!」


「ぐッ……!」

 

 それは回避行動を取っていた奴の腹部を掠め、地面に着弾した。


「これでも━━━━」


「今のはひやりとしたぞ。いい攻撃だ!」


 彼女を包囲していた球体が、一斉に殺到し雨のように降り注ぐ。


「永久!」


 咄嗟に周囲に展開した防壁を貫き地面に到達したそれらは一時的に砂煙が発生させる。少しして晴れると倒れた彼女の姿があった。


「安心しろ。殺してはいない。少々惜しくなった。だが、お前は別だ、手品師のような探偵さんよ。見せしめ、というのだろうな。こういうのは。必要だろう?」


「……怖い事言うなよな」


 五郎はそう言って、あるものを取り出す。


「それは!?」


 取り出したモノは以前、シェリーに貰ったお守りという名のカードであった。チップが内臓されている等の掛けは一切なし。ただのカードである。しかし、極一部には効果がてきめんだそうだ。

 では、どの相手に効果があるのだろうか。と考えた結果、二重脳力者。及びその関係者。と仮定ができた。

 本人にこのことを問いかけてはいたが、明確な答えは返ってこずのらりくらりとはぐらかすだけ。


「多分、お前なら知ってるよな? あまり手は出さないほうがいいかもな」


 この使い方で合っているのかは分からない。誤った使い方なのかもしれない。

 だが、今は使えそうなものは出来得る限り使うべきだと判断していた。


「なるほどな。武器子と美矢は武彦を抱き込んでるのか。なるほど、なるほど。……俄然貴様は殺さないといけない」


「……まじかよ!?」


 しかし、裏目に出てしまった。


「だが、この場では殺さない。あいつが何を考えてるかは知らんが、お前には利用価値があるかもしれん。まぁ良い扱いにはせんさ」


 薄っすらとある意識の中、彼女は思考を巡らせる。

 残りの手札で勝つ方法を。この場を生き残る方法を。五郎を守る方法を。

━━━━これからは私がゴローを守りますから。

 負けられない。約束を破る事になる。負けたら大切な人を失う。


「私は、五郎を……守る」


 ポケットからケースを取り出し、1錠手に取り後は地面へと落とす。


「私が"まだ"鮮明に覚えてる、最初の頃の……約束」


「ッ!? や、やめろ!」


「今更命乞いか? もう遅い」


 彼は球体を生成し周囲に浮かせてみせる。


「やめろ! 永久! 過剰投与するな!!」


 彼の静止は、虚しくも永久の耳には届いていなかった。

 ゆっくりと口に運ばれた錠剤は噛み砕かれた。


━━━━五郎は、私が守る。

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