36話 カチコミと二重脳力者

 1人の女性と数人の屈強な男性が乗り込んでいる1台のクルーザーが、コンビナートへと近づいていた。

 ふと微かに聞こえる銃声が耳へと入り、女性の眉間にシワが寄る。


「なーんか嫌な予感がするな~。これだから、げきおこくんのお仕事は嫌ざんすよー」


 ふざけた口調でぶつくさと文句を垂れ、頬を軽く掻く。そして、後ろを振り返りふざけた様子のまま屈強な男達に向けて喋り始める。


「弾けた外野の処理も追加。貰った駄賃はおこずかーい。簡単な仕事だって? 嘘々そんなの嘘っぱち」


 瞬時に表情が消え、目が据わり声が急に低くくなる。


「昔のよしみで嫌いな日本にまで足を伸ばした分けだけど、正直割に合わない。でも追加料金を請求したとして、向うが応じる可能性はほぼゼロ。ふざけてるよね。うん、ふざけてる」


「同意見。だが、マザー。仮に我々が楯突いたとしたとしよう。勝てる見込みもゼロだ」


「そうそこが問題。皆殺しという強制キャンセルをしたうえで、身代わりの可愛そうな子羊を見立てる。なんて手も使えたもんじゃない。げきおこくん以外にも何人か居るだろうし、肝心の私は狩る側ではなく狩られる側の人間」


「つっても、このままただ従うのもしゃく


「だよね、だよねぇ。皆もそう思うよねぇ」


 コンクリートで固められた岸が近づき、女性は横目で確認する。


「じゃ、今回の台本。まず今回の直接的な依頼人はげきおこくんだけれど、引き渡し人はあの不幸な影の暗殺者くん。この人は今、ブルーローズの頭である狂弌くん自ら出張って追ってる」


 男の1人がゲラゲラと笑い、女性がパンパンと手を2回叩く。


「多分だけど、狂弌くんは後の事は深く考えずに投与ないし過剰投与する。だろうから制御するためにシュウくんも一緒に行動してるって考えられる分け。この事からブルーローズのツートップがこの場に居る可能性が高い。ともなれば交渉が出来る」


「クライアントの鞍替えか。その後はどうする?」


「イエス。日本離脱までを支援してもらった上で本部に帰還。残して来た連中を連れて、各国のセーフハウスを転々としてほとぼりが冷めるまで雲隠れ。異論がある人」


 それぞれの男達に目線を向け、反論がない事を確認すると振り向く。


「おーけー。んじゃ、お仕事始めましょうか野郎共ッ♪」



 コンビナート。

 ゆらゆらと明かりに照らされ、人の形を保った影が歩を進ませていた。

 顔の部分が左右に動き、周囲の状況を確認するような動きを見せる。


「外灯を消さない。気配は拙いながらも消している。離脱時の判断も速さもさる事ながら、あれだけでちゃんと見極めているのは素晴らしいな」


 腕を1つのコンテナに向け翳し、指先が剣のような槍のような形状へと変化していく。


「及第点だ」


 腕を少しずらした次の瞬間、ソレは高速で伸びていきコンテナを貫通していた。だが、目標を貫いた手応えがなくすぐに引き戻し始める。

 この攻撃は一瞬気配を察知したためであった。


「だが、誘いにしては些か」


 実体からただの影に戻ると同時に数回ほど銃声が鳴り響く。

 そして、数発銃弾が影を通り抜け地面やコンテナへと着弾していった。


「露骨。いや、わざとか。……何を企んでいる? ただカウンターを狙っている分けではないのだろう? 小娘!!!」


 永久は位置がばれないよう走って居場所を変えながら、いたる所に設置されているスピーカーから垂れ流される彼の言葉を軽く聞き流していた。

 バレている。それもそのはずだ。この程度の攻撃手順は慣れている相手。まともに通用する訳がない。

 

 彼女は足を止めコンテナの裏側から影の様子を伺う。

 仕掛けは済んだ。カモフラージュも出来ていると信じたいが、察している節がある。


「やりにくい」


 思わず漏らした言葉。率直な感想であった。

 息を大きく吸いわざと居場所をバラすようにして叫び、奴に問いかける。


「ブチのめす前に1つ聞いておきたいのですが……なぜ、暗殺をしないのですか? 貴方、本職は此方でしょう?」


 完全に気配を察知出来ない。それほど奴は隠密に長けている。その気になれば、灯りを消し後ろから首を掻き切る程度造作も無いはずだ。


「単純にクライアントの意向。というのは体のいい言い訳だな。死ぬ前に、気になる相手と死闘を演じ"生きている実感"が欲しかった。これじゃ不服か?」


「だったら、貴方本人が現れて戦ったらどうですか?」


「それでは本気で戦えんだろう? 不服ながら真正面からの戦闘では、此方の方が強いのでね」


 言っている事は嘘ではないのだろう。引っかかる点もない。

 永久の頬に浮かび上がっている6枚の花びらのタトゥーのうち、5枚の花びらが光り始める。


「なるほど。それは此方としても好都合です」



「にゃー」


 五郎がコンテナから出ると猫の鳴き声が聞こえ、目線を声のした方向に向けると見覚えのある茶トラの個体を発見した。


「ラオか?」


「にゃー」


「探偵、生きてるか?」


 更に堂島と中城が現れ、彼は安堵のため息を付く。

 先程の銃声といいあいつの言動といい、2人と1匹を呼んだのは永久だと言う事はすぐに分かった。


「ご覧の通り、ピンピンしてます。永久は?」


「あら拍子抜けするほど元気だ。旦那を攫った奴と戦闘中やろうね。向う単独犯なん?」


「恐らく。ただ、俺を引き渡すだなんだ言ってたんで、他の連中が来る可能性はありますね」


 考えを告げると、2人はオブラートに包んだ粉薬を取り出しひょいと口に放り込む。

 すると、それぞれ顔にタトゥーが浮かび上がった。


「……それ毎回思うんですけど、白くて怪しい薬と間違われません?」


「あー、よぉ間違われる。じゃけどあながち間違いでもないけぇ問題ないじゃろ」


「いやいや、問題ありますって」


 3人の周囲に1枚のバリアが貼られた次の瞬間、複数の銃声と共に銃弾がバリアと接触し火花を飛び散らせていた。


「探偵の読み通りだな。攻勢に出るか?」


「今後のために、情報は欲しい所ですけど今は引きたいですね。なんか、向うも追われてるみたいで更に言えば追手が近くまで迫ってる。ような口調だったんです」


「なるほど、三つ巴の混戦は御免。そういう事だな」


「はい。此方は数もないですし、わざわざ手を貸してくれた堂島さん達的にも、正直な話あまり相手にしたくない。って所ですよね」


「まっ、そうだな」


 銃声が止み、周囲を警戒しつつゆっくりと後退を始めラオは五郎の肩によじ登った。


「俺的には、攻勢に出てもええんじゃけどね。最近こぉゆうのもご無沙汰やし」


「強がりはいい。だが、無理にでも此方に来るようであればたたっ斬れ」


「へいへい、分かっちょるよ。兄貴」


 ライフルを持ち、後退する3人をスコープ越しに眺めている男が1人。

 少し離れたコンテナの上に陣取っていた。


「本当だ。マザーの言う通り、一当てしたら戻ってた」


『でしょでしょ、よく当たるんだよねー! うちの勘』


『そのまま警戒継続。弾けてる方の監視も怠るな。バドも何時でも出れるようにしておけ』


 それぞれ了解と通信機を通じて返答がなされる。


「で、本当は勘だったのか?」


「んー? そうねぇげきおこくんの情報通りだと仮定するならば、向うさんは多少なり此方の情報が漏れてる状態だと考えられる。それに、引き渡し場所に"貨物"が居ないし争った形跡もほぼない。鍵をこじ開けただのも線もなし。そんな状態でまぁ所属不明の部隊から攻撃受ければ、アホじゃない限りは警戒して引くでしょ。真正面きっての攻勢に出るとしたら、此方の素性ないしある程度の数が割れた時。だから、バド君のレーダーが今回は要になるよーん。逃さないでね~」


「へーい。時にマザーそちらに交渉相手が━━」


 数本のレーザーがコンテナを貫通し女性の腹部と右肩を穿ち、ちぎれた腕が宙を舞っていた。


「あいったー、んもう無愛想な挨拶だなぁ。狂弌くんはぁ」


 しかし女性は焦る素振りを見せず、痛みに表情を歪ませることもなく、ただ笑っていた。更に投与した様子もなく、目元には三日月のようなタトゥーが浮かび上がり、片目の瞳が赤くなっていた。

 そして、流れ出ていた血が急に止まり、焼け爛れていた傷口が塞がり始めていた。


「いたた……ご、ごめん、ごめん。て、てててて敵だと思ってさ。で、こ、今回は敵……なのかな?」


 足音が聞こえ、程なくして左手で頭を押さえるオッドアイの気怠げそうな男性が現れた。


「うんや~」


  鈍い音を立てて地面に落ちた腕を拾い上げ、肩の傷口に押し当てる。


「今回は協力者かな。そっちが受ければの話だけれどね」



 1つの小さな爆発が起き、影の周囲に煙が立ち込め始める。

 

「煙幕か。狙いは何だ?」


 彼の頭に浮かんだのは、視界を遮り奇襲性をもたせるためもしくは時間稼ぎであった。

 だが、煙幕が撒かれると同時に消されていた気配が漏れ出していた。そのためこの2つではなく別の目的があると踏む。


 左腕を盾のような形状に変化させ、剣の形状の右手を翳し射出するように伸ばした。

 煙をかき分け、永久の頬を掠めコンテナに突き刺さる。

 同時に銃声が鳴り響き盾に数発の銃弾が届き甲高い音を奏でていた。


「単純にカウンター狙いか」


 すると、伸ばした剣に何かが巻き付いた。その直後、電撃が実体を持った影に襲いかかる。

 唸り声共に実体が無くなりただの影へと戻ると、巻き付いていたワイヤーが地面へと落ちた。


「意識してから一、二秒って所ですね。コレなら十分」


 ワイヤーと銃を放り捨てしゃがみ込む。すると、影の剣が再び実体を持ち横薙ぎに振るわれコンテナの1つを切り裂く。

 同時に永久は地を這うように思いっきり前方へと跳び、一気に影へと詰め寄る。

 間合いに入ると即座に警棒を振るうが、盾に防がれ鈍い音が響き渡っていた。


「っち」


 安全策を選ぶのならば、この時点で奴は実体化を解くべきであった。


「電撃の時点で仕留めるべきであったな」


 瞬時に永久は後ろに跳び距離を取るが、足元から生えたトゲが腹部と右足を掠める。


「ぐっ……!」


 着地し痛みでよろめくと、続けて煙を切り裂きながら伸ばした剣が襲い掛る。なんとか警棒で防ぐものの完全に体勢が崩れてしまっていた。

 安全策を取るのであれば、距離をもっと取るべきであった。


「これで」


 腕を引きつつ伸ばした剣を戻し剣先を薄っすらと見える彼女の影に向ける。

 彼は煙の中で戦闘を続行するべきではなかった。

 思惑通りに事が進み、腕を振りかぶった永久の口元はこの状況で笑っている事に気がつけていなかったのだから。


「獲った!!!」


 次の瞬間、一瞬で警棒が振り抜かれ煙を切り裂き伸ばされた剣の刃を砕いた、衝撃波が実体化した影を襲っていた。


「なっ!? ……本命は、此方か!」


「勝機を逃すな」


 影がゆっくりを消え始める。


「されど、おごるべからず。ゲームの台詞です」


 完全に消滅し一陣の風が吹き抜け煙を吹き飛ばす。

 そして、永久の頬の花のタトゥーの花びらが4枚へと減っていた。

 

「くく、くははは! これで真正面から破ったのはこれで3人目だ。なるほどなぁ、弟が負ける分けだ」


 煙は視界を悪くすると同時に、煙幕を張ってからの突撃によるカウンターが主目的。だと思い込ませるためのものであった。

 そして、異様に速い振り切った腕の速度といい。最期の最期まで隠していた遠隔斬撃といい。

 勝負のポイントを予め見定めその状況に持っていく動き、バラす情報は決め手とは別のモノとし尚且動きや能力の確認も同時に行う。


「見た目に騙されるなとは正にこの事だな」


 コンテナの裏に居た1人の男性はフィードバックされたダメージによりよろめき、肩で息をしていた。脂汗が滴り落ち、1つの気配を感じ振り向く。


「……中村狂弌。本当に厄介な奴だよ。君も」


 すると、1人のオッドアイの男性が立っていた。その周囲には光る球体が浮遊している。


「あ、ああああ貴方ほどじゃない。と思うよ。こ、これだけ追い回して……す、姿を見せてくれたかと思えば満身創痍。ぜ、全力だったら逃げ切れたんだろうね」


「さてな」


 コンテナにもたれ掛かり体重を任せ、ゆっくりと目を閉じる。


「満足だ。礼を言うぞ、第一世代の少女。弟にいい土産話が━━」


 言葉を遮るようにして、複数のレーザーが駆け抜けた。

 それは応急処置を施していた永久の瞳にも映り、現場へと痛みを押して走って向かう。


「何なんですか、もう!」


 現場周辺へと着き、周囲を警戒しつつ近づいていく。すると、丸い穴が空き焦げ付いているコンテナから細い煙が立ち昇っていた。更に進むとピチャリと水滴を踏んだ音がし目線を落とすと、赤い液体であった。


「血、ですね。コレ」


 視線をその血が流れ出している先へと向けると、1つの男性の死体が転がっていた。

 この死体が誰なのかを悟り、舌打ちをする。


「一発も殴る事が出来なかった、ですね。鏡さん駄犬に連絡を宜しくお願いします」


『了解なのです~』


 身を翻し、走ってその場を後にした。

 車を止めた場所へと着くと、堂島達と一緒に五郎の姿が瞳に映り安堵のため息をつく。


「永久大丈夫か、お前!?」


「それは私の台詞のハズですが? まっ、その様子を見る限りでは平気そうですね。良かったです。……さっさと帰りましょうか。今日はもう疲れましたよ。全く」

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