リインカネーション
孔雀 凌
楠本は、想い通りに行かない自分の人生に不満を抱いていた。そんな彼が訪れた、とある占いの館で……。
長い様で短い、人生という限られた縛りの中でもがき苦しみ続けている。
ふと、想う。
自分の人生は何故、こうも上手く行かない物なのだろうと。
真面目で直真に努力しようとすればする程、歯車が狂い出す。
何処か狡賢くて要領の良い人の方が人生を上手く渡り歩いているみたいだ。
余程、私は運の悪い人生を抱える運命なのか。
そうだ。そうに違いない。
自分は間違いなく不運という名の宿命を背負っているに違いない。
宿命って何だ?
そんな物、あるものか。
だが、ここまで貧乏籖を引いた様な日々を送っていると、自身に与えられた運勢という物を深く追及してみたくもなる。
大きな水晶玉のモチーフを掲げた、愛らしい暖色のレンガ造りの建物の前で躊躇っていた足を一歩、前へと踏み出す。
「ようこそ。お越し下さいました。ご予約されていた楠本様ですね」
神秘的なオーラを全身から放つ、その女性は深々と私に頭を下げ、室内へと招いた。
「ご自分の今後の運勢を知りたいとの事ですね。どうぞ、こちらへお掛け下さい」
女性ならではのたおやかな仕草、声音。
どこか、訓練されたかの様にも想えてしまうのに。
知らぬ世界に導いてくれる間接照明の効果と、私を優しく誘導する指先。
人はこうして、占術という魔法に引き込まれて行くのだろうか。
彼女は私の最も安定した一面を巧みに導き出す。
お陰で数分も経過しない間に、この総身は夢の世界へと旅立ちを始める。
心は蟠りを抱えたままだ。
自身は今後も変わりばえのしない未来を受け入れなければならないのか。
周囲から猥雑な扱いを受け続けながら。
つまらない日常。
仕事を終え、朝を迎え、同じ事を淡々と繰り返すだけの毎日。
自分自身について改めて考える余裕などもなく、気付けば幾日かの日々を無駄に遣り過ごしていただけだ。
「いいですよ。そのまま大きく息を吐いて下さい」
彼女が私の頬に両手の指先だけを翳し、呟く。
その声はどこか遠い場所で囁いている様な、仄かに現実味のない物を残している。
私はきっと虚ろな眼をしている。
それは対面する占い師にしか判らない。
他人に心を曝している様な面映い感覚に惑いながらも、彼女から何等かの言葉が零れ落ちるのを待ち焦がれている。
「とても、大きな不安と焦燥感を抱えていますね」
焦燥感。
言われてみればその通りかも知れない。
こうしている間も、私の未来を導き出そうとしない占術師の姿にもどかしさを感じている。
「あなたは何故、此処にいるのか。先ず考えるべきでしょう。でなければ、先には進めません」
意識は確かに働きを見せているのに、催眠術にでも掛けられたかの様な身体は首を傾ける事もし難い程に重苦しかった。
はやく、未来を。
私は自身に訪れる未来を知りたいんだ。
だが、彼女は私が望むべき物とは異なる言葉ばかりを撰び抜く。
「あなたは、罪人でした。そう、此処に来る遥か昔。大勢の人を殺めた」
何を言っているのか、理解出来ずにいた。
併し、暫く経過した後、恐らく彼女は私の前世について語り始めたのだろうと妙に納得した気分にも陥る。
曖昧な意識の覚醒を繰り返す中で、占術師が大きく音を起てて両手の掌を合わせた。
私は、はっと瞼を持ち上げる。
「気分はどうですか?」
立ち眩みの様な、それでいて微かに心地好い感覚が漂う。
彼女は自分の瞳を見る様にと私に軽く促した。
遠い世界から戻って来たかの如く、自分以外の人の存在の温かさに安堵さえ抱く。
優しく見つめる占術師の笑顔が私を強く捕らえて離さない。
「お伝えします。
あなたがいる、この世界は……」
彼女の口元が冷淡に笑い、この心から身動きを奪う。
「あなたがいる、この世界は黄泉の国です」
完.
リインカネーション 孔雀 凌 @kuroesumera
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