ファイル5

13話 交錯とスタッフ

「っち」


 永久の姿をした何者かは勢い良く踏み込み、袖の中から1本のナイフが顔を出す。

 咄嗟に五郎は、ポケットから何かのスプレーを取り出し噴射する。


「山田さん伏せて」


 が、瞬時に察知され後方へと逃げられてしまう。


「……何故分かった」


「そりゃおめぇ」


 足音が近づき、敵は後方への警戒を強める。


「お前が俺の相棒じゃないからだ」


 タンッ。と踏み込む音が聞こえ、本物の永久が腕を振りかぶって現れた。

 左頬の花びらが"3つ"光り、振り抜かれた拳は避けられ壁に激突する。殴られた場所を中心に幾つもの亀裂が入り、偽の永久は姿勢を低く地を這うような体勢で避けており、振り返りつつナイフを振り上げた。


「ッ!」


 しかし、予め張られていたバリアと接触し、刃の軌道に沿って火花が飛び散っていた。

 さり気なく掴んでいたドアノブが変形。銃の形となり銃口が偽物に向けられ、バリアが消されると同時にトリガーが引かれる。

 が、奴は瞬時に転がるように避け、放たれた銃弾は床に到達する。


「うわっ、ドッペルゲンガーとか嫌ですよ。気持ち悪い!」


 右手に持ち替え続けてトリガーを引いていくが、動きが早くかつ椅子を片手で振り上げ縦のように扱い身体を守られる。


「あーもー、さっきので、面倒な!」


 永久が近付こうとした途端、テーブルを蹴り上げ同時に椅子を窓に向けて投げ飛ばしガラスを割った。


「こいつ……!」


 花びらが1つ光り、テーブルを払い除け銃口を窓の方へと向ける。


「永久、お前の方だ!」


 五郎の声が彼女の耳へと届き、瞬時に周囲にバリアを貼る。すると偽物が突き出したナイフが、張ったソレと接触し切先が欠け宙を舞っていた。

 奴は途端に反転し、ドアノブのないドアを押しのけ廊下に出ると走って引き始める。


 永久も後を追って廊下に出ると、偽物を狙ってトリガーを引いていく。

 が、曲がり角へと到達する直前であり、放たれた銃弾は曲がり終え誰も居ない壁や床を傷つけるだけであった。


「逃さない!」


 後を追って走りだそうとするが。


「深追いはするな。その状態で行ってもいいようにされるだけだ」


 五郎に止められていた。

 反論する素振りを見せたが、歯切りをして銃を床に思いっきり叩きつける。


「おぉう。とりあえず、落ち着けって」


「これが落ち着いていられるとでも? 急に通信機が入ったと思ったら、聞こえてきたのはゴローと私の声ですよ? そして、駆けつけてみたらコレ。相手をしたらしたで、私より素のスペックは一回りは上で引き際も良い。そんなの━━」


「だから、落ち着け。そんなカッカしても好転なんかしないし、山田さんを恐がらせるだけだ」


 そう行って、うずくまっている彼を五郎は指さした。


「……分かりました。これが糞の見る夢だったらどんなに良かったか」


「糞が夢見たら怖いぞ」


 彼は山田さんの所に歩いていき手を差し伸ばした。


「いきなり、やらかしてすみません」


「い、いえ。探偵さん方が悪いわけではありませんので」


 彼は手を取り立ち上がる。ふと違和感を覚えた。手は震えておらず、態度の割りには血色も。

 などと五郎が考えていたら、戦闘音を聞きつけ他のスタッフが集まって来ていた。


「なんでドアノブが転がってんだ!?」

 

「何々? 何かあった?」


 騒ぎの収拾のため本日の調査はお開きとなった。

 警察を呼び直す事となり、なんだかんだ帰路に就く事となったのは18時を回っていた。

 そして、駆けつけた警察から聞いた菊池の伝言によると、事故は彼が起こした物で犯人らしき人物に手酷くやられたらしい。


 電脳力のおかげで軽症ですんだらしいが、始末書の処理等あまり動ける状況じゃなくなったとの事。

 永久はというと、あれから不機嫌そうに仏頂面で黙りこけ一言も喋っていなかった。


「なぁ、おい。色々と不愉快なことばっかりだったのは分かるけど、そろそろ多少は喋ろよ」


「……」


 返答はない。

 ため息をつき、何かいい案がないかスマホを取り出し操作すると、ダンボールに入ったミラーが映し出される。


「何してる」


「電力の節約にはダンボールなのです」


「意味が分からんぞ」


 そう返し、スマホの電池残量を見ると10%を切っており状況を察する。


「あぁ、すまん。そういう事か」


「因みにより良い返答は出来かねると思うのです。なのです」


「了解。帰ったら充電してやっから」


 コートのポケットに仕舞い、信号を待つ。


「菊池と、刑事と相談もなしで協力関係になったのはすまんかった」


「……違います」


「うん?」


 やっと口を利いたかと思ったが、今度は何が違うか分からない。


「別にその事を起こってる分けじゃないんです。嫌ではありますけど、今回は手っ取り早そうなので理解は出来ます。ただ、あの偽物に押されてしまったのが不服なだけで、別にゴローが悪いとかロリコンだからとか糞探偵だから甲斐性なしだからとかではなく」


「真面目な話に急にぶっこんでくるのやめような!? 急すぎておじさんになってしまった心が折れるからさ!」


 五郎はしゃがみ、彼女の目線に合わせると頭を撫でてやる。


「要は悔しいんだろ。同じ見た目なのに、動きが違いすぎてさ」 


 そう告げると、目を背けた。図星なのだろう。


「あの見た目は、永久も分かってるとは思うが電脳力によるもんだ。それに素人目の俺からしても、アレは場数踏んでる気配がぷんぷんだった。なのにちゃんとついていけてたじゃないか」


「……対応出来ても勝てなくては意味がないです」


「そうか? 十分だと思うがね。……突然の襲撃にもちゃんと駆けつけて、撃退までしてる」


「それは、ゴローが気がついて機転を効かせたからでは?」


「俺だけじゃ駄目なんだよ。そこから更に永久が状況を察して即座に行動に移したからだ。これが出来てないなら俺は今頃あの世だろうよ」


 五郎は頭から手をどけると今度は、悪戯するように永久の頬を軽くつねる。


「だからそんな顔すんなって。俺はちゃんと助かったし」


 信号が変わり、音楽がなり始めた。

 つねる手を払い除け、永久は歩を進ませ始める。


「多少は気が楽になりました。ですが、もしアレが犯人が差し向けたのだとしたら相当面倒だと思いますが」


「その可能性は低いな」


 立ち上がり、彼女の後を歩いてついていく。


「なぜそう言えると?」


「アレはお前が俺に対して、悪口を言っているのを知っていた。となると、以前から俺達を知っていた人物に限定される。今回はお前が不機嫌で口数が少ないうえに、スタッフから話を聞いたら別行動していたから尚更だな」


「以前から知っていた人物だったのでは?」


「たまたまそのケースもあるから、低いなんだ。向こうも何かしら来る。とは考えれても俺達が来る事は予知でもなけりゃ分からんし、宛行うなら菊池を襲ったように顔を隠して自力で行った方がいい。雇うにもしても……」


 五郎は突然黙って立ち止まった。

 不思議に思った永久も少しして立ち止まり振り返る。


「ゴロー? どうかしたのですか? まさか、この暗がりで襲えばなんて考えたんですか。酷いロリコンですね投獄されるべきです」


「まって、酷い被害妄想を受けた気がするんだが!? ……ちょっと気になる事があってな」


 そう言った彼の口元は笑っていた。


 翌日。

 ミラーに頼み、昨日話を聞けなかった後藤さんと遊佐さんに連絡を取ってもらい会う事となっていた。

 が、遊佐さんは別件で用事があり電話での問答となった。


 聞いた事は山田さんの質問と同じ、ミラーをどう思っていたか。

 彼はミラーという虚像より、鏡と言う人間の歌声に惹かれていたのだと言う。なんでもミラーと鏡とでは歌声や質が違うらしく、好みが本人の方だったのだとか。


 何度か売り出さないかと打診し断られ続けていたが、死んでしまうまで諦めては居らずライブ用の曲と平行して、作曲を行なっていたと長々と話された。

 特に彼女の歌声に相当惚れ込んでいるようで20分程度話され、無理矢理切り上げ本人についての印象を聞き直すと、誰よりもミラー好きのミラーファン。ある意味ナルシスト。と短く終わる始末であった。


 恨みがないか。彼にも同じ質問をすると後悔をした。

 なぜなら、特に無い。在るとしたら打診を受けてもらえなかった事だ。このようにして突然、先ほどの話へと舞い戻ってしまっていた。結果、同じ話をヒートアップし早口となった事で追加がなされた内容を、20分ほど再び聞く羽目になってしまっていた。


「え、えらい目に合った……」


「なんというか、電話越しでも分かるくらいすごくキモかったですね」


「言うな。ソレだけは言うな。情熱のある人と言ってあげなさい」


 だがはっきりとしたのは、彼の場合殺すよりどんな手を行使しても生きてもらって売り出す。そういう方向に向けるだろう事であった。

 確認を取るため、ミラーに彼の話を聞くと。


「大体あんな人なのです。なのです!」


 こう言われ、大体平常運転だという。


「あ、昨日の刑事さんって誰なのです?」


「んあ? 菊池って刑事だがどうした?」


「いえですね。ミラーのドストライクなのです。なのです! なので、その……うふふ」


 彼女は体をクネクネさせつつ照れていると、突然出てきたダンボール箱の中へと入っていく。そして、不気味な笑い声が発せられ始めた。


「この状況はどういうこっちゃ?」


「さぁ? でも、糞駄犬さん。なんとなくですが、厄介者に取り憑かれた感じがします」


「それは同感」

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