44話 五郎と二重脳力者
菊池、隻眼の探偵と合流し他の探偵より遅れて廿日科学博物館の中へと足を踏み入れた。
中は薄暗く、明かりも禄に付いておらず視界は悪い。
そして、置かれている展示物が不気味さを醸し出していた。
「そういえば、ジョーカーの奴は体調崩してるのか?」
「いえ、今回は戦闘になる事が必至ですので、後方待機をしてもらってます」
「下手に襲われると守るのは大変だからな」
菊池はそう言いつつ、事務室のドアを少し開け中の確認を行う。
安全であると確信し中に入るとあるものを探し始めた。
「レーベンが選んだ標的。故にその粗探しですか?」
壁に寄りかかった隻眼の探偵が問いかけ、彼は短く肯定し資料探しを続行する。
「いいのか? 俺達に付き合って」
五郎が泰山達の申し出を断ったのは何でも嫌であったからではない。
イベント参加はしているものの、目的はレーベン本人ではなく此処科学資料館の方であった。
そして刑事は立ち入らない事で話が通っている。のだが、今の菊池は"五郎の助手"という立場で侵入している。黒よりのグレーゾーンだが何かを見つければそれはチャラとなる寸法だ。
故に彼女を積極的に捕まえに行く行動は極力取らない方針となっている。
警察としても彼女の場合は、泳がせておいた方が検挙率が上がっている上に歯が立たない。
結果として最近は体裁のための捜査や包囲は行うが、基本的にはノータッチで事が進んでいる。さぞ彼女にとっては動きやすい環境だろう。
この事はそれとなく伝えたのだが、エースがそれでも良いから手を組むと食い下がり、執念染みているように思えた彼女のボスも二つ返事で了承。現状の同盟関係が築かれていたのだった。
「どうせそこら辺の探偵じゃ捕まえられませんよ。僕が一番警戒すべきは貴方ですし」
「俺……? それこそ、永久の居ない今の俺はその辺の探偵以下だぞ」
「それはどうかな?」
「あ、レーベンって確か情報横流ししてたんですよね? だとしたら今のこの行動は無駄では?」
タトゥーが浮かび上がり、出入り口で周囲の警戒を行っているエースから質問が飛んでくる。
確かに最初は五郎も同じ事を考えていた。
「今回はレーベン名義で警察署にも来たんだと。内容は今回は情報は流さないから、気になるならどうぞご勝手に。だそうで」
彼女としてもイベントに集中したかった。という事なのだろうか。それとも叩いても埃が出ないのか。
「へぇ、珍しい事もあるもんだ。刑事さん、何か見つかりましたか?」
「おかげで求めてたモノは見つかった。だがこれだけでは足りない」
「博物館何かやってたんですか?」
「この博物館は利用されてはいるが、白だな」
事務室を後にし、展示コーナーへと向かうと何人かの探偵が倒れている光景が点滅するライトに照らし出される。
「見事に潰し合ってるな~」
踏まないように進んでいくとまた一人の探偵が倒れている光景が瞳に映る。
「また、か。捕まえるイベント、というよりただの潰し合いになってないか」
菊池の言葉に半笑いで隻眼の探偵が同調する。
「確かに、腐っても探偵なんですから推理ぐらいはして欲しいモノですね」
「今回って推理要素ありますか? ただ探して見つけて捕まえるってだけですよね」
「そうでもないかな。レーベンは多分3階で逃げ回ったりはせずに待ち構えてるよ」
「……???」
彼女は分けがわからないという表情をしつつ首をかしげる。
「レーベンを捕まえるイベント。と評してはいるが、目的の人物に私を捕まえに来て。って言ってるようなもんだ。それに能力と実力からして逃げ回わらずとも、魚有無象をあしらう事は簡単。で、問題になるのが何処に居るか、だがオープニングの時に最後にレッツパリって行ったろ? 此処にエッフェル塔のミニチュアが存在して、それがあるのがこの上3階の展示場になる。安直過ぎて推理かも怪しいが」
五郎は天井をだるそうな表情で見上げた。
「ほー、だから入る前に展示物の確認をしてたんですね。イマココを歩いている理由は?」
「ただの時間潰し、かな。あまり他の潰し合いに遭遇したくない。ですよね、澤田さん」
「ですね。後は一階に━━━━」
すると、密かに周囲の展示物を見ていたエースが臨戦態勢を取った。
「どうやら、そうも言ってられないようですよ?」
1人の男性が現れ、エースのボスを指差すとこう叫ぶ。
「隻眼の探偵!! お前はぜってねぇに許さねぇからな!!!」
「あら……エース、お前ら恨み買う事でもしたのか?」
「戦闘になれば否応にも買いますよ?」
という事はよく戦闘してるのか。そう考え五郎は一歩後ろに下がる。
もしくは永久の直感通りか。
「お前が居たせいで! 俺の友達は豚箱にいっちまった!!」
彼は錠剤を噛み砕き、タトゥーが浮かび上がる。
一見すると逆恨みでこのイベントを利用して襲ってきた。ように見える。
「僕に逆恨みですか? 見苦しいですね」
「黙れ! お前の間違った━━━━」
彼の言葉をかき消すように暗がりに紛れ接近していたエースが、念で出来たブレードを振るい何かと接触し甲高い音を奏でる。
接触したのは襲撃者の右腕であった。
皮膚の一部が硬質化し、あのような音が出たのだ。
「思ったより反応がいい」
左手を握りしめ硬質化し振りかぶるが、彼女は瞬時に後退し拳は空を切る。
「アレは僕に用があるようですし、手出しは無用で」
「元からするつもりはないっての」
なら良かった。と返し、薬を噛み砕くと彼も襲撃者との距離を詰める。
こうなってからは決着までは早かった。
隻眼の探偵が肉弾戦を仕掛け、攻撃をいなし硬質化箇所を確かめるように攻撃を繰り出していく。その間彼の助手はと言うと闇に紛れ潜んでいるだけ。
攻撃が全く当たらない焦りからか、大ぶりとなった攻撃を躱し彼は胸に向けて蹴りを食らわせる。
「っは、効かねぇ!」
「いいや、チェックメイトだよ」
硬質化で身を守り威勢を発したのもつかの間、背後から放たれた一閃が首元から背中にかけて駆け抜け瞬時に意識を刈り取っていた。
「いいコンビだな」
菊池が呟き、五郎は肯定する。
攻防で硬質化の同時発生の面積を測りつつ囮を担当。攻撃と防御で無防備になった瞬間をエースに狙わせる。言葉を交わさずにこの連携をしてみせていたのだ。
暗闇に紛れていた間も彼女は彼同様面積と攻撃タイミングを見極め、敢えて動かない事により固執している敵の意識外へ。
硬質化は良い能力であったが、初手で"全身"を硬質化していない時点で、罠か全身に纏えないかのどちらかであり彼の攻防でそれを見極める時間でもあったのだった。
「お前達ならどうする?」
「永久がごり押す。俺は生憎とどんぱち担当じゃないからな。援護や作戦は伝えても結局はあいつ頼みだ」
◇
「はぁ~……おっそいなぁ……」
展示物を覆っているケースの上に座ったレーベンが言葉を漏らしていた。
探偵自体は数人は現れ、あしらっていた。だが、本命が一向に来る気配がない。
「これじゃぁ大掛かりな仕掛けした意味ないじゃん」
「オー! 此処に居られましたか。我が姫君!」
すると、エセ外国人が現れ彼女はため息を付く。
「ミーの名前はフォール・倉越・アトゥール! 以後お見知りおきを」
会釈し、彼は密かに指で薬を弾く。
「貴方じゃあたしを捕まえられないと思うけど?」
「ソレは、やってみないト」
彼は一瞬で加速し、レーベンの目の前に迫った。
「分かりまセーン! マイハニー!」
はずだった。
「ハァ? ……ノー!!!!」
気がつくと彼は海上のど真ん中に放り出されており、敢え無く音を立てて海に落ちてしまう。
布のように垂れ下がっっていた空間がゆっくりと元に戻っていく。
「はい。エセ外国人は脱落っと。さっきの……そういや、五郎と一緒に居た奴よね。ミスったなぁもう少し遊んでおくんだった」
適当にあしらった事を後悔していると、また足音が聞こえ目線を向ける。
「お次はどんな……」
現れたのは1人のオッドアイの女性であった。そして、彼女を見てレーベンは言葉を失う。
「お久しぶり。シェリー」
風が女性の周囲に盾のように発生し始める。
「……彩乃ォ!?」
「好きにできるんでしょ? 捕まえたらさ!」
風の一部が球体へと変化し、レーベンへと迫っていく。
◇
幾人かの探偵に襲われその全てを返りうちにしていると、やはりただの潰し合いだな。と、今回の五郎の相棒から愚痴が漏れる。
「まぁ、レーベンを捕まえるより先にライバルを潰す。って、魂胆はわからんではないが」
「些か多すぎますね。ほんと馬鹿ばっかり」
苦笑いを浮かべ、更に進んでいくと1人の男性が現れる。
「っち、また」
「ちょっと待て」
五郎はライトを男性に照らし、目を凝らす。
すると、男性は泰山であり、戦闘の後だっただろうか衣類がボロボロで汚れていた。
「泰山さん!?」
躊躇なく駆け寄ると、彼は安心したのか崩れるように倒れる。
「大丈夫ですか!?」
「良かった。澤田……に、逃げるんだ……」
逃げろ? と脳内で反復すると更に奥の方でバチバチと雷が迸る光景が移りとある人物が脳内を過る。
タイミング良く爆発音のようなモノが聞こえ、博物館が微かに揺れた。
「探偵」
「お父様!」
菊池とエースも同じ人物を思い浮かべたようで、2人の盾になるようにして暗闇の中に居る謎の人物に立ちはだかる。
「奴だったらどうする?」
「戦いながら撤退。流石に無理だ」
前回は今回より戦力が居てあの結果だった。
まともに戦えば敗北は火を見るより明らかだ。
「撤退か。彼は僕が受け持つよ。その方が早い」
隻眼の探偵が泰山を担ぎ立ち上がると、ゆっくりと後ずさりし始める。
「おいおいおいっと、有名人に鬼神ってやべー組み合わせだな」
聞き覚えのない声がし暗闇の中で雷が刀の形状を型取る。
想定していた人物ではない事を内心喜ぶも、真正面から突進してくる奴の目がオッドアイであり頬にはイルカのタトゥーが浮かび上がっていた。
「にじゅ━━━━!」
振るわれた雷の刀はエースが念で出来たシールドで防ぐが、ソレを覆うようにして雷撃が走り彼女を駆け抜けていく。
「うぐぅ……!」
五郎は咄嗟に腰に挿していた拳銃を取り出し、引き金を引いていく。
ほとんどの銃弾が明後日の方向に飛んで行くも、敵は警戒して引き剥がす事には成功していた。
「なん、ですか。アレは」
「まんま電気なんだろうよ」
だが、彼の見たことのないタイプの電脳力であった。
エースのように念や気と言ったモノで武器を作るモノや、永久が気に入っている金属を銃に変換するや木材を武器に、と言ったモノはよくある電脳力の一種だ。しかし、雷そのものを武器として固定化している能力はなく、彼女もまた初めて見る代物なのだろう。
「氷や土と言ったものならまだ分かるがな。それより探偵それは銃刀法違反じゃないか?」
菊池の目線が奴から五郎の持つ拳銃に向けられる。
「おい、馬鹿!」
「余裕そうだな、鬼神!」
今度は雷が槍のような形状となり、一直線に油断している彼に向かって伸びていく。
攻撃は直撃したものの彼の能力により表面に展開されているオーラで止まり雷撃も身体にまで届いては居なかった。
直後に雷で出来た槍を彼事引っ張り寄せ、拳を作る。
「ヤバッ!?」
咄嗟に手を離すが、瞬時に跳んでいた菊池が懐に潜り込んでいた。
次の瞬間、繰り出された拳が奴の腹にめり込み声にならない叫びと共に弾き飛ばされ、暗がりへと消えた。直後に壁にぶつかり崩れるような音が館内に響き渡る。
「フー、こういった手合はカウンターに限る。で、探偵。銃刀法違反だぞ」
彼はくいッと眼鏡を上げ振り向く。
「うわっ、敵に回したくない……」
彼女からしても敵には回したくないと感じるのか。と思いつつ呆れ声で五郎は返答した。
「レーベンに言ってくれ。事務所宛に勝手に送りつけられたんだ」
「だからと言って持ってくるべきではなかろう」
「これゴム弾で威力もエアーガンに毛生えた程度に調整されてるし、そもそもあいつの能力だ。グレーゾーンだろ」
現在、能力で生成されたモノで殺傷能力がない、ないし著しく低いモノに関しては例外処置が取られているのだ。
世間では議員の誰かの電能力で武器が生成され、それを容認するため。と囁かれているが真偽の程は定かではない。
「だとしても、だ。他の連中からしたらそんなもの分からんだろうが」
「ソレが狙いでド下手くその癖して持って来てんだ。ってか、こんな事言わせんなよ! ……どうせ、中に警察はお前以外入ってこないだろ」
「ふむ。考えなしでないならいい」
ガラガラと瓦礫が崩れる音がし、先程の男の声も微かに聞こえてくる。
「……驚いた。完全に入ったと思ったのだが」
気絶していない事に驚き、彼は警戒を強める。
「奴は二重脳力者だからな。もう一方の能力で守ったか回復したんじゃないか?」
一方、襲ってきた男の方は暗闇の中砂埃を払いぼやいていた。
「あー、くっそ。第3世代だからって油断した。伊達に鬼神って言われるだけはあるな。これは骨が折れる所か普通にやったら勝てるかも怪しいな……さて、どうしたもんか」
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