第11話 音読とか小六以来だなあ

 俺がそう言うと、他七日リスカは考え込むように少し黙り込んだ。


 あーでもない、こーでもないと口には出さないがそんな煩雑なことを頭の中で考えているのだろう。


 いつも捉えどころがないというか、支えどころがないような佇まいをしている他七日リスカだが、今は平時に輪をかけて落ち着きがない。


 そんな風に慌ただしく、暫し悩んでいた他七日リスカだったが、ようやく彼女の中で結論が出たのか、


「――そうですね、もう一つお話でもしましょうか」




 と、どこからともなく文庫本サイズの本を取り出した。


 虚空から本を取り出した。



「――おい。おい、ちょっと待て。お前それどこから出した」


「え? どこって普通に包帯の中からですけど見てませんでした?」


「見てる見てない以前に入るわけねぇだろそんなサイズの物が」


「あはは、今更なことを細かく言う人間ですね貴方は。人間がこんな風に包帯をぐるぐる巻きにする理由なんてちょっとした小物を収納できるようにする為以外にないじゃないですか」


 他七日リスカは「解いて中身あげてもいいんですけど、巻き方忘れちまったからなぁ」なんて、明後日の方向を向いて、馬鹿みたいな笑い顔を貼り付けている。


 ……まあ、今更こいつに関することを一々考えるのも無理な話で無駄な話か。


「もうなんでもいい……で? その本がどうしたんだ?」


 半ば呆れたような俺に他七日リスカが見せつけてきたその本は、そのポップでキャッチーな表紙を見ただけでとても学術的に意義があったり、文学的に貴重な逸品には到底見えなかった。


 よっぽどの表紙詐欺でも横行していなければ、恐らくそれは見た目通り酷く大衆向けな一冊だろう。


 そんな、至極族っぽい本のタイトルは――


「『微少女探偵リスカ』シリーズ、記念すべき一冊目なんですけど知ってます? これ著、来戸ハルトなんですけど」


「……おいおい」


 あいつそんなことまでしてたのか。


 呆れた、と言うより軽く尊敬の念を抱いてしまった。


 他七日リスカファンクラブ(総勢一名)の名誉会長の面目躍如とでも言うべきか――思えば昔から多趣味な奴だったし、多職な奴ではあったが、しかし、物書きの真似事までしていたとは知らなかった。


 そんな俺の様子を見て「やっぱり知らなかったんですね」と他七日リスカはその「微少女探偵」シリーズとやらについて軽く説明してくれた。


 どうやら(大変驚くべきことに)これは自費出版ではなくきちんと出版社を介して発行されているれっきとした小説らしい。(出版社は正気なのだろうか)


 他七日リスカ曰く、シリーズは全七巻。諸事情につき暫く休載しているが、打ち切られたわけでも完結したわけでもなくで現在も不定期刊行中。


 正直そこまで売れに売れているというわけではないが細々と続編を出すことが許される程度には人気がある、と信じがたい事実の数々だった。


 親友が子女の「せいちょうのきろく」を付けてるなんて知りたくはなかった。


「……ま、まあ。あいつは、推理小説家としては不幸にもネタに困らない奴だし、適役といえば適役なんだからいいんじゃねぇの」


 かのシャーロック・ホームズも、体裁上はコナン誰それとか言う部外者ではなくホームズの無二の友人ジョン・H・ワトソンが書いているということになっていたはずだ。他七日リスカを主賓に添えるには相応しいと言えば相応しい筆者なのかもしれない。


 それを書き始めた理由が小学生が夏休みの宿題でアサガオの観察日記を付けるように、意中の異性の観察日記を付ける為とかでなければだが。ストーカーとしてではなく探偵の相棒という側面を見てやれば、強引にそう評することが出来なくもないかもしれないと思えたらいいのにという希望が俺の中では捨てられない。


 違うと信じたい。


「……はぁ」


 でも、そうなんだろうな。


 俺は痛む頭を抑えながら、そんなほぼ事実に即しているであろう推測を振り払って他七日リスカに尋ねる。


「……で、その本がどうしたんだ?」


「これは『微少女探偵』シリーズの中でも一作目の『微少女探偵リスカの日常』ですが――その中の話の一つに『人為探偵』と言うのがあります」


 その「微少女探偵」シリーズとは俺が察し(ってしまっ)たように、他七日リスカとハルトが体験した事件を下敷きにほぼノンフィクションで描かれている本らしい。そしてその中でも「人為探偵」というエピソードは、


「さっきもちらりと触れましたが、奇しくも僕の中学校の修学旅行の話です。不知川モールは出て来ませんし、さっきみたいに人が死ぬような血生臭い話じゃありませんが――これ、今から音読していきますね」


「…………なんでだよ?」


 と、なんの脈絡も見出せない他七日リスカの行動に思わず非難めいた言葉が飛び出した。


 けれど、他七日リスカは「まあまあ騙されたと思って」なんて言って勝手にページをめくり始める。


「わざわざこんなところまでやってきたのにたった一言で帰されるのは貴方も不服でしょう?もう一つくらい話を聞いていってくださいよ」


 「音読とか小六以来だなあ、うわあ緊張するなあ」なんてにこやかに言う他七日リスカは目当てのページを見つけたのかそこで手を止め、小さく一つ咳払いをし。


「じゃあ読んでいきますね……『展示物に落書きをしてはならない』――」


 と、本当に「人為探偵」について語り始めた。

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