第34章 本当の友達
普段なら絶対に言わないであろう暴言を吐いたフェネリーは、クゥの顔を真っすぐに見つめて強い口調のまま言葉を述べていく。
「クゥ様はインプランタさんの子供だから、大変な事しちゃった人の子供だから、その人の代わりに今まで監獄にいなきゃいけないって、きっとそう思ってたんでしょ?」
「しょれは……、しょんな事ないわよ、私は嫌だって思ってたわ。ずっと逃げたいって思ってた」
「嘘だよ。だってクゥ様優しいもん」
「根拠になってないじゃない!」
クゥが言っていた事を全て鵜呑みにするのならば、間違った発言となるだろうがフェネリーは決してその言葉を取り下げようとはしなかった。
普通に考えればおかしいからだ。
過去に存在した強大な力を使う魔女。その彼女の力を受け継いだクゥが、いかに強固な監獄であろうと、一度しか脱走を成功させていない事が不自然でならないのだから。
隠れた優しさを胸の内に秘めている小さな魔女が何を思っていたのかなどは、今のフェネリーには明日の天気を予想するよりも簡単な事、つまりお見通しなのだったのだ。
そうでなくとも、一瞬返答に詰まったクゥの様子を見れば誰でも分かっただろう。
「その実験って、やったらクゥ様死んじゃうかもしれないんでしょ。悪い事した人じゃないのに、その代わり命を使って償わなきゃいけないの? そんなのおかしいよ」
フェネリーは王宮であった事を思い出す。
あの危機の最中、ユーリィ―が勤めていた部署の責任者らしい人は自分を犠牲にして罪を償おうとし、責任を取ろうとしていたのが、フェネリーは少しだけその行いを変だと感じていたのだ。
(他の人が悲しんじゃうし、なにより死んじゃったらそれで終わり。もう絶対会えないし、話も出来なくなっちゃうのに。そんな事が正しい事のはずないよ)
頑張って生きる事の方が正しいと、フェネリーはそう思っていたのだ。
「絶対におかしいよ。クゥ様が死んじゃったらボクは悲しくなっちゃうよ。誰かが悲しむ結末なんて、自分から願っちゃ駄目なんだよ」
「フェネリーさん。……やっぱり姉様は良い友達に巡り会えましたね」
そのフェネリーの意見に賛成する様に、スフィアが優しい口調で言葉をかけてくる。
「姉様、もう一度よく考えましょう。姉様が一人で戻っても、私もフェネリーさんもきっと喜びませんよ」
「スフィアまで……。何も知らないで、勝手な事言わないで。罪を償うってそんなに単純な話じゃないのよ」
同じ意見が二つに増えた事に一瞬たじろぐクゥだが、すぐに調子を戻して二人へと言い返す。
小さな肩を怒らせて、息を切らすようなそんな様子で。
決してかけられた言葉を受け利れまいと、警戒するように。
だが、それは受け入れたいという本心の裏返しでもあった。
「ボクの言ってる事、おかしいの? ううん、そんな風には思えないよ。だって、死んじゃったら全部終わりなのに。どんなに辛くても、ボクは大切な友達が生きてる方が絶対嬉しい」
フェネリーは世の中の事を全部分かってるわけではないが、それだけは正しいと信じていた。
死んでしまったら、全て終わる。
大好きな人と会えなくなってしまったら、絶対に悲しい。
それだけは、十ねんと少ししか生きていないフェネリーの短い人生の中でも、確実に分かることだった。
そこに、監獄長が口を挟む。
「反吐が出る様な理想論だな。ならば、黙って我々は滅びろと言うのか? これだから子供は嫌いなのだ。綺麗事では世界は救われない。魔女の存在は必要な犠牲なのだ」
「まだ時間はある! 無理矢理に、こんな風にしなくたっていいじゃん」
すぐさま反論するフェネリーだが、それに応じるアルゴスの口調は今までの子圧的な物とは違って痛みの交ざった物であり、それでいて梃子でも動きそうにない固い芯の通った決意の含まれた物だった。
「貴様の様な平和な人生を送っている子供には、我々の苦しみは分からないのだ。町が一つ消えて、大地が枯れていくたびに、どれだけの人間が苦しんでいると思っている」
両者の主張は平行線だった。
互いの主張が通らない。
互いに譲れないものがあるから。
だから両社とも、歩み寄る事など絶対にできない。
そうして言い合うだけでは、何も変わらない。そこでは何も動かない。
相手にも決して譲れぬものがあると言う事を、その時フェネリーは分かってしまった。
(ボクは、クゥ様を助けたい。世界が危ないかもしれないけど、今目の前で苦しんでる友達の方がずっと大事だよ)
だから、とフェネリーは自分の主張を通す為に行動する。
一人でも、二人でも頑張って駄目なら、三人目の力を借りて何とかしようと。
「助けてって言ってよ、クゥ様。嫌だって」
「?」
「たった一度でいいから。お願いだからボクに、そう言って。ボクはクゥ様の為ならきっとどんな事だって、頑張れるよ。でもクゥ様に拒絶されたら、やっぱりどうしていいか分からなくなっちゃうし、最後まで頑張れないかもしれない。ねぇ、ボクじゃクゥ様の力になれないの?」
「フェネリー……」
「友達ってそういうものでしょ、だから言って、お願い。クゥちゃん!」
「……っ!」
声を張り上げた伝えたフェネリーの思いは、小さな魔女に届いた。
くしゃっと顔を歪ませたクゥが息を吸い込んで大声を上げて叫び声をあげる。
「わ、私だって、こんなの嫌に決まってるじゃない、馬鹿! しぇっかく格好つけてたのに。しょんな事言われたら、助けてって言いたくなっちゃうじゃない。困ってるから、何とかしてって、しょう言いたくなっちゃうじゃない」
それは、フェネリーが初めて聞いた。
交ざりけのない友達の本音だった。
嘘も誤魔化しも虚勢もない、正真正銘の本心の言葉。
そして、
「助けて、フェネリー。わたしはまだ死にたくないの」
クゥはここにきてようやく、初めて
「当たり前だよ。だって、そういう関係が友達っていうんだから」
フェネリーはずっと、上辺だけの言葉を聞いていた。
クゥはずっと、表面上だけの付き合いをしてきた。
だが、それも今日でお終いだった。
今やっと二人はちゃんとした友達になったのだから。
「だから何だと言うのだ、そんな事を言い合ったところで、何が変わると言うのだ」
忌々し気にアルゴスが何かを言いかけるが、その言葉を遮るように光が輝く。
「あっ」
それはいつもフェネリーの傍にいる光の球だ。
その光から、音が発生する。
小さかったそれは、周囲の空気に染みわたる様に段々と音量を上げていく。
歌が響いていた。
それは、フェネリーがいつも口ずさんでいたあの歌だ。
知らない間に歌うようになっていたという正体不明のその歌が、光の球から響いていた。
その歌を聞いたクゥがはっとした表情で、驚く。
「これ……おかあしゃまの。インプランタの歌だわ」
おそらく昔に本人から話を聞いていたらしいスフィアと、そしてリコットからその人物名を聞かされていたフェネリーが同時に驚く。
「ええっ、インプランタさんの!?」
「姉様のお母様のですか……?」
「こんな姿になって生きてたのね。フェネリーの近くにいたんなんて、本当に……嘘みたい」
嬉しさに涙をこぼすクゥは、顔を上げて毅然とした表情になる。
「監獄に戻るわ」
「えっ」
そして、その場にいた誰もが耳を疑うような発言をしたのだった。
フェネリーは先程助けをもとめた少女がどうしたのかと、小さな友人の様子を伺うのだが、視線を向けた彼女は息を呑む。
なぜなら、その表情は今までの悲しみに彩られた物とはまるで違って、固い決意の満ちたものだったからだ。
語り継がれる魔女にふさわしき、威厳と力強さを兼ね備えた強大な存在。
まさしくその様だった。
「もう逃げる必要はどこにもない。方法が分かったのよ、あの黒い球を何とかする方法を」
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