6話 調査と結果

 翌日。

 朝帰りをした五郎は永久から白い目を向けられるも、この世の地獄を見たような表情をしており彼女から発せられる言動は少々優しいものであった。


 午前中は仮眠を取り、午後になり事務所を出て毒島家へと向かう。すると、ちょうど栄子さんが家から出てくる所であり彼は思わず顔を背けていた。


「……ホント、何があったんですか」


「聞くな。話せない内容だし、出来れば永久には知らないで居てもらいたい。色んな意味で」


 尾行を開始して30分ほど歩き、付いた喫茶店で昨日とは別の若い男と合っている現場に遭遇する。

 むぅ。と、永久が唸ったため頭を撫でこう言ってやった。


「お前の思ってるような結果にはならんから、安心しろ」


「信じても?」


「あぁ、俺がお前に嘘付いたことあったか?」


「それは、たくさん」


 言葉に詰まり、咳払いをしこう言い直す。


「こ、今回は本当に嘘じゃない。嘘だったら、こういう仕事を今後も積極的にうけてやってもいい」


 写真を1枚取り、何処か安心している表情を浮かべていた。


「でしたら、どの様な結果になっても、私の思っていた通りの結果でした。と言う事にします」


「永久、流石に卑怯だぞ!?」


「卑怯も糞もないかと思いますが。なぜなら、本当にそう思っていた可能性もある分けですし」


「詭弁だ。つか、さっきの台詞の後だと説得力の欠片もない」


「幼気な私を戦わせる仕事より、幾分とマシだと思うのですが。どうせならもう電脳力者専門も止めて……」


「冗談でも、"根本"をくつがえすような事は言うな。始めこそ、利害の一致でスタートした探偵事務所なんだからよ」


 そういうと、五郎は身を翻し歩を進ませ始める。


「もう宜しいので?」


「あぁ、いい。もう調査は十分だからな」


 コンビニに寄り写真を印刷して事務所へと戻ると、報告書を書き始める。

 永久は彼の隣に座り足をパタパタと揺らして、つまらなさそうな顔でテレビを眺めていた。

 時代劇が好きな奴とはいえ、ワイドショーは流石に面白いとは感じないのだろう。


「ゴロー」


「ん? どうかしたか?」


「捨てないでくださいね」


「本当にどうした!? 熱でもあるのか? 頭打ったか? 変なもんでも食ったか? 拾い食いか!?」


 手を止め質問攻めにすると、嫌そうな声で違います。と否定される。


「ただ、なんとなく不安になったので」


「なるほどな。じゃぁまずは、汚い言葉遣いから治そうか」


「断ります」


「おい」


 2人は静かに笑い、五郎は再び手を動かし始める。


「今更捨てるかよ。お前は口は悪いが大事な相棒で家族だからな」


「なら、いいです」


「妙に素直だな。逆に俺が捨てられないか心配だよ。優秀な奴は他にも沢山居るしな」


「あり得ないです。ゴローより、弄りやすくて阿呆で戦闘はからっきしで頼りなくて。でも、一緒に居て安心出来る糞探偵は他にいないですから」


「けなすのか褒めるのかどっちかにしろ! ……ま、この話は不毛だな。あり得ない」


「ですね。少々疲れたので寝ます」


 テレビを消し、永久は目を瞑る。


「俺を待って夜更かしでもしたかっ?」


「いえ、面白い映画があったので、つい」


「そうかい。そいつは良かったな。おやすみ、今日の夕飯は俺が作ってやる」


「楽ができそうです。おやすみなさい。ゴロー」


 それから報告書を完成させ、他愛の無い何時もの夜を過ごした。

 五郎が作った夕飯が不味かった事以外は、だが。


「見た目は溝鼠のごはん、味は劇薬ですね」


 と、永久は酷評をしたものの残す事はなく、全て平らげたのであった。


 翌日。

 調査報告をするため、栄子さんが居ない時間帯を狙って毒島さんの家へと向かった。

 居間に通され、椅子に腰掛けると早速本題に入った。


「単刀直入に、結果を先に述べますと。奥さんは浮気はしていません」


「そ、そうですか。では家内は何をしにでかけておったのかのう」


 五郎は報告書を彼に渡し、ゆっくりと話を始めた。


「この子がこの場のいますし、自分でも口にあまりしたくないのですが。……その、濁した言い方をしますと夜のお仕事を少々。ですが、貴方との関係が嫌になった。だの、新しい刺激が欲しくなった。だのという話ではなく……私の口から言っても良いのか昨夜悩みましたが、今後の2人の関係を鑑みて敢えて言わせて頂きます」


 一服起き、意を決した表情をして続きを口にする。


「奥さんのショーを見に来ていた、ものず……ファンの方々や、スタッフからそれとなく話を聞いてまいりました。すると、奥さんは大輔さん。貴方との結婚記念日が近い事を気にして居られたようです。しかも、ちょうど50年目であり、節目。盛大にやりたいと考えていたようです。ですが、貴方への負担とサプライズしたい気持ちを優先。短時間でかつ高額の報酬がもらえ老体でもやれる仕事を探し、どこで見つけたかまでは分からなかったのですが、ちょうど見つけたのが今なさっている夜のお仕事になります」


 彼は正直、なんでそんな求人見つけてこれたんだよ。だったり、なんで需要あるんだよ。だったり、なんでこんな手段に出たんだよ。だったりと色々と突っ込みを入れたい箇所が多いが、とりあえずいい話風にまとめるためぐっと堪えていた。


「ですので、手段は……そのく━━」


 足を踏まれ声を荒げるのを耐え、横目で永久を見ると首を横に振られた。


「その、とても特殊な手段だとは思いますし、遠回しですが貴方を思っての行動ですので、あまり責めないで下さい。そして、私めから言えた事ではないとは思うのですが、夜が遅くなってお体に悪いので、奥様にはやんわりとやらないように誘導をお願いしたいと思います」


 沈黙が訪れ、時計の針が進む音が耳に届く。


「……分かりました。お手数をお掛け致しました」


 彼は深々と頭を下げる。


「いえいえ、此方も仕事でしたので」


「そうではなく、他の探偵事務所を幾つか回っていたのですが、ぼったくるように金額がとても高かったり、ふざけるなと門前払いを食らったりしておりまして」


 そして、俺の所に行き着いたのか。と彼が脳内で答えを出すと、彼は少し盛り上がっている一封の封筒を取り出す。


「正直、私自身変な依頼だとは思っております」


 だろうな! と、心の中でのみ叫び五郎は突っ込みをぐっと堪える。


「ですが、貴方方は受けてくれました。新たな心配は出来ましたが、家内が浮気をしていないようで安心しました。本当にありがとうございます。報酬は既に用意して、此方に。ほんの気持ち程度ですが色も付けております」


 そう言って封筒を彼に差し出す。

 五郎はソレを見つめた後、無言で受け取る。


「ゴロー!」


「永久、五千円札ないか?」


 彼はそう問いかけ、封筒を開けると中の金額を確認する。

 一万円札が十枚。十万か。


「……! ありますよ」


 ポケットから財布を取り出すと、五千円札を取り出し彼に渡した。


「さんきゅ。大輔さん。俺は最初に戦闘がなければ、報酬は一万五千円だと言いました。そして、今回は予定外の見世物を見る羽目にはなったが」


 封筒から2万円を抜き取ると、五千円札を封筒に入れテーブルの上に置いた。


「今回は戦闘はなかったので、最初に提示した料金のみを頂きます。コレを使うんでしたら、奥さんといいモノでも食べて下さい。それと、感謝するのであれば永久だけに。正直、こいつがいなかったら俺も受けてなかったと思いますから」


 とりあえず報告と言いたい事は全て言って、立ち上がり、玄関へと向かう。

 少しして、永久が後を付いてきた。


「まーた、なんか貰ったりしてないだろうな?」


「してませんよ。ただ、お礼を言われただけです」


 毒島家を後にし、帰路に赴いて居た途中の事であった。


「時に、ゴロー。一体何を見たのですか?」


「言いたくねぇ。そうそうほれ」


 そう言って1万円札を永久に渡す。


「あ、そうでしたね。今回は黒字ですか? 赤字ですか?」


 受け取りつつそう質問してくる彼女に、苦笑いを浮かべながらこう返してやる。


「勿論、赤字。少しだけな」


「あらー。ま、仕方ないですね」


「だな。仕方ない。気分転換に外食して帰らないか?」


「それは、ダメです。今のうちの家計は何時も以上に火の車なんですよ。ケツに火がついてるんですよ? 糞が詰まってる頭では分からないんですか?」


「いいだろ、別にさ。まーた条件良さそうなら、電脳力者関連じゃなくても受けるからよ。それで手を打て。ほれ、食いに行くぞ」


 そう言って彼は永久の後ろへと回ると、背中を押し始める。


「わっ!? ゴローの変態! ……全く子供なんですから」


「お前には、言われたくねぇよ」

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