引き伸ばす

 悲しいことに、長く引き伸ばされた幸せは、もはや真の意味での幸せではなくなってしまう。

 僕の悪い癖だ。それを終わらせたくないと思うあまり、薄く伸ばしてしまい、気がついた時には大した魅力が無くなってしまっている。

 彼女との関係は正にそんな感じだった。僕たちはお互いのことを、ちょっといいなと思っており、尚且つ、気を使わずに済む相手であり、一言で言うと凄く楽な関係だった。

 時々、気が向いたときにどちらからともなく食事に誘い、もっと時々、デートをした。お互いの友人に紹介したりもした。僕は友人が開いた合コンに参加したり、彼女は知人から紹介された男性に会ったりしていたけれど、僕らの関係にとっては何も問題がなかった。

 そんな関係が数年続いた。同じゴールに向かってなかったかもしれないけれど、それとなく幸せな日々だった。

 あるとき僕は気がつく。楽ではあるけれど、以前程この関係性に魅力を感じていないことに。そして、それは彼女にとってもそうだった。だからといって、きちんとした付き合いを始めるわけでもなく、離れるというわけでもなかった。

 そんなわけで、僕らは今でも薄く引き伸ばされた幸せの中にいた。

 店の扉が開いて、女性が一人、店に入ってきた。迷うことなくこちらに向かって歩いてきた。

「ごめん、待った?」彼女は僕の隣に座った。

 そんなことはないよ、と僕は言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る