第18話 お兄ちゃんトイレ
◇
「行き詰まった、って感じだな」
三人を調べた後「やれやれ、女子中学生の体を触りたいならボクのボディチェックをさせてあげますよ」なんて言っていたリスカを無視して、ボクはそう独りごちた。
いや、どちらかと言えば煮詰まったと言う感じだろうか。
「確かにずっと方位さんに睨まれたら息が詰まりそうですもんね、身をつまされます」なんて適当なことを言っているリスカをやっぱり無視したとしても、正直もうこの時点で落書きしたのは三人ではないという結論を出してもいいんじゃないだろうか。
ストーリーラインとしては、直違橋が落書きをした、その際凶器は自分で持っている――或いは他の二人に渡した、なんてするのが一番シンプルだし、むしろそれしかないのだろうが、その肝心の凶器が見つからないのでは話にならない。
隠し持っているのではなく隠しているにしたって今日初めてこの寺を訪れた彼女達が凶器を隠した場所に六分魅住職が気付かないはずが無いし、それこそさっき言ったように直違橋にそれを隠す時間だって無かっただろう。
直違橋が落書きをした後ペンを飲み込んだのだ、なんて風に何でもありにしてしまうくらいなら、第三者が六分魅住職の見ていない間に侵入し落書き、逃走……それだって無い話じゃないと思う。
というかそっちの方が妥当性が高いだろう。
となればさっさと外に出て犯人を――いや、それは僕の仕事じゃないのか。
じゃあ僕は彼女達がやっていないという確固たる証拠を探さなければならないのか。
やっていないことを証明するというのは、それこそ「なんでもあり」にした上でそれを否定するというの悪魔の証明地味た行為になってしまうが。
それでも、(このガラガラの境内に居るとは思えないけれど)直違橋のアリバイの証人探しとか、直違橋には落書きが不可能だったという証明だとか――そんな風に事件に対するアプローチを考え直した方がいいんじゃないだろうか?
いや、それよりも真犯人を探して捕まえる方がやっぱり楽なのか?
――なんて、僕がああでもないこうでもないと、うんうん悩んでいる隣で、六分魅住職を翻弄して遊んでいたリスカだったが、
「ん? どうしたリスカ?」
「――いえ」
急に何も言わずに僕の方を見つめてきた。
彼女をよく知っている僕からすれば、リスカは六分魅住職の相手こそしているとは言え、それは気もそぞろだったと言うことには気付いていた。
敢えて触れはしなかったが、恐らく、彼女も一見遊んでいるように見えて何かを悩んでいたのだろう。
――真実のために。
そして、今はいつも浮かべている不穏な笑顔をピタリとやめ、六分魅住職と気の無い話は続けているものの、目線は一切そちらに向けず、僕の顔を貫くようにじっと見つめてくるばかりだ。
その思案げな顔に僕は「どうしたのか」と、それとなく様子を伺うが、それに返事はなく――その返事の代わりとばかりに「よし」と呟くと、
「お兄ちゃん、トイレ」
とリスカは言った。
「……は?」
「いや、トイレですよトイレ。『お兄ちゃんはトイレじゃない』とかそういうの今はいいですからトイレに連れてってください、ボク場所知らないんですから。きゃーもう限界! お花摘みにとか言えないくらい結構ギリギリなんです! ほら、早く! 早く!」
「え、あ、ああ……トイレの場所くらい知ってるけど」
……こいつまさかこんなことを考えていたのか? 「トイレの場所はどこだろう」なんて。
真面目な顔をして「――真実のために」なんて考えていた僕が馬鹿みたいじゃないか。
「あ、そ、それなら私が……」
「いやあ、結愛ちゃんを連れ出すと方位さんが怖いですからね! 方位さんも四の五の言うならちゃんと三人見ててくださいね! じゃあお兄ちゃん早く! 早く! 早く!」
「なにっ!」「ちょっと待てよリスカ!」
快くも案内を名乗り出てくれた上樵木の申し出を素気無く断ったかと思えば、彼女を引き止める六分魅住職の声を聞くこともなく、リスカは僕の手を取りスタスタとあの小さな入り口の方へと向かう。
こいつが「きゃー」とか言うの初めて聞いた……なんて感想を抱く暇はなく、「何するんだよ!」なんて言う暇すらもなく、「早く早く」と言うリスカと六分魅住職の不機嫌そうな声に追い立てられるように、僕は外に追い出されてしまった。
リスカに押されるように外に出た僕に続いてリスカも入り口を潜るや否や、彼女は案内してくれと言ったくせに足早にどこかに行こうとする。
そんなリスカに追い縋りながら僕は、
「おい、トイレはそっちじゃねえぞ。近くのコンビニにしか無いから――」
と、引き止めようとしたのだが。
「いや、トイレは方便なの別にいいです。 それより作戦会議しましょう作戦会議」
チラリとこちらを振り返ることもなく、足を止めることすらもなく、歩みを進めるリスカはそう言った。
「――作戦会議?」
「ええ、捜査方針というか推理方針って奴ですかね。それをみんなの前で話すのは如何なものかと思ったので、連れ出したって訳です」
リスカは表情一つ変えずに「気の利いた理由が思いつかなかったので、女子中学生としてどうかと思うこと言っちゃいましたよ。顔から火が出そうです」なんてことをつらつらと言うが、
「推理方針って――アプローチの仕方なら僕も考えてたぜ?」
「一段階遅いですね、アプローチってよりプロポーズの仕方って感じですか」
「あん?」
「プロポーズが求婚の意味で使われて久しいですけれどプロポーズには提案とかそんな意味もありますからね。どんな風に推理を提示するかって話です。『結婚を申し込む』と決めても世の男性方はその仕方に苦心するものですから、それと似たようなもんでしょう」
「もし僕がいつか誰かにプロポーズするなら確かにサプライズとかを考えるんだろうけど、今回はまだ何も決まってないだろ?」
「お兄ちゃんがやると相手に全部バレててサプライズにならず白けるでしょうからオススメしませんが――今回だって初めから決まってますよ」
そこでリスカはようやく丁度いい場所でも見つけたのか、足を止めてくるりとこちらに向き直った。
ちょうどいい場所――直違橋を送り出した上樵木と函谷鉾が住職と居たという休憩スペースだ。
石造りのベンチに、テーブルを背にするように腰を下ろし、リスカは僕を見上げるような角度で顔をこちらに向ける。
そして「だって」――と言った。
「だってボク初めから犯人分かってますし」
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