41話 学校といじめ

「……助けた?」


 思わず反復し問いを問いで返す形にしてしまう。

 よく考えれば、確かに彼女からすれば助けた。という構図になっていた事は否定できない。


「うん。だって、私そのね? だし、関わってると、一緒に……ね」


 いじめという言葉を使いたくないのだろう。言葉が辿々しく端切れも悪い。


「別にそんなの関係ないですよ。単純にたまたま委員長って言葉が聞こえたのでこういう場合は頼るべきかなと思った次第なだけです」


 この様子だと、委員長という役職も無理矢理やらされている可能性が浮上する。

 やりたがるようなタイプには見えないし、断れるようなタイプにも到底見えない。


「そっ……か……」


「なので、恩とか感じなくて結構です。逆に恩を着せてるんだ。ぐらいの気持ちでどうぞ」


「えぇ!? そ、そんな事……。あ、なんで人気のない場所に来たの?」


「単に時間潰しですよ。流石に授業中に彷徨くのは目立ちますから」


 それから言葉が交わされるはなく、2時限目の時間を寒空の下ゆっくりと過ごしていった。

 今回の場合、見て見ぬ振りをするべきか。文字通り助けるべきか。依頼の件もあり密かに頼まれたカラスからの頼み事もある。

 3つ目の案件は御免被るが、無視するにしても目覚めが悪すぎる。


 自分の力でどうにかするものだとは思うものの、できない。無理だからこうなっており外部から手を差し伸べるべきだとも考えており非常に悩ましい。

 キーンコーンカーンコーン。と、終了のチャイムが鳴り響くと永久はスッと立ち上がる。


「さて、行きましょう」


「ふぇ? ……あ! うん」


 未央も遅れて立ち上がり校舎へと歩を向けた。

 この休憩時間は残りの3年の教室がある1階、理科室や音楽室、視聴覚室と言った教室が入っている特別教室棟を案内された。

 その間、すれ違った生徒の幾名かに佐藤冬至の事を聞くがこれと言った情報は入ってこなかった。

 程なくして休憩時間終了のチャイムが鳴り先程の茂みへと戻ってくる。


「……あれっ!? またサボり!?」


 到着して奈央は驚いた声を上げるが、永久はそれを無視し小さい声で唸っていた。

 やはり手当り次第に。と言うわけにはいかないようで先程の不良っぽい生徒の言う通り、島田と言う人に話を聞くべきなのだろう。

 こういう時は吾郎ならどう動くか。と、考えてみるものの焦らずに情報源に当たってみる。という行動しか浮かばず、早く元の状態に戻りたいからとは言え焦りすぎなのだと実感していた。

 早く解決した所で、通う日数は変わらないというのに。


 それにこれ以上委員長を連れ回して授業放棄させるのもなんだか不味いように思え、4時限目は授業を受けようと思い至る。

 出来ればもう1人の方が収穫があれば良いのだが、此方はあまり期待はできないだろう。

 ゆったりとした時が流れ、3時限目の終了のチャイムが鳴り響く。


「あ、終わった。次は何処案内すればいいの? 体育館? 旧校舎? それとも部室周りとか?」


「いえ、先程少々考えたのですがもう十分です。教室に戻りましょう」


「あ、うん……」


 彼女はしょんぼりとした様子で立ち上がり、重い足取りで教室へと歩き始めていた。


「あー、これはこのまま案内してもらった方が良かった感じでしょうか。でもまぁ、連中の動きも気になりますし、彼女には悪いですが」


 永久はそう呟き、彼女の後を追って教室へと向かった。

 戻り次第再び絡まれる。と予想していたが、特にそのような事はなく取り囲んでいた連中は此方に目線を向け様子を伺うだけであったのだ。


 拍子抜けだと感じて席に向かうと、永久の机にも未央の物と同じく悪口での落書きが施されていた。それが彼女の目に入ったと同時にクスクスと笑う声が聞こえてくる。

 恐らく居なかった時間に必死になって書き殴ったのだろう。


「ご苦労な事で」


 気にする素振りも見せず椅子に座ると、頬杖を付き黒板をただ呆然と眺め始める。

 次第にクスクスと笑う声が小さくなっていき、ガタッと勢い良く立ち上がる音が聞こえるも、直後にチャイムが鳴り響き、今度は大きな舌打ちが耳に届く。

 どうやら連中からすると、永久の薄い反応が相当不服だったらしい。


 4時限目の授業は地理であり、淡々と授業が進んでいく。この間、永久はノートと教科書は開いていたものの黒板に書かれた事を書き写す事はなく事件の事を思考していたのだった。

 終了のチャイムが鳴り響き、幾名かの生徒が給食の準備を始めていた。

 本日は4時限目で終了し、給食からお昼休憩を挟み掃除をして帰りのホームルームという流れになっており正直この時点で抜けてしまっても構わない。と、彼女は考えていた。


 が、放課後まで暇ができてしまううえ、掃除の時にはぐらかすのが面倒臭い事を考えるとこのまま最後まで付き合った方がまだ楽かもしれない。

 などと考えていると抜けるに抜け出せなくなってきている事に気がついた。

 そうこうしているうちに着々と配膳が進んでいき、永久の机にも給食が置かれていく。

 

 すると、連中の1人がやってきて、ニヤつきながらスープに何かをふりかけ始める。


「私が転校生のために特別にトッピングしてあげるよ。金魚の餌だけどさ! あはは!」


「……なるほど、コレが美味しいと?」


「そりゃ絶品よ。なんてったって━━━━」


「でしたら召し上がれ。お礼はいりませんよ」


 言葉を遮るように言い切ると、器を底から鷲掴み振り掛けている生徒の顔に目掛けて押し付けそのまま押し倒す。

 温いスープが顔と髪を濡らし、カランという音と共に器が地面に落ちる。そして、彼女には具材が至る所に付着していた。


「代わりのスープも要りませんので」


 そう言うと、かばんと袋に入ったコッペパンを手に取り立ち上がる。


「転校せっ……!」


 彼女は立ち上がろうとするが永久に睨みつけられ怯み、まるで蛇に睨まれた鳥のように動きが止まってしまっていた。

 残りも要りませんので。と、言い残し教室を後にしようとしたがチラッと委員長の顔が見え小さく舌打ちをする。


「それと一人が嫌でしたら、付いてきてもいいですよ」


 永久はゆっくりと教室を後にする。


「えっ、あっ……まっ!」


「葉山ァ! あんた行ったらどうなるか……!」


「ご、ごめん!」


 特に意味のない謝罪を述べ、未央は永久の後を急いで追っていったのだった。

 階段まで走っていくと、袋を開けてコッペパンを齧っている永久の姿があり、その行動力があればあんな事ならなかったんじゃないですか。と呆れ気味で言われてしまっていた。


「えっ!? そんな事……ないよ」


 顔が曇り俯いてしまう。


「まっ、どうにもならない事もありますし、私の言った限りではありませんか。さっさと行きましょうか」


 そう行って永久は階段を登り始める。


「外行くんじゃないの?」


「いいえ? 上に行きます」


 そう行って一つの鍵を彼女に見せるのだった。


「鍵? 何処かの教室に入るの?」


 後を付いていきつつ質問するも、彼女は教室棟で施錠されている教室が浮かばない。


「違いますよ」


「うーん……?」


 未央は答えが分からずに唸り首を少し傾げ、眉間にシワを寄せる。

 程なくして4階から屋上へと繋がる階段を登り始め答えを導き出すが、今度はと言うと驚いた表情を浮かべていた。


「屋上の鍵……? どうやって入手したの!?」


 屋上は基本的に立ち入り禁止となっている。故に鍵は本来保管されており、使用される事はほぼない状態であった。


「魔法でちょっと、ね」


 到着し鍵を開け、屋上に出ると外側から鍵を掛け永久はかばんの中身を確認する。


「お、お~……私初めて屋上に出た」


「端には行かないで下さいね。バレるとちょっと面倒ですし、落ちられると本当に面倒ですし目覚めも悪いので」


「うん、分かった」


 彼女は永久の隣にちょこんと座ると、空を見上げる。


「学校に来て、ちょっと楽しいかもって思えたの久しぶり」


「そうですか。とりあえずこれでも食べて下さい」


 カロリーメイトの箱が投げられ、未央はびっくりし視線を落とすと次に永久に向ける。


「でも、時柄さんの……あ、2個あるのね」


「ん?」


 永久はもう1つの箱を開けカロリーメイトを頬張っており、彼女も薄く笑いながら箱を開けた。


「なんていうか、用意周到だね」


「午前中にも言いましたが、授業受ける気なんてありませんでしたし」


「学校に来た意味は!?」


 尤もなツッコミがなされ、一服置いて2人は笑っていた。


「あ、そうそう。永久でいいですよ。呼び方」


「私も奈央でいいよ。永久……ちゃんって不思議な感じだよね。なんていうか年上のお姉さんって感じがする」


「そんな事言われたの初めてですね」


 未央が口を開こうとした時、ドタドタと階段を駆け上がってくる音が聞こえガチャッと鍵が開居たかと思うと勢いよくドアが開いた。


「永久ー! お前何やってんだー!」


 現れたのはもう1人の転校生である練山愛であった。


「何って、調査ですけど?」


「目立ちすぎだぞ!? もうちょっと上手く……ありゃ?」

 

 彼女目線は困惑している未央に向けられ、両者共に固まってしまう。


「唐突に2人してフリーズしないで下さい」


「永久、こいつは友達かー?」「調査って……? まさか永久ちゃん探偵とか?」


「かと思ったら同時に喋らないで下さい!」

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