第9話 来戸ハルト

「正直なところ今の話全部が全部嘘ってわけじゃあ有りませんが、しかし額面通り全て受け取られて、お前の心の中に少し心苦しいものがないのかと問われれば黙って首肯は出来ません。話半分で聞けとは言いませんが三割くらいは嘘というか、ファンタジー入ってますし」


「俺は話半分で聞いてたけどな」


「お前は単に半分しか話聞いてなかっただけだろ? ――ってのは置いといて。今言ったように三割はファンタジーですし、明確に嘘を六個、いや七個か。明確な嘘を七個織り交ぜましたし」


「……嘘?」


「嘘は嘘ですよ、偽りの事実、又は優しさとも換言出来る奴ですね――この一件に優しさなんてものは誰にもありませんけどね」


「…………」


 あっけらかんと言う他七日リスカ。


 別段、俺が嘘という言葉は一体どういう意味なのかと問いただしているわけではないことぐらい分かっているだろうに――他七日リスカはやはり他七日リスカだった。


 そんな人を食ったような態度とも、人に食われないように先手を打つような態度とも言えるものが他七日リスカらしさではあるのだが、しかし他七日リスカらしさと言えば、同時に彼女はお話好きで語りたがりだ。その自己主張の強さは、俺が聞いてもいないのに、


「例えば、日取甘太君ですね。嘘一つ目、あたかも日取甘太君と男の子のように僕が扱っていた彼――否、彼女は実は日取甘太ちゃんでした」


 なんて一人で喋り出すほどに。


「……その嘘になんの意味があるんだよ」


「いや、別に意味なんて有りませんよ、意味あるならもっとドヤ顔で発表しますから」


 と、他七日リスカは言葉の通り得意顔ではなく澄まし顔で言う。


「嘘二つ目。貴方も知っての通り、狂信的なまでに偶然を信用しない胡散臭いセールスマンのような男――つまり帚木(はばきぎ)人(じん)に会ったことないと言うのも嘘ですね。まあ憎子さんにそう言ったというのは本当ですから、これを嘘とカウントしていいのか怪しいところですが」


 と、あくまでもこんな具合に嘘をついたこと自体に特に意味など無いと他七日リスカは主張したいらしい。「『嘘つきには意味のある嘘しかつかないタイプと意味のない嘘もつくタイプと二通り居るの』なんて当たり前のことを僕も言いたいんですよ」なんて冗談のように言いながら、目の前の奴は弁明をしている。


 他七日リスカが後者のタイプに当たるだなんてことは大昔から知っているのだから、今更目くじらをたてることでもないのかも知れないが――


「――ジン、か」


 しかし、昔の話と言えど帚木人とこれはまた懐かしい名前だ。


 今、帚木人が何をしているのかは知らないが(恐らくはセールスマンの真似事か、詐欺師紛いのようなことをしているのだろうが)ジンとは俺の大学の同期でもある男だ。


 特別仲が良かったわけではないが連絡先を交換するくらいの交流はあったし、何より小学一年生の頃に本当に友達を百人作ったなんて逸話を持つ奴の友人でもあった。直接ではなくともハルトを介して、友人の友人として赤の他人のような関わりを持つことは幾度もあったのだ。


 「貴方も知っての通り」とは、一度俺とジン、他七日リスカそしてハルトと共にジンの祖父が持つ帚木の豪邸に足を運んだことがあることを指しているのだろう。(それは思い出したくもないような忌まわしい記憶だが)思い返すとハルトはともかく、俺とジンと他七日リスカが一堂に会したのはそれが初めてで、その後幾度か同じパーティで怪奇現象に立ち向かった……ような気がする。恐らく。


 いや、それが最初で最後だったか?


 まあ、言ってしまえば帚木人というのは俺にとってその程度の人間だということだ。他七日リスカのことを忘れたことはないが、ジンに関しては今名前を挙げられるまで完全に存在を忘れていた(無意識のうちに敢えて消していたのかもしれないが)。


 ……こうなっては何故存在を忘れていたのかと訝しくなるくるくらいだがしかし、あいつとも一度話してみたほうがいいのかもしれないな。


「いやあ、実は『春夏秋冬殺人事件』の後、帚木の野朗にエンカウントした事がありましてね。あのクソヤローにも同じ話をしたんですが、あの人の揚げ足を取り続けないと死ぬ奴がなんて言ったと――」


「おい、他七日リスカ」


 それはもちろん、この話が終わったらの話ではあるのだが。


「――はい、なんです?」


 嬉々としてジンに対する罵詈雑言を並べ立てていた他七日リスカは、俺の呼びかけで停止ボタンでも押されたかのように口を回すのをやめ、こちらに向き直った。


「お前の作り話は嘘だとしても結構面白かったぜ、そこそこ聞かされてしまうくらいには」


「はあ、別に作り話ってわけでも無いんですけどね。多大に誇張表現が織り交ぜられた実話ですし」


「それは結構だが……そんなお前に付き合ってやろうと言う気持ちが無かったわけじゃねえが――そろそろいいだろう? 別段俺はお前に興味深い話をしてもらいたい訳でもなきゃ、昔話をする為にわざわざこんなところまで足を運んだ訳でもないんだぜ?」


「単に興味深い話じゃなく、最初からずっと平次形さんがして欲しい話をしてるつもりなんですけどねー」


 自らに非は無いんですよ、とでもばかりに両手を――片方は動かしにくそうだが――手品師が「タネも仕掛けもありません」なんていう時のように広げ、他七日リスカはそう言った。


 全くもっていついかなる時も、こうでなくては他七日リスカではないとでも言えるほどに他七日リスカとは白々しい奴である。よくもまあ同じ口でジンのことを胡散臭いだなんてよく言えたものだ。


 そんな他七日リスカがあくまでも最初から脱線せずに、ずっと俺の要望通りに話を捏ねているのだとあくまでも主張するのなら――やはりこれが分からないこと三つ目だ。


「結局、来戸(くると)波留人(はると)の話は一体どこにいったんだよ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る