12話 虚像と交錯
五郎は誤解が生まれぬよう菊池にある程度の経緯を話し、ついでに情報提供を提案していた。
「ふむ、その事件か」
彼の口から、今も捜査は続いているが進展していない。と話され、態度から察するに提案に乗ったのだと判断する。
死因は窒息。原因は不明だが、恐らく電脳力によるものと推測はされていた。
殺人予告をし実行し失敗した人物は確かに、事件の数日前に出所していた。そして、容疑者として名前が上がり再逮捕の流れとなったそうだ。
「水の能力者。って線は?」
「なぜそう思う?」
「え? 首元とか不自然に濡れてなかったか?」
そういうと彼は否定をした。なんでも所々に凍傷の痕があり首に帯状のモノが一番酷く、発見時に濡れていた報告はなかったという。この事から"氷の電脳力者"であった出所した人物が、真っ先に疑われる形となったそうだ。
だが、五郎達が見せられた写真には不自然に濡れた遺体が映されており菊池にもそれを見せると、資料で確認した遺体状況と違う。と話される。
「なぁ、ミラー。すぐに通報したんだよな?」
「もちの論なのです。ただ動転していまして、少々時間は掛かっていたと思いますけど」
「なるほどな。となると、使われたのは液体窒素か液体ヘリウム辺りか。死亡推定時刻の割りに、死体の温度が低かった。というのにも納得がいく」
どちらも普通の水と比べ非常に気化しやすい液体だ。通報から到着までに粗方気化してしまい、ミラーの撮った犯行直後の写真と報告書の写真が食い違った。と考えたのだろう。
そして、凍傷だけでは犯行に使用された電脳力を誤認する恐れが出てくる。犯人はそれを狙い、彼の様子を見る限り見事に誤認していた。と見て良さそうであった。
「永久、そっちはどうだ?」
五郎は菊池と話を終え、他のスタッフに再び話を聞くため休憩室を後にする。
『どうだ? と言われましても、目ぼしいものはやはりありませんね』
「……だろうな」
何か此処に何かあったとして、一度警察の捜査が入っているだろうし、既に見つかっているかそもそも何もない。それに、時間か空きすぎている。見つからなかったとしても、とうの昔に処分されているはずだ。
なら何故、探しに出したのかというと。
「動きの方は?」
『そちらも特に何も。内部の把握は十分です』
電脳力者が犯人だと推測されている中、戦闘にならない保証なぞ何処にもない。よって先に地形の把握を最優先に、ついでに他の人が怪しい動きをしないか目を光らせて貰っていたのだ。
『それでゴローの方は何か?』
彼は休憩室での出来事を軽く話す。すると、通信機の向こうから舌打ちが聞こえ顔が引きつる。
『分かりました。糞駄犬はゴローに任せます』
「分かってるっての。休憩がてら1階の喫茶店でケーキでも食ってこい。後で金はやっから」
すると、何かを倒すような物音が聞こえ。
『ッ! た、食べ物で釣ろうなどと』
明らかに動揺した声での返答がやってくる。
「お前が暇な今のうちに食っとけ。後で食っとけば良かった。なんて後悔しても俺は知らんぞ」
『む、むぅ。……ゴ、ゴローがそこまで言うのでしたら食べて来ます! 行ってきまーす♪』
今度は上ずった声でそう返され、他人から見たら情緒不安定として映りそうだ。と思わず考えてしまう。
「なのです! なのです!」
耳から通信機を外す。すると、コートのポケットに入れてあるスマホが震え、着信音のようにミラーの声がリズム良く聞こえてきた。ポケットから取り出し画面に目線を落とす。
すると彼女は、ミラーもケーキを食べたい。と書かれたプラカードを満面の笑みで持っており、彼はそっとポケットに仕舞った。
「何故なのです!? そっ閉じするような動作をされる筋合いはないと思うのです! なのですー!!」
「ミラーの事は管轄外」
そもそも、どうやって食わせればいいんだ。という問題もある。
ギャーギャー彼女がポケットの中で喚き、トイレから静かに笑いながら山田さんが出て来る。
「あ、これは大変お見苦しい所を」
「いえいえ、随分と彼女と仲が良いなと思いまして」
何処か含みを感じるも、口には出さず五郎は今一度話を聞かせて貰っても良いか問いかけていた。
「えぇ、いいですよ。話せる事は少ないですが」
◇
菊池はビルを出ると、近くの駐車場に停めていた車に乗り込み無線を手に取る。
「後藤。あのアイドルの変死事件の資料を用意しろ。後、金寺の釈放の手続きの準備をしておけ」
『了解っす。何か進展でも?』
「探偵のおかげで大分な。あわよくば、アイツに解決まで漕ぎ着けさせて、数を減らしたいがどうなるか」
ハンドルに手をかけ、助手席に置かれている殺し屋を始め複数の資料に目線を落とし、これは後回しだな。と呟く。
『ははっ、菊池さん賭けでもしてるみたいっすね』
「言いたいことは分からんでもないが、言葉には気をつけろ」
彼は目線を戻しサイドブレーキを下ろして車を走らせ始めようとした時、覆面を付けた1人の人影が視界に入る。
「……それと、追加だ。始末書も用意しろ」
『はい?』
すると、覆面を付けた人の周囲に湯気が立ち昇る複数の液体が生成されている事も確認出来た。
「相性が悪い相手は逃げるに限る。そういう事だ。覚えとけ」
彼は腕時計の縁を触るとソレを回し、アクセルを踏み込み車を急発進させた。
◇
五郎は立ち話もなんだからと、近くの複数の椅子とテーブルが置かれている部屋に通されその1つに腰掛けていた。
「それで今一度お話したい事、とは何でしょう?」
「あー、そうですね。ミラーいえ、鏡さんの事どう思ってたのかなって」
彼は五郎の前の席に腰掛け、口を開く。
「彼女の事ですか。正直、仮想空間の中ならではの存在でしょうか」
愛想笑いを浮かべつつ、コートの内ポケットから手帳を取り出す。
「そして、一生懸命で応援したくなる。そのような感じですね。自分が駆けずり回ってセッティングして各々準備をした結果、彼女のライブが成功すると本当に嬉しかったですよ。もうあれを味わえないとなると口惜しい」
「ほうほう」
要所要所を書き記していき、ある質問をする。
「時に恨みとかってありましたか?」
「ないですよ。彼女が誘ってくれたおかげで、この地位につけていたのですから感謝こそすれ、そのような事を思ってしまうとバチが当たる」
「なら、逆に彼女の何処が好きでしたか」
「そうですねぇ。ライブをしている時でしょうか。生き生きとしていて、とても彼女らしさが出ている」
なるほどね。五郎はそう思いつつ手帳を閉じ、ありがとうございました。と礼を述べる。
「もう宜しいので?」
「はい、十分です」
手帳を仕舞い立ち上がると、外から何やら轟音が聞こえ2人の目線は窓へと吸い寄せられるように向けられた。
「な、何でしょうか?」
「多分、この音は事故ですね」
五郎は窓際へと歩を進ませ、通信機を取り出し外の様子を伺った。
ビル周辺で事故が起きた様子はなく、少し先で細い1本の黒煙が立ち昇ってた。
菊池の野郎じゃないだろうな。そう考えつつ通信機を耳につけようとした時、ドアが勢いよく開いた。
「五郎! 先程の音は何でしょうか?」
入ってきた人物は永久であった。
五郎は振り返りつつ通信機を耳に付けず、"スイッチだけ"入れ手に握る。
「永久か。随分早かったな」
「そうではなく、此方の質問に答えてください。察しが悪いですね」
「すまん、すまん。少し遠い位置で事故ってる。あれ多分相当酷くやってるぞ」
目線を黒煙へと向け、通信機を仕舞うような素振りを見せる。
「なるほど、変態な五郎に万が一を思って急いで来たのですが、骨折り損でしたね」
「はっはっは、珍しく優しいじゃないか」
「そりゃ、最近物騒ですし」
「別に最近って分けでもねぇだろ」
彼女はゆっくりと五郎に歩み寄っていく。
「言われて見ればそうですね。全く、五郎の物忘れが私にも伝染したのでしょうか」
「そういうの移らねぇって。なぁ」
遠くから走ってくるような足音を聞いた五郎は、ゆっくりと振り返りこう続ける。
「お前は一体、誰だ?」
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