14話 スタッフと鏡
その後、後藤さんと喫茶店で落ち合った時の事であった。
柄にもなく永久が間抜けな声を挙げたのだ。
「どうかしたか?」
「昨日、ケーキを頼んで例の件で食べずに千円置いて……そのままだったのを思いだしまして」
「んじゃ今日ケーキ食っとけ」
断る永久を押し切り五郎はケーキを頼んでいた。
彼にもまたミラーの事をどう思っているか。恨みはないかと問いかけた。
前者はもう少しリアルにも気を使って欲しい、見ちゃいられなかった。後者は恨みがあるとするなら、死ぬ前日にオフィスに置いてある冷蔵庫に入っていたプリンを全部食べた事くらいだという。
もしこの人が犯人なら動機はプリンかな。と、ふざけた事を手帳に話の要点を書き記しつつ考えてしまう。
「川崎さんから、以前殺人予告から襲われたと聞いたのですが」
「それで僕が逆恨みだと?」
「私も最初はそう考えたですけどね。川崎さんにやんわりと否定されてます。それで、さらっと護衛をつけた。と言われたんですよ。その護衛誰なのかなって思いまして」
昨夜、ミラーが川崎さんと電話をしたい。と言うのでついでに確認してもらったが、彼女は良く覚えていなかったのだ。
「その事ですか。確か……そう、佐々木さんって人ですね。チーフ……あ、山田に紹介されて」
あの人か。……だんだん繋がってきたな。
そう考え、電脳力者かどうか問いかけると分からないと返ってきた。
「すぐに制圧しちゃったみたいでして。しかも僕は現場を見てなかったので。あ、でもなんか火傷の痕のようなものがあったような?」
「犯人に、ですか?」
「はい。遠目だったので確証はありませんが」
「分かりました。ありがとうございます」
話が終わり永久が食べ終わるの待つ間、彼と雑談をするミラーを眺め喫茶店を後にした。
「ミラー、菊地に追加である事の確認を頼んでくれ」
「了解なのです。なのです! 一体何を?」
調べてもらう事を伝達し、永久に目線を向ける。
「頼んだぞ。永久、俺達は現場に向かうぞ」
「了解です。許可は既に?」
「既に取り付けてあるのです! なのです!」
飛び跳ねる彼女の映る画面を見せ、五郎はこう付け加えた。
「昨晩、川崎さんと話させてたろ? その時、護衛の件と一緒に菊地に連絡を取るように言っといたんだよ」
これにより色々と面倒な取り付けを省く事が出来た。
「なるほど、モノは使いようですね」
「割りと便利だぞ、こいつもあいつも。さて話を戻そう。今回、確認するのは2つ」
到着すると予め待ってもらっていたマンションのオーナーから、合鍵を作った人はいないか。
という質問をした。答えは一人だけ居るそうでミラーはその事を知らなかった。お礼を言うと、鍵を借り鏡の部屋へと向かった。
部屋はほぼ当時のままとなっている。そして、確認するものはパソコンの中身だ。
鍵を開け、鏡の家へと足を踏み入れる。
「わぁ、本当にまんまなのですー」
本来ならこういったワンルーム部屋の規制は、数時間から1日程度で終わる。今回も例外なく既に規制は解除されており、遺体は片付けられていた。
だが、電脳力者関連の事件の場合、遺体以外の状態は一定期間保管されるような取り決めとなっている。
理由としては、残留するタイプの能力があり念のため一般人が安易に立ち入らないように。だとか能力で出来たモノがありそれを見極めるため。だとかそういった理由だ。
しかし、交通機関でそれをしてしまうと交通の妨げとなり場合によっては麻痺を引き起こす。よって、立ち入り注意の看板が立てられ自己責任で通行する。という形となっている。
尤も、問題が起きたケースは極稀でありほぼ形式だけのモノだ。
五郎はパソコンのスイッチを入れると、操作し中身を確認していく。
「いやん、恥ずかしいのです。人にミラーの全てをさらけ出すなんて」
「嫌な言い方せんでくれるか」
実際、彼はアレそうなファイルやデータには一切手を付けていない。
「変態ゴローは見境がない。そういう事ですか。見損ないました」
「おい、此処ぞとばかりに乗るな。あったあった」
そう言って彼はあるファイルと展開した。
「なんですか、これ」
「あー、ライブの予定表なのです」
ゲリラも含めこれまでのものと、これから数カ月後のモノが時間と一緒に記載されていた。
「なるほど。でもコレが何の役に? と、言いますかスタッフの方に聞いた方が早かったのでは?」
「他の連中に聞いても良かったんだが、此処まで全部となるとな。開催予定の日時と表記よく見てみな。鏡が死んだゲリラライブから向う3ヶ月。その前も1ヶ月ほど公式ライブが"一切ない"」
公式ライブをするようになり、間隔が空いても1ヶ月程度であった。
しかし、死亡前後はゲリラライブはソレになりに詰まってはいる。ものの、公式ライブが一切ない状態となっていた。
そして、鏡の部屋を見渡す。稼いでいた割りには狭く、"密閉"されている状態であった。
「コレは証拠にはなり得ないが、俺が確証を得るには十分な材料だ」
それから、鍵をオーナーへと返却して事務所へと戻った。
五郎はあるものを作ると言って工作室に籠もって作業を開始し、永久はそれをテーブルに頬を付け呆然と眺めていた。
「……お次は何を作っているのですか?」
何やら細い鉄の線を鉄の棒に巻き付けていた。
そして、複数本のビニル絶縁電線に何に使うかよくわからい道具の数々。
「電熱線コイル。俺特製のな」
「それを何に使うと?」
「秘密。戦闘中に話してやるよ」
それを聞いた永久は呆れ声でこう返す。
「戦闘中にそんな余裕があると?」
「あるさ。お前が上手くやれたら、すぐに片が付く。問題は向うが大怪我しないかどうかだが」
「何処からそんな自信が出てくるのか。甚だ疑問ですね。コレだから、変態探偵は」
「変態は関係ないだろ。お前を信用してんだよ」
永久は立ち上がり、歩を進ませドアの前まで行くとドアノブに手をかけた。
「そういう事にしておきます。今夜のお夕飯はシチューです」
と、言い残し部屋を後にする。
入れ違うようにしてテーブルに置いておいたスマホの画面が1人でにつき、ミラーが周囲を確認する素振りを見せた。
「どうかしたか?」
小さな基盤を取り出しはんだごてのコンセントを入れ、五郎は背伸びをする。
「お聞きしようと思う事がありまして」
「答えれる事ならどうぞ」
「昨日、なんで偽物だと分かったのですか? ですか?」
「その事か。まず俺の事をゴローって伸ばすんじゃなく、ちゃんと五郎って呼んだ。焦ってる時なら咄嗟に呼ぶ時はあるんだが、茶々入れるほど余裕になるとまず呼ばん」
はんだごての温度を確かめるため少し半田を溶かし、水分を含んだスポンジで拭き取る。そして、はんだ付けを始めた。
「次に行動。喫茶店でケーキ食べに行ったにしちゃやけに速い。ソレに毒を吐きつつ、本題に戻そうとした反応を示してたが、そもそもアイツなら気がついてそうなんだよな。明らかに音が外からでビル外だった分けだし。念のために来たとしても、返答するなら見に行った方がいいかどうかで、何が起きたんだとは聞きそうにない。個人的には通信機使って俺にただ毒吐くだけとか、そもそも俺からの通信待ちで無視辺りだな。やりそうな事は。第一なんだかんだ律儀なアイツが、理由もなく通信機を外してる所からして怪しい」
「ほーへー……ミラーは全然分からなかったのです。なのです」
「普通はそんなもんだろ。見た目や声は完全に永久そのものだった。深く関わってなきゃ、まず分からんぐらいには真似てたしな」
半田を適量流し込み、はんだ付けを進めていく。
「一番の問題は、あのお客さんは今回の件とは別そうだが、そうなってくると一体何の件の奴なのか。って所だ。まるで分からん」
これまで手練と戦った事はあるが、あの相手は一味違うと言った印象を受ける。
最後の逃走直前での行動。椅子を窓に投げ机を蹴り上げた。この一連の動作。
目的は1つで、永久に確実に攻撃を入れるためだけに行われた。分けであるが、テーブルで目隠しと電脳力による"麻酔銃"の弾の防衛を担い、椅子で窓ガラスを割る事で逃げるように見せかけている。
飛んでくるテーブルが視界を遮られている状態で、逃げる動作をされているのだ。そのような状態で、反転攻勢に出てくる。と咄嗟に考え備えられる人間は、それこそ相当の場数を踏んだ連中くらいだろう。
そして、永久から見ればあの一連の動作は、一度に4手ほど打たれた間隔に陥っていたはずだ。
特に戦闘向きの電脳力を使用してる分けでもないのに、五角以上に渡り合う相手。
「……口には絶対に出さないだろうが、やっぱ怖かったんだろうな」
これまで戦ってきた奴は、格下か能力に頼った連中ばかり。始めて戦うタイプの相手。やり辛い相手。
五郎がいなければ死亡していただろう。という恐怖。
内心とても複雑な感情が入り混じっていた事は、優に想像出来ていた。
だから、彼はわざとちょっとズレた事を言った。そして、慰めるより褒める方に舵を切った。
恐らくあの時の永久には、この選択が一番良かったから。
はんだごてを起き、深呼吸をするとスマホに映し出されているミラーに目線を向ける。
「ミラー。俺の考えを今から先に話す」
「先に聞いて"うち"にどうしろと?」
少々低めの声でそう返された。何時ものふざけた様子も見受けられない。
「そうさな。心の整理をしておいてくれ。そんな状態でも、お前は感情があるし考えて行動してる。生きてるみたいにさ」
何気ない言葉であった。
「生きてるみたい……」
深い意味はなかった。
「澤田さん、ミラーのこの状態は死んでいるのでしょうか? 生きているのでしょうか?」
故に失言だったと言うことに気がつくのが遅れた。
そして、五郎は彼女の質問に答える事ができなかった。
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