5話 老爺と調査
翌朝。
古いデジカメを持って事務所を出発すると、依頼人の家の付近まで向かい張り込みを始める。
尾行及び調査対象は
調査期間は今日と明日の2日。場合によっては延長があるかもしれないが、要相談としておいた。
五郎は昨日手渡された写真を取り出し、視線を落とす。
「はぁ、気が滅入る」
「なんですか。折角の仕事だというのに。もっと親身になって、取り組んでもバチは当たらないと私は思うんですよ」
「そうは言ってもな。この調査は流石にな?」
「何ですか? 問題でも?
永久が言った大輔おじいさんというのは、昨日の依頼者の事だ。
そして、その依頼というのが。
「流石に、八十超えた夫婦の浮気調査ってなんだよ……」
写真に映っていたのは、不釣り合いの金髪をし、不釣り合いの露出が高めの服を来た老婆であった。
この人は大輔さんの妻であり、尾行し浮気調査をする対象であった。
中々聞いたことがない依頼なのもあり、五郎は断りたかったのだが永久にキレられると困るので受けるほかなかったのだ。
「この人抱く物好きがいるって? はぁ、ふざけんなよ」
「ふざけてるのはゴローの方です。私の前で抱くだなんだと。え? そういうに持っていきたいのですか? そういう関係に持っていきたいのですか? このロリコン変態探偵。逮捕されて極刑になればいいのに」
「ちげーよ。世の中にゃ物好きも居るって言いたかっただけだよ」
彼は懐に写真を仕舞うと、視線を玄関へと向ける。
「何も珍しい話ではないでしょう。各地の老人ホームで、多くのいざこざの種になってしまっている事柄を知っていますか?」
「知らん、何だよ」
「恋愛事情です。恋に歳は関係ないのです。恋の病はある意味、不治の病。治ったと思っても再発する事は、さぞ多い事でしょうし、掛からないと思っていても━━」
「演説の途中悪いが、対象が早速出てきたから後でな」
五郎は永久の話を遮り、1枚の写真を撮る。
「仕方ありませんね。尾行が優先です」
2人は距離を保ちつつ栄子さんの尾行を開始した。
「それと、恋に歳は関係ないのはわかったが、どっちにしろ不倫はだめだろ」
「ええ。ですので、こうやって真相を暴こうとしているのではありませんか。貴方は馬鹿ですか?」
いえ、仕事です。
と、心の中で突っ込みを入れると、彼女はこう続けた。
「出来れば不倫ではなく、別の理由であってほしいです。大輔おじいさん、とても優しそうなお人でしたので、あまり悲しませたくなる結果は、喜ばしくないです」
「……それは俺も同感だ」
それから尾行対象は、モールに行き紳士服売り場へと歩を向け服を吟味していた。
数枚写真を撮りカモフラージュも兼ねて自分用の服を選び始める。
「浮気対象に送るための服なのでしょうか」
「さてね。案外、自分用だったりして」
「男装する分けじゃあるまいし。透明化して独り言等聞いてきた方が宜しいでしょうか?」
「金と能力の無駄、やらんでいい。なぁ、これなんてどうだ?」
五郎は背中にデカデカと[ダンディズム]と書かれた茶色いジャケットを見せ、永久の顔が引きつる。
「ダサい。ファッションセンスゼロです。それにその色。糞に返りたいんですか?」
「お前、全国の茶色好きの人に謝れ!」
「何を言いますか。貴方以外は、ただの茶色好きの方々に決まってるではありませんか。ですが、ゴローに限って言えば、糞好き以外の何者でもありません」
「なんだよその理論!? つか、お前糞って言いたいだけだろ」
彼女は顔を背け、たまたま見つけたコートを手にとった見せる。
それはシックで落ち着いた雰囲気であった。
「貴方ならこれなんて似合うと思いますよ」
ダンディズムジャケットを元の場所に戻し、永久の選んだコートを手に取り羽織ってみせる。
「どんなだ?」
「良いと思いますよ。それより、尾行対象が買い物を済ませたようですが」
「は?」
五郎は間抜けな声を挙げ、指さされた方向に目線を向ける。
「ちょ、お前そういうのは早く言え!?」
コートを急いで元の場所に戻し、走って彼女の後を追っていく。
モール内だったことが幸いし、見失わずに済み彼は胸を撫で下ろす。
「危なかった」
今はフードコーナーにて、少し速い昼食を取っている最中であった。
格好もあり彼女は少々目立っている様子だったが、気にしている素振りは見えない。
「ゴロー、ゴロー。あのはんばーがー。というのを食べてみたいです」
「あん? 少し前に食わなかったっけ、お前。まぁいいや。ホレ、セットの買ってこい」
そう言って500円玉を投げて渡すと彼女は、無邪気に走っていく。
こうして見ると、ただの子供なんだがな。って、無駄な出費だな。と、彼が考えていると対象が食事を終え席を立とうとしていた。
予め持たせていた通信機にスイッチを入れる。
「永久、対象が動く。ハンバーガーゆっくり食って後で……いや、一度戻って美樹さんに報告書を届けてくれるか?」
『分かりましたー。ソチラはやっておきます』
「いい子だ。頼む」
此処から1人での尾行が始まった。
まず、美容室へと向かいその後、1人の若い男性と接触。談笑をしつつ市内へ移動を開始。
「こりゃ、確定か?」
途中のコンビニで買ったアンパンを齧り、独り言を言っていた。
電車に乗り、市内に着くと市電に乗り継ぎ、ある場所の近くの駅で2人は降りた。五郎もその駅で降りつつ、写真を収め後を追っていく。
「あいつを連れてこなくてよかったな」
そう。その駅の近くは、ホテル街であった。
物好きもいるもんだ。と、吐き気を催していると、空を見上げある異変に気がつく。
まだ真っ昼間なのだ。この時間でもやってはいるが盛るには早くないか? と考えていると、2人はなんとホテル街を抜けていったのだ。
「入らんのか。尾行がバレてる? そんなまさかな」
写真を1枚撮り、更に後を追っていく。
すると、とあるビルへと入っていき、エレベーターに乗り込んだ。1階で乗場押ボタンを押すと何階で止まり降りてくるかを確認する。その後、入り口にある企業や店を確認し五郎の顔が引きつる。
「まじか。……予想が当たってるなら、浮気じゃないがこれもこれでどうだんだ」
止まった階は5階のみ。そして、其処に入っていた店はショーパブ。しかもエロい方のだ。
今は営業時間外。彼の頭で考え導き出された答えは1つだけであった。
◇
モールでハンバーガーのセットを幸せそうな顔で食べた永久は、一度事務所へと戻り報告書を纏め手入れたA4サイズの封筒を持って前回の依頼者である美樹さんの家へと向かった。
鼻歌混じりで向かい、アパートに到着するとちょうど帰宅した頃合いだったようで、入り口で姿を見つけ呼びかける。
「あら、探偵さんの娘さん」
「助手です。報告書を持ってきたので受け取って下さい」
封筒を手渡し、お礼を述べると彼女は更にこう続ける。
「あ、お茶でも飲んでいく?」
「いえ、珍しく連続で仕事が入っていまして、実はその仕事の合間なんです。なので申し訳ありませんが遠慮されていただきます」
「あら、残念。じゃぁせめてお小遣いあげとくわね」
美樹さんはカバンから横長の財布を取り出した。
「ソチラも遠慮を」
「いいのよ。失敗したから。って、律儀にお金安くしてもらったし。何よりあの事務所じゃ、色々大変なんじゃない? 好きなもの買うなり生活費の足しにするなりして」
そう言って彼女は1万円札を永久に渡す。
「むぅ。では、ありがたく」
「あはは、割りと素直だ。可愛い助手ちゃん頑張ってね」
「はい。では失礼します」
ペコリと一礼をし、永久は帰路に着く。
美樹さんは笑顔で手を降って見送り、姿が見えなくなると急に顔から表情が消えた。
「本当に、残念」
封筒に目線を落とし、内ポケットからライターを取り出しソレに火を付けこう呟く。
「手間を掛けた甲斐が無い」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます