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10話 珍客とアイドル

 あの後、簡単な事情聴取を受け買い物を済ませた時には18時を回っていた。

 彼が事務所に戻ると、永久がグラタンを作ってくれている最中であった。上機嫌だったため、自分の好物を作ってくれているかもしれない。と予想を立て見事に当たり、2つの意味で内心嬉しくなっていた。


 夕飯を終え言われた通りパソコンで評判を調べたのだが、彼の言う通り有名。と言えるほどではないが全く知名度がないというわけでもない。

 永久もある程度の知名度は、人伝で知ってはいたが実際に自身で調べるのは始めてだという。

 主に可愛い女の子が居る事務所だの、優秀な女の子が居るだの大半が永久の事であり、本人は嬉しいがなんだか気持ち悪い。だそうだ。


 因みに五郎はと言うと、ほぼほぼ触れられてすら居なかった。挙げ句の果てには格安で女の子1人でやってる事務所。などと書かれており腹を抱えて笑われてしまう始末であった。

 それからは、電脳力者臭いひったくりを捕まえる依頼を受け、掴まえたはいいが、実際には電脳力者ではなく安めの仕事となってしまった。


 他には何時も通り仕事のない日々が続き、一時の平和が訪れていた。

 それから1週間がたったある日。


「うーん、故障か?」


 幾度か呼び鈴が事務所で響き渡り、急いで出るも玄関には人っ子一人居ない。という事が続いていた。

 いたずらの線も考え、永久に玄関先で隠れて待機してもらい待ち伏せてもらった。のだが、不思議な事に呼び鈴が鳴り響いた時には、玄関に人が誰も居らず怪奇現象の如くひとりでに呼び鈴が鳴り響いていたのだ。


『ゴロー、腐った幽霊の仕業でしょうか』


「幽霊に腐るも何もないだろ」


『ほら、ゾンビの幽霊という奴です。察しが悪いですねロリコン探偵は』


「なんじゃそりゃ。てかロリコンじゃないっての」


 ゾンビの幽霊って意味が分からんぞ。と考えつつモニターがついた呼び鈴のカバーを外していく。

 本来はモニター付きのインターフォンなのだが、液晶が割れ更には外のカメラも壊れてしまっていた。修理出来なくもないが面倒で放置していた次第だ。

 テスターやドライバー等の道具を工作室から持ち出すと色々と調べ始める。


「うーん、配線切れてる箇所もないし、ぱっと見半田も問題なし。コンデンサも膨れてねぇし、トランジスタもピン折れてねぇし、他も……電圧も正常だしなんだこれ」


 ドアが開き、永久が戻ってくる。


「大掛かりな修理ですかー?」


「うんや、ぱっと見何処も壊れてないんだよな。これが」


 基盤を取り外し、神妙な面持ちでそれを見つめる。


「ではゴローの耳と脳が腐り落ちた線は?」


「ない。って、それだとお前のも腐り落ちてるぞ」


「確かに。真面目に答えると、外の方が壊れた可能性は?」


「あー、それはありそうだな。見てみるか」


 外にある方も分解して確認してみるが、これまた壊れている様子は見受けられない。


「異常なし。っと」


 組み立て直し、事務所へと入ってドアを閉めるとタイミングよく何処からともなく音楽が流れ始めた。


「いよいよ、ホラー地味て来たな」


 五郎の顔が引きつっていると、彼の後ろに永久が隠れ服の裾を摘んでいた。


「ゴロー、先に行く名誉をあげましょう」


「名誉でもなんでもないよな、それ」


 だが、彼女を先に進ませるのも気が引け、彼は自ら進んで歩を進ませていく。

 音は有ろう事か永久の部屋から聞こえて来ており、彼女の顔が徐々に青ざめていく。


「ゴロー、五郎! 引っ越しです! 借金をしてでも引っ越しを提案します!!!」


「却下」


「なんでですかー!?」


 なんでですかも何もあるかよ。と、返しつつ彼は歩を進ませていく。

 それに聞いた事のある曲であり、何処か引っかかっていた。

 ドアノブに手をかけ、ゆっくりと回していく。


「駄目です、ゴロー! 腐った五郎が出てきますよ!」


「俺を勝手にゾンビにすな」


 ドアを開けるとパソコンが着いており、そのスピーカーから音楽が流れてきていた。画面には1人の女性が映し出されていた。


「ウィルスか」


「……はぁ。良かったぁ」


 安堵のため息が聞こえ、急に元気になった彼女が前に出る。


「ふふん。腐った五郎の幽霊じゃなければ、何も怖いものはありません! ウィルスなぞ恐るるに足らずとはこの事です」

 

「知ってるか。永久。このビルって曰く付きの物件でな。それで━━」


 攻め時だ。と考えた彼は口から出まかせを吹こうとするが。


「ゴロー、ソレ以上言ってみて下さい。今日はカボチャ尽くしにしますよ。カボチャのスープにカボチャのグラタン。カボチャを練り込んだパンにカボチャドレッシングをかけたサラダ。さぞ美味しいでしょうね」


「ごめんなさい」


 夕飯を人質に取られ、瞬時に謝っていたのだった。

 そう、五郎はカボチャが大の苦手なのだ。

 にしても、何時入り込んだんだ。と彼が考えていた時、画面の女性が此方を振り向いた。

 その口は裂け、目はただれ血涙を流し、鼻は原型をとどめて居らず所謂いわゆるホラー系の演出がなされていた。


「にぎゃああああああああああああああ!!!!」


 五郎が鼻で笑っている横で、永久の叫び声が事務所中を駆け巡った。


「ひっく、五郎の、馬鹿……阿呆、糞探偵、ひっく……ロリコン」


 結果、その場にへたり込みすすり泣き始めてしまった。


「おい。俺の悪口ばっかだぞ、それ」


 そう言いつつ椅子を引き腰掛けた時であった。


「あら、ごめんなさい。何やらいいホラー演出になってしまっていたようで、ついついノリに乗ってしまったのです」


 化物じみた顔が一瞬で整い、可愛い顔へと変わり言葉を発していた。


「はー、最近のウィルスってすごいんだな」 


「ゴロー。ひっく、そんなの早く消して下さい。もう見たくもありません」


「ウイルスじゃないのです!? えっとですね。まず、ミラーの事を見たことはありませんか? あると思うのですよ?」


「確かにある気はするけど」


「ゴロー、ウイルスをナンパする気ですか? 貴方は壊れてしまったのですか?」


「永久。その発想が壊れてる事に気がつこうな」


 だが本当に見たことある顔立ち。更にさっきの曲も聞いた事がある。そして、アイドルのような格好。


「あっ、電子アイドルの……」


「そうなのです! そうなのですとも!」


 彼は名前が思い出せなかった。ど忘れだとかではなく、恐らく覚えようとすらしてなかったのだろう。そして、捻り出した答えが。


「イナゴくん!」


「佃煮ではありませんからね!?」


 ネットイナゴの方だが。と、返そうとした矢先に彼女はこう続ける。


「ミラーなのですよ! ミラー! ほら、此処に鏡があるでしょう? そもそも、一人称で既に言ってたのですが! なのですが!!!」


 そう言って小物の鏡を見せてくる。


「あぁ、自分の醜い姿を見ろよ。この豚共っていうそういう奴か」


「そんな意味ないのですよ!? というかなんですか、そのとんでも解釈」


「相棒のおかげでな」


「何平然とウィルスと談笑してるんですか。ひっく」


 永久にそう言われ、五郎は気がつく。ただのウィルスやプログラムにしてはスムーズに話が進むな。と。


「だからウィルスではありませんって!」


「で、元人気1位のアイドル様が、何の用だ?」


「はぁ、そろそろ疲れて来ていた頃合いなのですよ。探偵さんに用、となればそれは1つしかないですよね。そう、依頼なのです」


 彼は5年ほど探偵をやっているが、こんな短期間に珍しい依頼が多い事は始めてであった。

 そして、この様な珍妙な依頼主も。


「報酬は?」


「ミラー、いえ。私を好きにしていい。なんてどうでしょう。とても破格だと思うのですよ! なんでもですよ。えっちな事でもいいんですよ!?」


 力強く画面の中のアイドルが言い、数瞬の静寂が訪れる。


「……分かった受けよう。早速調査から入るな」


「えっ、依頼内容言ってないのですが、なのですが!?」


 彼は検索エンジンを起動し、[お前を消す方法]と入力すると強制的に閉じられる。


「なんですか、その昔デスクトップ上に居た可愛いイルカを消すために考え出された検索の言葉は!?」


「よく知ってたな。遠回しに俺らから見て、お前もそのイルカの同類ってこった」


「酷い!? あのポンコツイルカと一緒にしないで下さい! と言いますか話が進まないのですが、なのですが!」


 可愛いなら別に一緒にされても問題ないだろ。と言いかけたが、彼女の言う通り確かに話が進まないため口に出さずにこう返す。


「流石に、怪しすぎて受ける気にならん。俺の相棒も拗ねて布団の中で漫画読み始めたし」


 目線をベッドへと向けると、布団が丸く盛り上がっておりソコから腕だけが外に伸び、漫画をペラペラとめくっていた。


「貴方が延々と、茶化すのがいけないと思うわけなのですよ」


「最初の登場の仕方思い出そうな? 人の事言えんから」


「おっほん、もし依頼内容が"殺人事件"の真相の解明だとしたら。どう答えますか? ますか?」


 わざとらしく咳払いをし話された依頼内容に、彼はきな臭さを感じ眉間にシワが寄る。


「1つだけ聞きたい。お前は何者だ? 確か完全自立AIプログラムの電子の妖精だか、天使だかがウリだったよな。今ひとしきり話してみて、人のソレにしか思えなかったんだが」


 要は完全自立AIが無理だと考えていた彼は、ミラーのアバターを使って遠隔で喋らせているのでは。と考えていたのだ。

 だが、画面の中の彼女は不敵に笑い。


「ちゃんと知ってるじゃないですか。ですか! ミラーは"元"電脳力者なのですよ。ただの、ね」


 更に変な事を言い放ったのだった。

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