3話 毒舌とどんぱち

 交渉日当日お昼。

 

「あー、あー。永久聞こえるか」


 2人は通信機の調子を確かめていた。

 午前中に壊れた通信機に必要な部品の買い出しに行き、修理をしていたのだ。


『問題なく、良好です』


「了解。んじゃ戻ってきてくれ」


 五郎は通信機を耳から外すと、ボロボロのソファーに腰掛けテレビを付ける。


「はぁ、この時間は何処もワイドショーばっかだなー」


 チャンネルを変えていると程なくして永久が事務所へと戻り、テレビを消し作戦を詰め始める。


「まずは、俺が話をする。時と場合にもよるがまぁ、十中八九拗れるだろうな」


「でしょうね。で、具体的にはどうするつもりで?」


「ま、戦闘になったら流れで。万が一話付けて終わるなら、ちゃんちゃん」


「それは作戦なのでしょうか。甚だ疑問なのですが。まさか脳までピンク色に包まれて」


「ないから。けど、真っ先に狙うのは高確率で居る透明化出来る奴だ」


 そう言って彼はソファーから立ち上がり、携帯を取り出す。


「何処にかけるつもりで?」


「依頼人だよ。久々の仕事だが、日を跨ぐのは面倒くせーし今日中に終わらせる」


 同日夜。港のコンビナート。

 人気は少なく、よく取引現場で使われたりするが、今回もそのようだ。

 場合によっては"捨てる場所"もすぐ隣に存在するし、バレにくい分からんではない。

 五郎はコートを着てポケットに手を突っ込み、コンビナート内を永久と一緒に歩いていく。


 呼んでおいた美樹さんには、此処から一番近いファミレスに待機してもらっている。事が済んだら来てもらう手筈だ。


「明かりが少ないですね。要奇襲警戒です」


「まだこねーだろ。奴さんからしたら、まだ俺らは敵かも馬鹿な取引相手かも分からん」


 こう返してやると呆れ声でこう返答が来た。


「こういう点に関して、非常に甘いんですよ。ゴローは」


 直後、五郎は永久に腕を引かれ、よろめくと1つの銃声が鳴り響き彼の鼻先を掠めた。


「う、嘘だろ!?」


 2人はコンテナの裏に身を隠す。


「やはり、ピンク色に染まってるではありませんか。考えてみて下さい? あのお姉さんの家に忍び込んだのが、1ヶ月前。なのに、未だ出品され続けている下着。そして、購入者の数」


「確か俺を除いて5人か。って、それが……あっ」


 彼も永久が言いたい事に気が付き、間抜けな声を漏らす。

 もし、本当に売れていたとしたら5点セットで美樹さんだけで計25セットが売れている計算となる。五郎達を含めて30セット。そんなに下着を持っているモノのだろうか。そして、あの問答無用の奇襲。


「関係なくっちまおうって分けね」


「正解です。ゴミ捨て場も目と鼻の先ですからね。場合によっては遠出もする事でしょう。さて厄介なのは、敵の数もわかりませんし、予測される能力が奇襲向き」


 形勢は完全に不利であった。

 すると、コンコンとコンテナの上を歩くような足音が聞こえ。


「ッ、五郎!!」


 コンテナから何かが放り投げられ、爆散した。


「ひゅー、木っ端微塵かな」


 なにもないコンテナの上から、突然顔に1つのタトゥーが入った成人男性が現れ口笛を吹いていた。


『ジェリー2、やりすぎだ。取引先を変えなければ行けなくなったではないか』


 通信機から低い声でそう言われ、上機嫌に男はこう返す。


「んな事言ってもよ。勘良さげだったじゃん。なら、念には念を入れとく必要があるっしょ? んまっ、戦利品が取れないのは痛いけど……」


 再び爆破地点に視線を落とすと、男の目は見開き慌ててこう口走っていた。


「うぉい、2人共当たりだ。今回は当たりだぜ!!」


 五郎と永久の回りにバリアのようなものが張られ、爆発から身を守っていたのだ。


「はー、久々に死ぬかと思った」


「全く本当に、ゴローは私がいないと一体何回豚の餌になってるんでしょうね」


 そう言う永久の左頬には、花びらが4つ付いた花のようなタトゥーが浮かび上がっていた。そして、何時の間にか手に握られていた拳銃を上に向け引き金を引いていく。

 瞬時に姿を消され銃弾が命中したような様子は見られない。 


「返す言葉もない。にしても交渉の余地ぐらい残せって話よな」


「貴方がうちでやったように、この手段がてっとり速いのでしょう」


 バリアを消し、周囲を警戒し始める。


「知ってるよ。分かってて愚痴ったんだ。言わせんな」


「最後の言葉、そっくりそのまま返しましょう。無駄口を言わせないで下さい」


 男はコンテナを移動していき、飛び降りるとコンビナートを走り抜けていく。


「ひょー、あのロリっ子こえー! 平気な顔してぶっ放してきやがったぜー!」


『初弾避けられた時も、あの子が先んじて反応してたね』


『浮足立つ様子はなしか。先日の奴より、手強いかもしれん。狩られるなよ』


「うっす」『了解でーす』


 五郎達は爆発現場から移動し、周囲の状況を確認するため見渡す。


「暗くてよく見えんな。永久、気配とか分かるか?」


「分かってるなら、とうの昔に先手に回ってますよ馬鹿野郎。貴方にも分かるでしょう? 馬鹿げた手段を講じる割りには、無駄な手が少ないんです」


 振り向き、銃口を向けるが瞬時に舌打ちをし、花びらの1つが光ると周囲にバリアが展開される。

 すると数瞬後、何かがバリアに接触し火花が飛び散る。


「非常に面倒臭くて、ゴロー置いて帰りたい気分になってしまいそうです」


「おいおいおい、それは悪手だ。やめなさい」


「なら、この状況を覆す一手を下さい。こういう手合は苦手なので。後、出来れば射手がポイント移動する前に頼みます」


 2人は攻撃が飛んできた方角から射線を遮るように、コンテナの裏に身を隠す。


「分かってる。まずは当初の予定通りにだ。で、俺の話をよぉく聞けよ」


 五郎が耳打ちするが、永久は嫌そうな顔をした。


「それ、本当に成功するんですか? 甚だ疑問なのですが」


「多分。失敗したら次だ」


「次があればいいんですけどね」


 移動しつつ彼女はポーチから空き缶を取り出し、適当に放り投げる。

 そして、位置を知らせるために適当に引き金を引き、周囲に銃声を鳴り響かせる。


「勝負は一瞬だ、勝機をしっかり見逃さず━━」


「煩い。黙って」


 伝えられた作戦を遂行するため、周囲で発生する音を聞き逃さぬよう永久は耳を澄ませる。

 すると、微かに足音が聞こえ口元が笑い、別の花びらが一瞬光る。


「がさつ」 


 先程放り投げた空き缶が破裂し、周囲におびただしい量の煙が吹き出しばら撒き始める。


「ゲホッ、ゲホッ、んだこれ」


 透明化し近付こうとしていた男は、急に発生した煙にむせ咳き込んでいると少女が真正面から近づいてくる事に気がつく。

 咄嗟に拳銃を向け引き金を引くが、発生したバリアに防がれた挙げ句に体当たりされてしまう。

 そのままコンテナに押し付けられ唸り声が口から漏れていた。


「五郎の作戦も時にはいいものですね。本人には絶対に言いませんけど」


 銃を左手に持ち替え、右手を振りかぶると距離を詰めバリアを消すと同時に花びらの1つが光り、男の腹部を殴りつけた。

 すると、コンテナが衝撃で一瞬浮き上がり、男は胃液を吐き散らしながら気絶しその場に倒れる。


「きたなっ。あーあ、もう触りたくないですよコレ」


 彼女は嫌悪感を示し、1歩、2歩と離れる。


「お、おい。永久。死んでないかソレ?」


 ハンカチを口に当てた五郎が近づいてくる。


「ちゃんと加減はしてます。いいから汚いコレを運んで下さい」


 彼は言われるまま、きたねぇ。とぼやきつつ、男を引きずって運び始める。

 周囲を警戒しつつコンテナの1つに付いていた錠を、永久が殴って破壊しこじ開けると中も入り運んだチャラそうな男を寝かせる。


「……いたた。あまり硬いものは殴りたくないと、何時も言ってますよね」


 そう言って拳銃を五郎に投げ渡すと、しゃがみ男の額に人差し指を当てる。


「他にこじ開ける手段がないだろうよ。そんくらい我慢しろ」


「そんな事を言うんですか。言っちゃうんですか。最低ですね。ほんとゴローは最低ですね。たまには痛い目を見るべきです」


「もう嫌だよ。おっさんはもうくたびれちまってるよ」


 彼は周囲を警戒し、そう返すと一服置きこう問いかける。


「まだか?」


「もう少しです」


 すると、コンテナの上で何かが動く影が映り銃口を向ける。


「あーくっそ、やなタイミングに来やがるな」


 数発引き金を引くが、全てコンテナの上部の側面に当たっていた。


「下手くそ」


「うっせぇ! どんぱち担当じゃねぇんだよ俺は!!」


 反撃とばかりに銃撃が降り注ぎ、五郎は急いでコンテナの奥に引っ込む。


「あっぶねぇ、あっぶねぇ」


「ほんと、みちゃいられませんね」


 永久は立ち上がり、頬の花の花びらが1つ増えていた。


「終わったか。先生たのんます」


「随分と調子がいいですね。そのお口、縫い付けてあげましょうか?」


 コンテナの上に居た男は銃撃を止め開いている入り口を警戒しつつ、通信を飛ばす。


「だめだ。狩られたみたいですね」


『はぁ。気をつけろ。今回の相手は相当の大物だ。何処であのような電脳力者を見つけてきたのやら』


「大物でも、危ないのは小さいんですけどね」


『冗談を言ってる場合か』


 すると、コンテナを歩く音がし銃口をソチラに向けると人影はなく、仲間の能力だと男は判断し安堵の表情を浮かべる。


「報告。ジェリー2は健在。繰り返すジェリー2は健在。おーい、お前らしくもないじゃないか。だんまりだなんて」


 銃口と視線を再びコンテナの入り口へと向ける。

 すると、無言で近づいてくる足音に違和感を感じ、男は銃口を足元がするほうへと戻す。


「おい、何か喋れよ」


「では、こんばんわ。そして」


 仲間だと思っていた透明人間が姿を現し、それが敵対する少女であると認識した途端、引き金を引こうとする。が、先に永久の繰り出した拳が男の腹部へとめり込み、身体が少しばかり浮き上がった。


「おやすみなさい」


「なん、で……お前が」


 男は倒れ気絶し、手からこぼれ落ちたライフルがコンテナの下へと落下する。


『ジェリー3! 応答せよジェリー3!』


 耳から通信機を取り、気絶したジェリー3と呼ばれる男の代わりに彼女が答える。


「こんばんわ。皆大好きジェリー3です。とても美味しそうなコードネームですね。居場所を教えてくれれば、漏れなく貴方も伸して差し上げますが」

 

 銃声が聞こえ、瞬時に頬の花びらの1つが光ると周囲にバリアが展開し火花が飛び散る。

 飛び散った方角に視線を向け、更にこう続ける。


「ありがとうございます。少々お待ちいただければソチラへと……」


 遠くからサイレンの音が聞こえ、通信機から五郎の声が耳に鳴り響く。


『永久、逃げんぞ! 流石にこの現場はまずい!』


『ちょっと待ってください。まだ解析も何も━━』


『捕まっちまったら、元も子もねぇ! 早く!』


 はいはい。と返し、敵の通信機をその場に落とし踏みつけ破壊する。コンテナから飛び降り五郎の元へと駆け寄っていき合流すると、そのまま走って2人はコンビナートを後にした。

 少し離れた所で無線を傍受し、犯人を3名確保。という報告を聞くとファミレスへと向かう。


 警察がこうも早く駆けつけた原因は既に分かっていた。敵が最初に炸裂箚せやがった爆弾のせいだ。

 この事も見越しての行動だと五郎がぼやいていると、それはない。と永久が即否定する。


「にしても整った装備といい、コードネーム使用してる所といい。ただの下着ドロじゃねぇのは確実だが、これ以上首突っ込むのもなぁ。予想と反して簡単に捕まりやがるし。……諦めるしかないか」


「懸命な判断だと思いますよ。下手に国の糞に手を突っ込む必要はありませんし」


 頬の花が消えた永久にそう言われ、彼の眉間にしわが寄る。


「その言い回し、いい加減治らんか?」


「治りませんし、治しません」


 彼は頭を描き、分かった。と返し彼は思考を巡らせる。

 戦いには勝利した。と言っても過言じゃないが、依頼は失敗。最悪だ。

 ファミレスに待機してもらった美樹さんを呼び、所々誤魔化して結果報告をし頭を下げた。


「申し訳ありません。このような結果となり」


「いえいえ、まさか追い詰めたら警察署に全裸で突撃したなんて……」


 我ながら、酷い誤魔化し方だ。と考えていると、美樹さんに料金の話をされた。だが。


「いえ、前金だけで十分です。失敗したのは此方の落ち度なので」


「ちゃんと全額払います。探偵さんが悪いとは思えないので」


 等々数分ほど食い下がられ、結局少しばかり料金を貰う足運びとなった。

 彼女と別れた後の帰り道、受け取った五千円札を見上げ永久は口を開く。


「予定金額の十分の一以下。前金と合わせても、七分の一くらい。コレ、完全に赤字ですよね。仕事しなかった方がマシだったなんて誰が思うんですか? 無理にハードボイルド気取ろうとして、いい人っぽさを振りまこうとして、自分の首絞めちゃ世話ないですよね。その頭の中に入ってるモノは飾りですか?」


「返す言葉もありません」


 評判。という観点から、彼は間違った事はしてない。と思っていたが、永久に言われているように赤字なのも事実であり、頭が痛くなっていた。


「これから、どうすっか」


「それ、私の台詞なので取らないで貰えますか」

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