11話 アイドルと虚像

 電子化。ミラーが"生前"持っていた能力だ。

 精神を電子にし、ネットに入り込む。という代物らしい。

 一刻永正がマッドサイエンティストと呼ばれようとも、やろうとしていた事を電脳力として発現し、いとも簡単に実行していた。というのはなんとも皮肉な話だ。


「要は、お前はプログラムでもなんでもなく、元人間で精神をネットに落とし込み、偽ってネットアイドルとして活動していた。って事だな」


「はい、そうなのです。そうなのです! そして、殺された人物こそミラー本人である、久保田くぼた かがみその人なのです」


 芸名は自分の名前から取っていたのか。

 芸名は自分の名前から取っていたのか。

 引退のニュースはリアルのミラーが死亡した。所謂プログラマーが死亡した事により、活動が思うようにできなくなったから。と報道されていた。

 だが彼女の話だと、そのミラー本人が死亡したということになる。これでは可笑しい。


「ちょっと待て。今、眼の前にお前はいる。活動自体は出来るんじゃないのか?」


「まぁ、そう思いますよね。でも実際は、衣装、音楽、演出、ステージ。その全てがミラーの"想像"であり、鏡の中。要は脳の中で行なっていた処理が出来なくなっているのです。好評を得ていたライブが一切出来なくなってしまっている。今のミラーは所詮ネットに漂うデータの一つでしかありません。以前のようにやるには膨大な量のパソコンを並列で繋ぎ、擬似的なスーパーパソコンを作るかスーパーパソコンそのものを用意する必要があるのです」


 前者は無理。ある程度企業の後ろ盾があるとはいえ、維持費と施設が馬鹿にならず簡単に首を縦に振ってくれるとは考えにくい。


「なるほど、それなら潔く引退。か」 


「なのですです~。まぁ他にも理由はありますけど」


 仕事の話だと判断した永久は、機嫌が治っているわけではなかったが布団から這い出て、パソコンの方へと戻ってきていた。


「話が逸れてたのです。戻しますと、犯人を掴まえて欲しいのです。関係のないスタッフのためにも」


 話によるとネットでゲリラライブを行なっていた最中、違和感を覚えるもそのまま無視。終了し自身の体に戻ろうとしたら戻れずその時に発覚したのだという。


「うーん、一応電脳力者関連ではあるが、永久どう思う」


「嘘くさいのでパスの方向で」


 完全にご立腹のご様子であった。


「嘘じゃないのです! なのです! どうやったら信じて……あっ、死んだミラー本体の写真を見せれば信じて貰えます?」


 となると、リアルの死体か。そう思い入手経路を聞くと死亡し、状況を把握した直後にパソコンのカメラを使用し撮ったモノのだという。

 永久が信用するか否かは置いといて、何らかの情報の証拠になるかもしれないと考え、五郎は表示を彼女に頼んだ。


 すると、とてもふくよかで皮膚が荒れた女性の死体の写真が映し出される。

 服は所々濡れている箇所があり、特に首元が酷く濡れていた。そして、首には帯状のやけどのような痕に薄っすらと湯気が立ち昇っていた。



「と、とても特徴的な体型で」


「完全に雌豚ですね。出荷先はあの世ですか」


「うぉい!? うまい事言おうとしてただの悪口になってんぞ!」


「いやん、美味しく食べて欲しいのです」


 画面に映し出されたミラーは、両手で顔を隠しくねくねし始める。


「どうして、あの言葉で照れてる素振り見せれんだよ!!!」


 このやり取りに呆れ五郎は手で顔を覆いつつ、写真を隅々まで見ていく。

 一見すると、肌の荒れたふくよかな人物の死体写真だが。


「なぁ、風呂上がりだとか飲み物が溢れたりしてないよな?」


「してないのです。因みに、汗でもないのです。なのです。何故なら、クーラーガンガンに効かせてましたから」


 とすると、不自然に濡れてるのは能力によるモノの可能性が大きい。

 他殺だとすれば、首元が特に濡れている事から首を絞められたのだろうか。バカ正直に水で肺を満たし溺死させた場合、すぐにバレてしまう。


 安直な仮説としては犯人は水系統の電脳力者で、操作はそう上手くなく能力を使っての絞殺か。問題は絞殺後が写真じゃ確認出来ないという事。

 だが、よく見るとエアコンのコンセントが抜けている事に気がついた。本人の証言と食い違っている。


「写真はもう良い。周辺人物を洗いたいから、最近接点のある人物を粗方言ってもらってもいいか?」


 五郎がそう言うと、一言こう言われた。


「スタッフの皆だけ、なのです。なのです」


 彼女の話によると、アイドルを始めボロが出ないように人付き合いは最低限に押さえていたそうだ。

 そして、協力者。表向きは開発者集団としてスタッフが居るそうだ。

 数は4名。片っ端から当たろうと考え五郎が席を立つと、ミラーからある提案がなされとあるモノを買う羽目となったのだった。


 それは格安のスマホであった。

 何時もはプリペイド携帯を使用していたのだが、一緒に行動するのに容量が足りない。と言われ買うこととなった。

 大本のデータはネットの海に在るらしく、姿を映し出し動かすにはデータの一部をダウンロードする必要がある。無論パソコンにも勝手に入れたそうで、騙し騙し使っていたせいか性能が低くダウンロード仕切るのに相当な時間を要したとも言っていた。


 色々と準備を済ませ、翌日。事務所を出発し、スマホに映し出されているミラーに目線を落とす。 


「んで、連中を"集めた"って話だが何処いきゃいいんだ?」


「活動拠点となっているビルに行ってほしいのです。ミラーの名前で皆さんを呼んでいますので」


 画面に地図が表示され了解と返し、コートのポケットにスマホを仕舞い後ろからついてくる永久に目線を向ける。

 昨日の夜、今日の打ち合わせをしていたが、彼女は最後まで反対をしていた。怪しいから、報酬が内に等しいから。と。


 言い分も分かる。確かに怪しいし普通なら受けるべきではないのだろう。だが、電子の存在となり事務所のパソコンにやったように、平然とスタッフ連中に連絡を入れたように何処とでも接触出来る。そんな状態で、態々俺達を選んだ。そんな奴を放ってはおけない。そう考えていたのだ。

 ちょうど永久が、あのおじいさんに感じていた感情と似ているのだろう。

 それと、以前の勘が当たり嬉しかった。という理由も多少なりはある。


「ゴロー、どうかしましたか?」


 視線に気が付き彼女が話しかけてくる。


「うんや、なんでもない。頼りにしてるぜ。相棒」


 そう行って彼は頭を撫でてやった。

 都市部にそびえ立つビルの1つに、目的地のビルがあった。

 五郎達と同じくフロアを借りている形であり、借りていたのは3階と4階の系2フロア。

 立ち退き作業中のようで、いたる所にダンボール箱が目に入って来る。


 3階の会議室に、ミラーに呼ばれて集まったスタッフの4人が集まっていた。

 ミラーが映し出されているスマホの画面を見て、各々がびっくりした様子で彼女に詰め寄っていた。

 それもそうだ。連絡をよこすまで彼らに姿を一切見せていなかったというのだから、この反応も致し方ないのだろう。


 まずは山田やまだ 泰造たいぞう、38歳。スタッフを束ねている言わば代表であり、チームの顔的存在。それ故にメディアの露出を主にしている人物で五郎も見覚えがあった。

 ミラー死亡時は、オフィスで次のイベントの最終調整を行なっており、関係各所に連絡を取っていた。


 次に川崎かわさき 典子のりこ、29歳。スタッフ内ではミラーの衣装やステージの装飾案を提供しており、サイトや宣伝バナー等のデザインも手がけている所謂デザイナー。

 ミラー死亡時は、仮眠を取っており仮眠室で寝ていた。


 次に後藤ごとう 慶太けいた、28歳。プログラマーであり、表向きはミラーの開発のソフトウェア技術者。本来はシステムエンジニアでウィルス対策等を行なっている。

 ミラー死亡時は、ゲリラライブ中だったため彼女の支援を行なっていた。


 最後に遊佐ゆうさ 直樹なおき、25歳。作曲家で歌詞も手かげている。演奏は彼女が事務所で言ったとおり、彼女の想像ですべて行われるため、アレンジ等で口論になる事はあったが馬自体はよく合っていたそうだ。

 ミラー死亡時は、休憩室でアニメの鑑賞をしていた。


 やっていた事は違えど、全員がこのビルに居た事となる。

 だが、明確なアリバイがあると言えるのは関係各所と連絡を取っていた山田さんと、支援を行なっていた後藤さんの2人。

 五郎は休憩室にある椅子に腰掛け、聞いた話を纏めた手帳を今一度目を通していた。


「どうなのです? なのです? もう分かったりしたのです?」


「いや、全然。まだお前が死んだ当日なにやってたか。ってのざっと聞いただけだからな」


 仮説は立てては居るが明確な手口も不明のまま。


「探偵さん、コーヒー飲みますか?」


 すると、川崎さんが2つの缶コーヒーを持って現れた。


「どうも、頂きます。そういえば鏡さんとはどういったご関係で?」


 缶コーヒーを受け取る。


「ミラーとは幼馴染ですよ。能力手に入れたからアイドルやる。なんて急に言われて、びっくりしたもんですよ。したら、急に死んじゃうし、そうかと思ったら急にデータは残ってるとかで出てくるし。昔から驚かさればっかりですよ」


 笑い話のように話してくれたが、彼女は何処か辛そうな表情を浮かべていた。


「自他認める変人で通ってたのですよ」


 画面に映るミラーは、自身満々でそう言ってのける。


「自分で言わないの。何時もフォローいれる私の身にもなりなさいっての。そう言えば、可愛い助手ちゃんは?」


「ビル内見てくるって別行動中です。では、彼女のスタッフで一番の古株なんですね」


 五郎は缶を開けコーヒーを一口飲む。


「ええ、そうです。最初は2人で始めて、ひっどい歌や演出でモデリングだけは一流だ。って評価で2人共そんなの覆すって燃えちゃって」


「懐かしいのです~。それで、のりちゃんが演出の勉強始めて、ミラーは主に人集め。手探りで続けていってあの頃は今とは違った面白さがあったのです。なのです」


「ねー。そういえば、ミラーその状態でも記憶とかはちゃんと全部保持してるのよね?」


「してますね。どうかしたのですか?」


「うん。保持してるならさ。アレ覚えてない? 脅迫状届いたの」


 五郎が反復するように脅迫状? と声に出すと彼女は首を縦に降る。


「勿論覚えているのですよ。でもアレ2年近くも前の話ですし」


 脅迫状が届き、更に数日後に動物の死骸が送られてきたという。ネットアイドルという特性上、狙われたのは表向きの開発者となっている後藤さんであり、実際に狙われたそうなのだが当時、護衛をつけて難を逃れたそうだ。


「で、後藤さんが逆恨みを?」


「いえいえ、違いますよ。後藤君、当時寧ろ鏡に矛先が向かなくて安心してたくらいですし。確かその犯人が最近出所してたはずなんですよね。それで、その人の可能性ないかなーって思いまして。ただ、私は記憶が曖昧なんでミラーに確認をと」


 此処で更に容疑者が増えたか。


「あ、それじゃぁないですけど、流石にミラーの能力を知っているとは言え、本人からメールが来るなんて予想もしてませんでしたから。その、通報してしまってます。すみません」


「あぁ、仕方ないですよ。俺も同じ立場なら通報してそうですし。でも、警察の姿は見えませんが?」


「一度来で、軽くボカシつつなんですけど話した所、対電脳力者の人をよこすから。という話でして」


 ソレってまさか。そう彼が思っていると、休憩室のドアが空き1人の男性が入ってくる。

 同時に川崎さんは噂をすればなんとやら。と呟いていた。


「なんだ。探偵じゃないか」


 聞き覚えのある声に、見覚えのある顔立ち。


「やっぱり菊池か」

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