第35章 インプランタの子守歌
そうして再びフェネリー達は、逃げて来た所を逆戻りして、クゥが閉じ込められていた部屋へと戻っていた。
アルゴスが信じられるわけがないとか言っていたが、クゥが素直に戻り始めたのを見て、強制的に連行するような真似は止めたようだった。
「わざわざ自分から監獄に戻るって言ってるのに、引き留めたら暴れて手間がかかるわよ」と言ったので、訝りつつもそのまま……という事になったのだ。
そうやってフェネリー達は本日三度目となる監獄の門を通過し、捕まっていたらしいリコットに「馬鹿なの? お前、死ぬの?」と、嫌みを言われるのだった。
無事だった事にほっとしつつも、言葉の棘にダメージを受けて泣きそうになるフェネリー。
良い事と悪い事を半々に体験しつつ、監獄の内部へ。
監獄で働く所員達に遠巻きに見られつつも、自由を奪われているでもないフェネリー達一行(ただし被害を産んだリコット除く)はその場所へと辿り着いた。
そうして、あれほど嫌がっていた元の部屋へ戻って来たクゥはさっそく、説明するより行動して見せた方が早いとばかりに、中央にあるガラスへと近づいていった。
その中には、相変わらず不気味な声で呪歌を響かせる黒い球が存在する。
アルゴスは、クゥ達の周りを漂ている光の玉を訝し気に見つめて、眉根に皺を寄せたままで立つ。
周囲に同行させてきた聖霊使いに警戒を怠らないように言い、自らもクゥの一挙一同を注意深く観察する様子だ。
「方法が分かったとはどういう事だ。そもそも、あの光の玉がインプランタだと? 信じられるか」
「うるしゃいわね、無闇に
言いたい事が尽きないと言った様子の監獄長を黙らせたクゥは、フェネリーを見つめる。
だが、見つめられた方のフェンリーにはその意味が分からない。
小首を傾げる動作をする彼女に、クゥは言葉をかける。
それは長い間フェネリーが疑問に思っていた事だった。
「どうしてフェネリーが魔技を使えないか。しょの問いに答えてあげるわ。正確には、答えられるようになったという事だけど」
「えっ!」
驚くフェネリーに、クゥは何でもない事の様にその理由を続けていく。
一方耳を傾ける方が気が気ではない。
どんな理由が隠されているのかと、思いながら小さな友人の続きの言葉を待った。
「しょれは……、フェネリーが今までずっとインプランタの生存に力を使っていたからよ」
「え? インプランタさんの?」
予想だにしない理由に、声を上げるフェンリーだが、ショックは受けていなかった。
「フェネリーの力の種類は
あの光の玉がインプランタの魔女で、クゥを聖霊にした存在だいう事は当然精霊と言う事になる。
だからフェネリーは日常的に聖霊と触れ合って慣れ親しんでいたという事となり、クゥに言われて修行を始めてすぐの段階で聖霊使いになれたのだ。
「そっか、ボク……クゥ様のお母さん助けられてたんだね。良かった」
事実が分かったフェネリーは心の底から安堵した。
(本当に才能がないんだって落ち込んでたけど、それだったら良かった。イジメられる事になったのは、ちょっと悲しいけど)
フェネリーは、原因が分からなかった不安が取り除かれてすっきりしたような気分だった。
だが、その向かいに立つクゥの心境は違う様で、表情を陰られて謝罪の言葉を口にする。
「……だから、フェネリーが苦しんだのはおかあしゃまのせいとも言えるわ。ごめんなしゃい」
「クゥ様のせいじゃないよ。ボクは感謝してるんだから。大切な友達のおかあさんを助けられて、僕は嬉しいんだから、クゥ様だってボクのお姉ちゃんを助けてくれたじゃない? それとおんなじだよ」
「フェネリー……」
フェネリーはそう、心の底から思っていて、安心させるようにクゥに笑いかけた。
(そもそもインプランタさんの子供だって言って、悪い事を擦り付けるのが間違ってるんだし。インプランタさんが光の球になちゃったのは、インプランタさんのせいじゃないんだから)
それは偽りのないフェネリーの本心だった。
「無駄な話は終わりか、いい加減さっさと先へ進めろ」
そこに、イライラしたようにアルゴスが割り込んでくる。
「うるしゃいわね。分かってるわよ。今から土地枯れの呪いを解く為の魔法は使うわ」
うっとおしそうに述べるクゥは腰に手を当てて、説明を始める。
「けれど、ちゃんと使う為には条件があったのよ。しょれは二つ。歌を得る事、しょして……その歌をちゃんと使う為には自分の命を大切にする事、よ。歌はおかあしゃまが作った物だから、しょういう条件だったんだわ。思い出した……」
遥か彼方にある記憶の中の光景。
遠い昔の出来事。
その時の事を思い出しているのか、クゥは目を閉じてなつかしそうにする。
「おかあしゃまは力を使い果たして、こんな風になってしまったけど、しょんな状態でも、広がり始めた土地枯れを何とかする為に、多くの人に歌を教えてまわっていた」
いつの間にか自然に皆に伝わっていた歌。
この世界に生きる者達の誰もが苦労なく歌える歌。
生きている限り、耳にしない事はない言葉を広めたのはクゥの母親であり、それはインプランタが人々へ教えてた魔法の歌だったのだ。
「歌は土地枯れに対抗する魔法の呪文。枯れ果てる大地の浸食を食い止めるために、歌を歌った人達から力を吸い取り、蓄える為の物」
そして、クゥはスフィアを見る。
スフィアはそれだけで姉の言いたい事が分かった様だ。
「姉様……。もしかして聖霊達が……私達が管理している遺跡って」
「しょうよ、しょの力を貯めておく場所ってわけ。ここで黒いのを消滅させて、浸食を止めた後、大地を回復させるためのエネルギーを置いておく場所なの」
クゥのその説明には、フェネリー達だけではなくさすがに監獄長のアルゴスですら驚いた。
(あの遺跡、そんな大事な事の為に作られたんだ)
フェネリーの頭では、そんな壮大な話を耳にしたばかりで、全部の事を信じられるものではなかった。
だが、他ならぬ友達の言葉だと思った彼女は、たとえ理解が及ばなくとも、その言葉を信じる事に決めたのだった。
「でもクゥ様、インプランタが残したっていうこの黒い球は何だろうね。土地枯れを何とかしようとしてるのはインプランタさんなんでしょ。なのに、何でこんなものを残したんだろう」
「しょれは……分からないわ。しょんな事より始めるわよ」
心なしか早口で説明を切り上げたクゥは、歌を歌い始める。
「眠れ、眠れや……」
――眠れ 眠れや 星月よ 幼子よ
――果て 遠くに
――この手元 舞い降りよ 光産みし幸せ
――健やか足る
――我願い輝き 天へ至れ
呪文のように韻を踏んで告げられるその歌は、フェネリーの知っている歌とよく似たものだった。
優しく、温かみに溢れたもので、聞いた物の心が自然と解きほぐされていくようなそんな歌。
歌が紡がれ続ければ、黒い球は徐々に弱くなっていって、そして最後には消えてしまった。
そして、部屋の中に変化が起きる。
部屋を彩っていた緑たちが、急に活力をつけたかのように成長し、己の枝葉を伸ばし始めたのだ。
室内はあっという間に元の内装が見えない、ジャングル地帯となってしまう。
「終わったわよ」
もう、あの声は響かなかった。
「信じられん、こんなあっさりと」
それを目撃したアルゴスたちは、開いた口がふさがらないと言った様子だった。
当然だろう。
どれだけ手をつくしても何ともできなかったものが、ただの一瞬、歌を歌った程度で消えるとは到底思えないのが自然な事だったからだ。
だが、フェネリー達は信じていた。
クゥはやり遂げたのだと。
黒い球が消える瞬間に振りまかれた光の粉が、星の様にきらきらと樹上で輝いていた。
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