8話 お金と銀行

 柄にもなくスキップをしながら永久は、大家さんの家へと向かっていた。

 事務所から歩いて10分。目的地へと到着した。

 呼び鈴を鳴らし、ポーチからお金の入った封筒を取り出す。少し待つと、玄関が開き1人の初老の女性が出てくる。


「おや、永久ちゃんじゃないかい」

 

「大家さんこんにちわ。来月分までの家賃です~」


 そう言って渡すと、大家はきょとんとした顔をし封筒を開け中身を確認し始める。


「はぁ、なんで永久ちゃんに持って来させるかねぇ」


「怖いのではないでしょうか。小心者ですし」


「はっはっは、案外そうかもね。滞納が酷い時はこっ酷く起こってたもんだよ。きっかりあるね。アイツに次は自分でもってこいバカタレって言っといておくれよ」


 大家は笑ってそう言うと、永久も笑ってこう返す。


「少々オブラートに包んで言っておきます」


「毒舌という名のオブラートかい? アイツの心折るくらいでも構わんよ」


「流石にそれは可愛そうなので粉々にする程度で」


 永久の返答に高笑いし、酷くしてどうするんだいと返した。


「まっ、永久ちゃんがあいつの手綱引いてれば、平気かねぇ。これからもアイツの事頼むよ」


「お任せを」


 大家さんの家を後にし、美樹さんのアパートへと歩を向ける。

 その途中、何処かの家の人懐っこい飼い猫とじゃれたり、自動販売機でジュースを買ったりしていた。

 むふふ、贅沢出来るって幸せ。などと考えつつ缶の縁に口を付けジュースを飲み、立ち入り注意の看板や広告を眺め信号を待っていた。

 少しして、1人のスーツを着てメガネを掛けている若い男性が歩いて来て、口を開く。


「お嬢ちゃん、すみませんが道を教えて貰っても宜しいでしょうか」


「はい、何処に向かいたいのでしょうか」


 行き先は銀行との事で、道順を丁寧に教えていく。


「ありがとうございます。道を1本間違えていたようですね。それでは」


 彼は笑顔でお辞儀をすると、身を翻しもと来た道を戻っていく。

 横目で彼の後ろ姿を眺めていると、履いてる靴が運動靴であり、見えにくくはあったが片耳にイヤフォンを付けていた。


「国の犬、ですか」


 今は平日の午前中。祝日や振替休日、長期の休みでもない限りこの時間帯に永久くらいの年頃の子が出歩いているのは、補導対象となっても致し方がない。

 そして、今日はこのどれにも当てはまらない。


「職務放棄。はないですよね。点数稼ぎがありますし」


 信号が変わり、音楽が流れ始める。


「何より、なんとなくいけ好かない。作り笑いが"ぎこちない"」


 尾行しようかとも考えたが、個人的にあまり関わりたくない。買い物がしたいという気持ちが勝ち、横断歩道を渡るとアパートへと急いだ。

 目的地に着くと、部屋まで行き呼び鈴を鳴らすが反応がない。

 仕事中なのだろうことはすぐに察し、アパートの入り口まで行くと郵便受けに封筒を入れる。


「よし、これで完了です。さて、改めてお買い物に行きましょう。あ、今日は久々に、五郎の好きな物でも作ってあげましょうかね」


 近くにあったゴミ箱に空き缶を捨て、軽い足取りでモールへと向かったのだった。



 五郎は真っ先に銀行へと向かう。はずだったが、小腹が空き近くの店で焼き鳥を数本買っていた。

 歩きながら、贅沢出来るって最高。などと考えているとあるものが目に入り足が止まる。


「今時怪盗ねぇ」


 それは、殿下量販店のショウウィンドウに置かれているテレビから垂れ流されているニュースだった。

 なんでも隣の県の金持ちの家に犯行予告状が届いたそうだ。 

 特集を組む勢いのようで、複数の評論家が討論を繰り広げていた。


「時代錯誤にもほどがあるだろ。って、言ったら永久になんて言われるか。この場に居なくてよかった」


 最後の一本を平らげ、コンビニ入ると袋に入った串をゴミ箱に入れマッチを取るとレジへと向かった。


「35番1つ」


 彼が買ったのはタバコであった。

 普段は吸っていない。いや、まともに吸えないのだが、ハードボイルド。などと勝手に思っており、時折お金が纏まって入った日にはこうやって1箱だけ買っているのだ。

 本音を言えば、パイプを使用したいと思っているのだが、吸う事が難しい。と小耳に挟み足踏みをし、代替として選んでいるに過ぎなかった。


「857円になりまーす」


 会計を済ませタバコをポケットに忍ばせると、銀行へと歩を向ける。

 その最中、職業柄か街中の到る場所に目線が向いてしまい、珍しいものを見つけると永久に話かけようとしている五郎の姿があった。


 ……如何な。報告書届ける時も思ったが、ここの所手持ち無沙汰になると、永久に話かける癖がついてきてやがる。

 彼はそう考えつつ偶然見つけた喫煙所へと向かい、ラベルを剥がしタバコを咥えるとマッチを擦り火をつける。


「ゲホッ、ゲホ! んあー……くっそ、何時になったらまともに吸えんだよ」


 永久がこの様子を見たらさぞ色々と言ってくるんだろう事を考えつつ、無理に吸おうとしむせる。を彼は繰り返していた。

 ほとんど吸える事なく、備え付けの灰皿に火を消し捨て彼はため息をつきつつ喫煙所を後にする。

 

「何時からだっけな。永久があんなに喋ってくれるようになったの」


 口は悪くなっちまったけど、昔よりかは全然良い。

 そう考え、口元が緩みタバコを取り出し目線を落とす。


「勢いで買っちまったはいいが、どう言い訳をしよう」


 そういうしているうちに銀行へと到着し、タバコを仕舞うと中へと入っていく。

 受付へと歩を向け、口座を作る事を伝え書類を書いていく。書き終わると印鑑を押し、初期残高として貯金する予定だった30万を渡した。

 番号札を渡され口座が出来上がるまでの時間、待合の椅子に腰掛け待つ事となった。


 ボーッとしていると、隣に座ったスーツを着てメガネを掛けている男性が腰掛け話しかけてくる。


「こんにちわ。どうですか最近」


 横目で、彼の身につけているモノをざっと確認する。


「ん? ぼちぼちですね」


 警察か。何のようだ?

 そう考え五郎は軽く話しかけてきた理由を羅列する。秘密裏の依頼か、情緒不安定の職務質問する対象に見えたか、先日の事情聴取か。


「そうですか。ソレは良かった。それでお一つお聞きしたい事があるのですが」


「はい、なんでしょう」


「私、最近此方に異動してきた菊池。という者でして」


 なんだ、ただの挨拶か。と、胸を撫で下ろす。


「まぁ、その様子ですと身分は分かっている。……と、思う」


 急に作り笑顔が消え声が低くなり、言葉遣いも少し変わる。

 コレにより、ただの挨拶ではないと悟り思考を巡らせ始める。


「お宅も、不慣れな事してて大変そうだな」


「全くだ。こういう事はあまり好かん。で、本題だ。探偵」


 此方の身分も知ってて接触してきたのか。そう思いつつ何だ? と手短に答えていた。


「先日のコンビナートの1件、耳にはしてるだろう」


「あぁ。ニュースにもなってたからな」


「正直、俺個人としては、証言からお前らが関与してると考えている。だが、逮捕云々は今はどうでもいい。聞きたいのは、ドアを変形させた奴と戦闘したか。という事だけだ」


「さてね。"分からない"としか答えられないな」 


 嘘はついていない。何故ならあの時確かに戦闘はしたが、電脳力者は透明化する奴以外判明していない。故に分からないのだ。あの中に居たかもしれないし、居なかったかもしれない。時間があれば暴く事は出来たが、生憎とあの時はそのような時間はなかった。

 すると、手渡された番号札が呼ばれ五郎はゆっくりと立ち上がる。


「なるほど、十分だ。手間をかけた」


 懐から名刺を取り出し、刑事に投げ渡した。


「何かあればご贔屓に。安くしとく」


 普段ならば渡さない。だが、先程の言葉から考えて、永久の事も既にある程度知っていると考えて差し支えない。少なくとも電脳力者という事は割れているはずだ。

 その上で泳がす様な発言をしている。つまり、今後捜査に利用する気が満々だと言っているようなもの。であれば、名刺を渡し依頼なら受けるぞ。という意思表示を予めしておいても損はない。


「報奨金でなくていいのか」


 彼は名刺に目を通し始める。


「大抵の場合は安いかそもそもないだろ。それに、名を売るために最初格安の設定にして5年経った今でも変えてないから、未だに家計が火の車なんだよ」


 五郎は歩を進ませ始めた。


「ふん。馬鹿という奴か。それ相応の金額にすれば楽なものを」


 通帳を受け取り、入り口へと歩を向けた瞬間であった。

 銃声が聞こえ五郎の口から間抜けな声が漏れる。


「全員手を挙げろ!」


 そして、銃口が一番近かった彼に向けられた。

 銀行強盗なんて珍しいな。永久になんとかしてもらうか。と考え、彼女の名前を呼ぼうとした時に気がつく。別行動をしている事に。この場に居ないことに!


「あっ、やば、い」

 

 引きつった顔でゆっくりと両手を挙げたのだった。

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