ファイル3

7話 仕事とお金

 珍妙な不倫事件から数日が経った。

 3食うどん生活に戻り、死んだ魚のような目でうどんを啜っていたある日、とある仕事が舞い込んできた。

 それは、電脳力者関連の事件ではないにしろ、先日条件が良ければ受ける。と、永久に言った手前もあり更に、条件が怖い程に良かったため受ける事となった。


 受けた内容はというと、とある企業スパイの疑いのある人物の精査。

 これまた珍しい依頼ではあるが、大企業であったため致し方ない面もあるのだろう。

 調査期間は2週間。そして、張り込み時間は18時から23時の間のみ。決定的な証拠を提示出来ればそこで打ち切りかつ上乗せがある。という破格のものであった。


 そして、張り込みを始めて2日があったある日。調査対象に動きがあった。


「おっ、これは来たか? 永久、準備宜しく」


 許可を得て取り付けた盗聴器から聞こえる会話を聞き、五郎は彼女にそう伝えた。


『了解ですよ』


 通信機から上機嫌な声が返ってくる。

 ソレもそのはずだ。これが成功すれば、先月と今月の家賃を払った上でお釣りが有に来る。

 更に、動きがあれば確実に証拠を掴むことも可能だ。


 ボロい仕事、ボーナスステージ。今回は偶然にも、そういった類の案件であった。

 予めカードキーも貸してもらっており、永久は会社内部に入り込むと周囲を警戒しつつ対象の近くへと移動していく。

 すると、対象はオフィスを出ると、盗聴器でお手洗いに行くと告げたのにも関わらず、トイレを通り過ぎ別の場所に向け歩を進ませていた。


 現在の時刻は23時を回った所で、残業で残っている極一部の社員以外はいない閑散とした時間帯。動くにはうってつけだった。


「私達も残業ですね。ゴロー、残業代は新しい服が複数ほしいです。ついでに、レトロゲーも宜しくお願いします。後々、漫画や新しいテーブル、可愛いのを所望します」


『多いな!? けど、成功したら全部買えるだろ。金渡すから今度一緒に買いに行こう。持ってやっから』


「今度では待ちきれません。服やゲーム、漫画は1人で行きます」


 ポケットから1つの小さなケースを取り出す。更にソレから何らかの錠剤を1つ取り出すと、ケースを仕舞った。


『分かった。となると、机は一緒にだな。なんなら下見も先に済ませとけ』


「お願いします。お荷物探偵から、荷物持ち探偵にクラスチェンジの瞬間ですね」


『喧嘩売ってんのか、お前は!?』


 永久は錠剤を口に含み噛み潰す。すると一瞬電流が流れたような感覚が襲い、直後に左頬に5枚の花びらがついた花のタトゥーが浮かび上がる。


「とは言え現段階では、ただのとらぬ狸の皮算用。ですけどね」


『たまにゃいいだろ。成功如何は永久に掛かってるけどよ』


「任せて下さい。あの程度の猿、お金のサビにしてやります」


 ハンディカメラを取り出すと、花びらの1つが光り永久の姿が消えた。

 "タトゥーが浮かび上がった"調査対象の男が入った部屋は、データベースサーバーと直接繋がっているパソコンが置かれている部屋であった。

 仕事をしていた男性を能力を使用し眠らせ、パソコンの前へと座る。


 USBを差しパソコンの操作を始めた。

 突然ドアが開く音がし、掌をドアの方へと翳すがドアの付近には人の姿はなかった。

 ちゃんと閉めたはずのドアが勝手に開き、不審に思った彼は立ち上がりドアの方へと向かう。そして、周囲を見渡し廊下にも誰も居ない事を確認すると、ドアを閉め作業へと戻る。


 作業をする事5分。データのコピーを始めた所で、部屋の中で物音が聞こえ周囲を見渡すが誰の姿も確認出来ない。


「誰か居るのか? 居るなら、出てこい」


「はい。居ませんよ」


 少女の声で即答され、立ち上がろうとする。と、男の眼の前にハンディーカメラを片手に、拳銃の銃口を向けた1人の少女が現れた。


「電脳りょ━━」


 トリガーが複数回引かれ、銃声が部屋に鳴り響いた。


「いっちょあがりです。ゴロー、ゴロー。大収穫ですよ。この人電脳力者でした」


 永久が銃を捨てる。と、花びらの1つが光りソレはステンレス製のコップへと姿を変えた。

 男は死亡しておらず、眠っているだけであり永久が近づいていき、しゃがんだ。そして、人差し指を立て男の頭に押し当てる。


『急に銃声してびっくりしたー……』


「ビビリですね。ゴローは。そんなんだからヘタレなんですよ」


『仕方ないだろうよ。お前が撃たれたんじゃないかと思ったんだから』


 そう言われ、永久の口元が笑いこう返す。


「そう簡単に死ぬような私じゃない。と、一番よく知っているのはゴローのはずですよ。もう脳だけが、物忘れが激しくなってくるような歳になったのではありませんか?」


『確かに最近物覚えが……って煩いわ!!』


 静かに笑い、目線をパソコンの画面へと向ける。


『んで、首尾はどうよ』


「証拠はビデオカメラにバッチリと。後はゆーえすびー? とか言うのを持ち帰って、コピーデータと一緒に突き出せば完璧かと」


『了解。完全にオーバーワークだが、その辺りは俺がなんとか言いくるめとく』


「お願いします」


 データのコピーが完了し、同時に永久の左頬の花の花びらが1つ増える。


「さてっと、ロリコン探偵さん。早くこっちに来て下さい。この男、私一人では運べないので」


 その後、男を縛り上げUSBとカメラ映像と共に突き出し、簡単に交渉を行った。話が纏まると報告書を急いで書き、終えた頃にはとっ捕まえてから2日が経っていた。

 提出しに依頼主である企業へと趣き、ついでに報酬を受け取って事務所へと五郎が帰ってくる。

 彼の帰りを待ちわびていた永久は、駆け寄って行くと満面の笑みで出迎えてきた。


「ゴロー! 早くしましょう! ささっ!」 


 待ちきれないのか手を取ると、急かしていた。


「分かってるから慌てるなっての」


 報酬から家賃を引き、経費で落とせない薬代や一部道具の調達分を引き残ったものをテーブルに置く。


「お、おぉ……! 来月分の家賃も含めているのに、それでも42万!?」

 

 五郎が行なった交渉は、オーバーワークだが企業の利益を思ってのお節介。だから、最初の交渉の料金だけで構わないから目を瞑って欲しい。というものであった。

 要は、上乗せ分は不要だから見逃せというもの。


 だが、向こうからすれば精査ついでに漏洩を防いでくれた。と認識してくれていたようで、上乗せの金額が想定を遥か上を行っていたのだ。

 こういう頼んだ以上の仕事を嫌う依頼人もそれなりに居る中、彼からすれば嬉しい誤算であった。

 誤算といえば、今時振り込めではないんですね。と笑われてしまったが致し方ない。なぜなら。


「で、久々に貯金をしようと思います」


「我が家にもやっと口座が、復活するんですね。甲斐性なしを保護者に持つと辛いです」


 この仕事について2年ほどで、貯めていた口座のお金が底を尽いていた。以後も小さい依頼が続き気がつくと口座をを使わなくなっており、更に使っていた銀行が倒産した事から別の銀行に引き継がれはしたのだがそのまま使わず仕舞いで、結局一度破棄してしまっていたのだ。


 尤も、光熱費を払うための口座は別で作っているので、全く存在しない分けではないのだが。


「といいますか、なぜ破棄を?」


「いやぁ、倒産しちまっただろ? それで、現金で持っとけばいいかなってよ。けど、大口の仕事の時、大金持ち歩かないといけなくて内心怖かった。だから作り直す」


「それ、超小心者のゴローからしたら、通帳を持っていても同じ恐怖に駆られるのでは?」


「なんか違うんだよ! 通帳と現ナマの重みというか、緊張感というか。……この話は一旦置いといて、ほれお前の分」


 そう言って彼は5万円を永久に手渡す。


「ありがとうございますー。後は貯金を?」


「俺の分ちょっとだけ取ってそうだな。そういや、美樹さんの報告書1枚落ちてたんだったよな~」


 そう言って、報告書を折って入れてある封筒をテーブルの上に置き、永久は瞬時に目を逸らす。


「……こ、此処から、天引きでしょうか?」


 恐る恐る聞き、バツの悪そうな彼女の様子をひとしきり見た後、満足したかのように彼はこう提案する。


「いや? これ運んで、大家に家賃を渡してきてくれれば、テーブル代は此方で出してやるよ。って交渉ばんだが、乗るか?」


「そういう話でしたら、勿論です」


 彼は家賃を入れた封筒を渡し、自分用の7万を財布に入れると残り30万を封筒に戻す。


「交渉成立だ。念の為に薬持ってけよ」


「了解です、ボス!」


「……ちょ、調子良いな、お前。まぁいいや。頼んだぜ」


 早速永久は自室へと戻り着替えを済ませると、家賃と残されし報告書をポーチに入れ玄関へと向かう。


「行ってきまーす」


「おう、気をつけてなー」


 バタンと扉が締り、窓際へと歩いていく。

 そして、上機嫌に走っていく永久の後ろ姿を微笑みつつ見送り、振り返ると背伸びをする。


「さて、俺も金入れて日用品の買い足しと、以前選んでもらったコート買いにでも行くかな」

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