彼女の奇策
孔雀 凌
ツンデレの恋人、春日に戸惑う主人公の物語。
もう、四度目だ。
何度呼ぼうと彼女が俺に振り向く事はない。
小さな画面と向き合う、その姿は淋しげというより何処か滑稽だ。
いや、そんな事より! もっと、二人の時間を大事にしたいんだよ。
近頃は小学生でもスマートフォンを持っている。
いわゆる、ジュニスマというやつだろうか。
スマホには世の中の人間のほぼ全てを魅了する力を秘めているのだ。
俺の彼女も、最新機種の虜になった一人と言えるだろう。
一応の恋人である彼女はこうして一人暮らしをする、俺の自宅に殆ど入り浸り状態で遊びには来てくれるけれど、来る日も来る日もスマホに指を滑らせている。
「春日(はるか)!」
力いっぱい彼女の名を叫ぶと、液晶に釘付けだったその身体は驚いた様に首だけを俺の方へと傾けた。
春日ではなく『スマ子』と呼びたいくらいだ。
「ちょっと、何? 今、いいとこなのに」
「スマ……、いや、春日 お前さ、スマホ1日中弄るの辞めたら」
「何が言いたいの」
彼女は訝しげな表情を露にしている。
付き合い始めた頃は本当に可愛くて、子猫みたいな奴だったのに今では面影さえも残らない。
女ってのは、本当に怖いものだと想い知ると同時に情による物なのか、彼女との縁に終止符を打とうなどという想いは生じないのだから妙な物だ。
「相変わらず、構ってちゃんよねえ。それとも、自分がガラケーだからって、私のスマホが羨ましいだけなんじゃないの?」
勝ち誇った様な春日の笑顔。
ガラケーって言うな。
スマートフォンがどれだけ凄いと言うんだ。
いや、実際 凄いのか。
「未だにガラケーなんて、信じらんない。周りは皆、スマホ指化してるのに」
「それを言うなら、スマホだって、ガラスマかスマパゴスの類いだろ」
「何言ってんの!? ちょー意味分かんないんだけど」
春日の生意気な態度は気に入らないが、縦え 売り言葉に買い言葉であっても、俺とこうしてやり取りしている間は携帯から手を放していてくれる。
貴重な時間だ。
彼女の言う通り、俺は構って欲しいんだ。
結局は、春日の存在は大きい。
でも、こんな調子じゃ明日が何の日か覚えてないだろうな。
既に背を向けた彼女に深い溜め息を零していた。
控え目なイルミネーションを放つ、折りたたみ携帯を開くと春日からメールが届いている事に気付く。
『件名:暇人へ 本文:バイト終わったから迎えに来て!』
(はいはい)と、いつもの様に頷き携帯をポケットに仕舞うと、俺は自宅の車庫に向かう。
春日はちゃっかりしている。
しかし、俺は執事じゃない。
上空からは微かに肌で感じる事が出来るレベルの小雨が降り注いでいた。
傘も持って行くか、と春日の置き傘である婦人用の愛らしい一本を車内に放り込む。
彼女想いというより、まるで親馬鹿に近い心境だ。
「春日」
「ねえ、マックにも寄ってってよ。ドライブスルーで」
要領がいい女というのは、彼女みたいな人間を言うのかも知れない。
自分にとって必要な事であれば、誤魔化さずに真っ直ぐに伝えて来る。
彼女にとっては長所とも言えるだろう。
想えば、春日に惹かれたのはそんな一面もあったんだ。
明日を、覚えていてくれるのだろうか。
去年と同じように。
何故だか今、無性に彼女に伝えてみたくなる。
「春……」
言葉を遮る様に春日が俺に何かを差し出した。
彼女は少し俯き加減で、歯を軽く噛み締めている様にも見える。
「え……、これ」
「バイト先で貰ったの! て、店長が彼氏にも分けてあげたらって、言うから。旅行のお土産だって」
手にした物は、クッキーの詰め合わせだった。
淡い桜色の小袋に、レースを纏ったリボンが何だか春日には似合わない。
意外に、可愛いところもあるんだ。
"ありがとう" 心を全開にして喜びたい気持ちを抑えて、俺は春日に感謝の想いを小出しにする。
悔しそうな表情を浮かべる彼女は黙ったままだ。
いい雰囲気じゃないか?
ハンドルを強く握り、市道を真っ直ぐに見つめたまま、ここぞとばかり、迷わず胸に秘めていた感情を形にする。
「春日、明日 何の日か覚えてる?」
だが、期待を抱く、俺の高揚をぶち壊すかの如く春日の口元からはとんでもない言葉が零れた。
「明日? ああ、給料日ね」
期待した俺が馬鹿だった。
馬鹿でしたとも。
一瞬でも、春日を可愛いと想った自分が情けない。
というか 悔しい。
春日にとっては記憶に留めて置ける必要もない事なのだろうか。
それとも、俺がただ女々しい男なだけか。
悶々と考えていても仕方ない。
時間はただ、無情に過ぎて行くだけだった。
時の針が深夜零時を指す頃、何かの気配で目覚めた。
春日か?
終電を逃した彼女は今夜は俺の自宅に泊まりに来ていた。
気になって、別室で寝ている筈の春日の部屋へ向かう。
すると、どこをどう探しても姿が見えない。
心配になった俺は取り敢えず、室内の明かりを灯そうとしたが自身の指先よりもはやく、誰かが背後でリビングの蛍光灯を点ける。
至近距離で何かが弾き、眩しくて目を細めた先にはクラッカーを手にした春日の姿が。
「今日は、私達の交際二周年記念でしょっ」
「覚えてたのか……」
突然の出来事で半睡する脳が夢を見ているみたいだ。
「私が忘れるとでも想ったの?」
光に慣れた目が捉える物は俺の良く知っている強気な春日だ。
リビングにはサプライズらしき、装飾をふんだんに施したケーキが用意されている。
ちくしょう。
こんな不意打ちってあるかよ。
俺はやっぱり、こいつには敵わないみたいだ。
完.
彼女の奇策 孔雀 凌 @kuroesumera
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