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43話 探偵と五郎

 PM21:45 廿日科学博物館前、レーベン開催の突発イベント当日。

 科学博物館を取り囲む警察関係者に加え十数台のパトカーに白バイ。報道関係者と野次馬の群れ。

 そして、各方面から集まった数十名の探偵達……。合計人数としては数百人と言った所だ。


 一昨日に行った適当とも取れるレーベンの予告状に見せかけたイベント告知。

 それでこれだけの人々が集まり、急遽特番が組まれたり、動画サイトで生放送が行われたり屋台まで出張ってきている始末だ。

 一種のお祭り状態である。


「何がこうまでさせるのか。甚だ疑問だな」


 五郎に付き合ってこの場に訪れていた菊池が周囲の状況を見て、呆れた口調でぼやいていた。


「悪いな。付き合わせちまって」


 存在は知っていたが、訪れた事がなかった五郎はパンフレットに目を通していた。

 恐竜の剥製に、各国の有名な建造物のミニチュアの展示、日本史コーナーや昆虫の標本。

 そして、近々世界大戦の歴史と銃のレプリカの展示が行われるらしくその準備も行われているようだ。

 銃の展示はトンプソンやMガーランド、MAS 36小銃などと言ったモノから、クルム・ラウフやウェルロッドと呼ばれるちょっと見た目が変わったモノまで様々だ。


「気にするな。どうせお前の護衛でなくとも仕事で来る羽目になっていたんだ。それに言った通り寧ろこの方が助かる」


「そうかい。時に、加藤さんは?」


「あいつは今署で書類に追われてる。まぁ、何時もの事だ」


 大変そうだな。と、五郎は考えつつ今度は周囲に目を配り始める。


「気になる連中でもいるのか?」


「そうだな。知らんヤツが多いが、彼処と彼処」


 そう言いつつ2つの集団をそれぞれ指差し、こう続ける。


「腕が立つって事で有名。それと彼処で女に囲わせてる奴」


 スーツ姿に金髪でグラサンに加えて幾つかの無駄に目立つ装飾品の数々。

 如何にも成金です。という格好をしている人物を指差し、あいつは面倒臭い、色々と。

 そう言った途端、話題にしていた男性が2人に気が付き、取り巻きと何やら言葉を交わした後、ゆっくりと1人で歩いて近づいて来る。


「不味った……」


 思わず五郎が呟く。

 彼は、ハーイ。と不自然な片言で挨拶をしてくる。


「外国人か?」


「いいや、日本人。ハーフですらない。ついでに女好き」


 菊池は何かを察した様子で、なるほどな。と、口から言葉を漏らしていた。


「お2人サーン、ミーを見てドウカしたのデスカ? まさか、助手希望デスカー?」


「違います。適当にどんな探偵が集まってるのか見てただけですよ」


「ナールホド! 偵察は重要デスネ! ミーの彼女達ノリサーチもそうデース!」


 彼は唐突に取り巻き一人一人の情報を自慢げに話し始め、適当にはぐらかそうとするも拒否されてしまい聞きたくもない情報が耳に入って来ていた。

 すると、菊池はゆっくり、ゆっくりと後ずさりし始め咄嗟に五郎が彼の肩を掴む。


「おい、死ならば諸共だろ?」


「誰がそこまですると言った……アレは時間の無駄だ……」


 このやり取りをする間も彼は話し続け、2人して逃げたとしてもバレないのではないか? と思うほどであった。

 お次は怒声で聞き覚えのある声が耳に届き、五郎はあからさまに嫌な顔をし思わず左手で顔を覆ってしまう。


「冴えない探偵に、倉越じゃないかー!!!」


「オー!!! 泰山じゃないデスカー!!!」


 2人は知り合いのようでハグをし、握手を交わす。


「ほら、冴えない探偵も!」


 彼は大げさに腕を広げてハグを求めてくる。


「いや、俺はいいです……」


「冴えない探偵? ソウ言えば、あの予告状に書かれていた人物デスカー?」


 その言葉を堺に、数瞬ほど周囲の探偵がシーンと静まり返る。


「違いますよ。単純に以前の事件で助手にそう呼ばれてしまったせいなだけです」


 少々大きめな声で否定してやると、周囲からなんだ。そういう事かよ。等々声が微かに聞こえ、想像以上に気にしている事が伺い知れる。


「あぁ、悪い悪い! あの時と同じノリで言ってもうたわ! わははは!」


 悪びれた様子もなく高笑いする泰山に、思わず五郎も釣られて薄く笑ってしまっていた。

 実際は自身の事である事実は分かっていた。だが、この場で明かしたとしてメリットがあるだろうか?

 答えは簡単でデメリットしかない。

 否定し、誰か分からない状態にしておいた方が後々動きやすい。


「迷惑ついでに、手組まないかね?」


 笑顔から一転し、真顔になった泰山さんからそう告げられる。

 味方は多いに越したことはないが……。


「いえ、一応ライバル同士になるわけですし」


 五郎は申し出を拒否していた。


「うーむ、残念だ。冴え……黒澤さんとそこの刑事さんなら信用できると思ってたんだが」


 彼は言い終わるとガハハと笑い、こう続けた。


「変な奴だと思われてるのは知っている。嫌なら距離を置いて俺を拒絶してくれたって構わない」


 通常時の大声で大雑把な人物らしからぬ台詞なうえ、急にこんな事を言われ五郎は面食らうが、一服起きこう返してやる。


「変なのはお互い様です。ただ、声量はどうにかして下さい。助手の言葉を借りるのであれば騒音級ですから」


「それは無理な相談だな、ガハハハ!!」


 今日一番ではないかと思うほどの大声で彼が笑い、倉越という探偵も一緒に笑い始める。

 この光景を見て肩を落として呆れていた。

 すると、背後から何者かに抱きつかれ目線を向けるが誰も確認出来ず、更に目線を落とすとエースの姿があった。


「お父様、明けましておめでとうございます」


 口元に青のりをつけた彼女が笑顔で挨拶をしてくる。

 屋台のたこ焼きを鱈腹食べた事は想像に堅くなかった。さぞ屋台の親父は儲かったであろう。


「あ、あぁ、おめでとう。……お前らも来てたのな」


 五郎は自身の口元を指差し、青のりが付いている事をそれとなく伝える。

 意図に気が付き、ポケットからハンカチを取り出すと拭き取りながら口を開く。


「はい。なんでもボスが、何度も逃げられてるからね。今度こそ捕まえるよ。って張り切ってましたので。時にお父様はお一人で?」


 彼女は声真似を交えつつ答えた後に質問を飛ばしてきた。

 いや、1人ではない。そう返答するも、周囲に菊池の姿はなく唖然とし続きの言葉を無くしていた。


「じゃぁ、今回の相棒は……そこの木偶の━━━━」


「ち、違う。菊池、あの館に居た眼鏡を掛けた刑事居ただろ? あいつだよ」


 木偶の坊と言いかけた所で咄嗟に言葉を遮っていた。

 答えが分かり彼女はなるほど、と呟きつつ五郎から離れる。


「では、ビチグソクチビは?」


「永久なら別案の調査中でこの場には居ない」


 正確にはキャサリンさんのお子さんが借りているマンションにお呼ばれされており、お泊り会を強制執行されていた。

 本人は嫌々だったものの、やぶさかではない様子でもありいい傾向だと感じていた。

 ミラーも永久に付き添わせたため、彼女もまた不在だ。


 彼の言葉を聞き、上機嫌となり再び抱きつこうとするが。


「オー! プリティなガールデスネー!」


 エースに反応し倉越は満面の笑みで2人に近づき、一転して彼女は不機嫌そうな態度を取る。

 流石の無類の女好き、見境はないのか。などと考えていると更に臨戦態勢へと移行していた。


「ちょ、エース待った! 倉越さんも止まれ!」


「ノーネー! 嫌よ嫌よも好きのうちっていいマース」


「嫌なものは嫌。それ以上近づいたら素っ首撥ねますよ」


 両者共に薬を取り出し、戦闘開始一歩手前の中笑う泰山に焦る五郎。

 混沌とした状態となりつつあったが、突然複数の花火が打ち上がり夜空に轟音と共に咲き誇る。


『レディース&ジェントルメーン!』


 何処からともなくスピーカーが現れ、レーベンの声が流され始める。

 タイミングが良くイベント開始の22時となっており、開始の合図がされたのだ。

 そして、怪盗の格好をした本人もまた科学館の屋根の上に現れ花火を背にし、不敵に笑っている姿が確認できる。

 同時似小競り合いも中断され、2人の目線は彼女へと向けられる。


『探偵諸君、そしてぇ警察諸君にマスコミの皆様、観客の皆様この度はお集まりありがとう! ありがとう♪ 早速だけれどルール説明といくよ』


 彼女は周囲を軽く見渡し、五郎の姿を確認すると微笑み続ける。


『ルールは簡単! ただこのあたし、レーベンを捕まえる事! ただそれだけ! 他の探偵を出し抜くもよし、戦って倒すもよし。ただし殺す事だけはご法度。そして制限時間は1時間! これだけは覚えておいてね! それではレッツパリ!』


 レーベンの姿が消え、イベントが開始し周囲の探偵達が続々と中へと入っていく。


「要は好き勝手にプレイしろって事デスネー」


「のようですね。行きましょうお父様」


「ん? お、おい!」


 そう言われ、力強く手を惹かれ転けそうになりながらも彼女に付いていく。


「泰山、確かに彼は何処か不思議な感じがしますネー」


「だろう? 隻眼の探偵ほどじゃないが、彼もまた色々抱えてそうだ」


「それ以上にあのエースという子、プリティーネー!」


「わははは!! 結局はそこか! さて我々も行くとしますか」


「デスネ。慌てる必要はアリませんが、万が一という事がありますカラネー。泰山入ったらライバルデスヨ?」


「……え?」


「エッ?」



 廿日科学博物館裏口。

 取り囲んでいる警察の一部がいるのみで、探偵やマスコミの姿は見えず静まり返っていた。

 すると、突然花火が打ち上がり幾人かの警官がそれに目を奪われる。


「おぉ、大掛かりですね」


「だなぁ。単独犯だっちゅうのにすんごい仕掛けだ」


 警官の突入は見送られていた。

 理由は単純で以前電脳力者を含む警官が束になって掛かったものの、軽くあしらわれたからである。

 取り囲んでいるものの半ば形だけのものであり、彼女に対してはあまり効力はない。


「あー、俺向こうの方が良かったですよ。あっち屋台ありますし、何よりレーベンを生で見れますし……先輩?」


「あぁ、すまん。なんかさっき屋根に飛び移った影が見えたような気がしてな」


「またまた~気の所為ですよ、気の所為」


 廿日科学博物館屋根に2つの人影があった。

 一方は金髪の若い男性で、一方は茶髪のセミロングの女性である。


彩乃あやの、どうだ~?」


「バレてない。多分」


「多分って……まぁいいや、どうせ気がついても連中は中にゃ入ってこねーだろ」


「油断大敵」


「火事親父ってか?」


 女性は首を横に振りこう続ける。


「地震雷、それは。……足元掬われる。慢心してると」


「分かってる分かってる。しょうの奴にもよく言われてるよ。それにズバッとバレてないって言って欲しいんだがね」


「考慮はすべき。警察の事も」


「へいへい。要はバレてようがバレてなかろうが、突入も視野に入れて行動しろって事ね」


 女性は今度は首を縦に振り、1錠の薬を取り出す。


「行くよ」


「おう、何時でも何処でもロックンロールってな」

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