第33章 優しくて辛い嘘



 唐突に途切れた追手。

 捕縛を諦めたのか、とその場に残された者達三人は一瞬思いかけるのだが、彼女達はすぐに気づいた。


 相手が決して諦めたわけではないという事を。


 直後、空から何人もの人間達が降り立ってくる。


 クゥがしてやれたとばかりに嘆いた。


「監獄の優秀な聖霊しぇいれい使い達ね。私がいた頃にはまだ、試験運用だったけど……ましゃか採用しゃいようしゃれてなんて」


 つまりクゥの知らない間に、監獄は犯罪者が逃走した場合の保険を増やしていたと言う事だった。

 

 必然的に採用された者達は、全員全力で遠くへ逃れようとする者達を追尾・追跡する事に長けた者達となる。


 フェネリー達が、そこから逃れられる可能性が限りなく低くなった瞬間だった。


 空から現れた集団。

 その中から歩み出て来た男性がいる。

 その人物は他の者達とは違って、勲章を多く身に着けた看守の制服を見に纏う男性だった。


「姉様、ひょっとしてあの方って」

「ええ、一番偉いやつ。監獄長になるわね」

「えぇぇ、本当に!?」


 自身が予想したよりもはるかに立場が上であるものが顔を見せたと言う事実に、フェネリーは開いた口がふさがらないと言った顔をする。


「ここまでだ。大人しくしろ」


 その男が言葉を発した瞬間、フェネリー達の周囲を数人の人間が統率された動きで取り囲んだ。


「私は監獄長のアルゴス・フールブライトだ。大人しくインプランタの魔女をこちらに渡したまえ。そうすればお前達は見逃してやろう」


 高圧的な声と態度でそう述べたアルゴス。

 その態度に応じる様に、クゥが一歩前に出た。


「やっぱり、逃げられないのね。……分かったわ。応じてあげる。その言葉、本当でしょうね」

「クゥ様!?」


 驚くフェネリーだが、クゥの衝撃発言はまだまだ止まらない。


「貴方達は馬鹿ね、ちょっとしょとにお散歩にでたくらいでしょんなに慌てるなんて、間抜けすぎるわ。逃げられるなんて最初から思っていないわよ。王都にいたのもちょっと長めの観光をしてただけよ」

「クゥ様、どうしてそんな嘘を……」


 クゥが言っている事は、もちろん嘘だ。

 その事はフェネリーもスフィアも分かっている事だった。

 

(ううん、どうしてなんてそんなの決まってる)


 小さな魔女が本音を隠した意味。


 その嘘の発言は、クゥがフェネリー達を守る為しかなかった。

 そもそも普段のクゥが、自身が得しない言葉を言う事が無い。

 だから、必然的に嘘をつくなら、誰かの為と言う事になる。


 それは、そう。

 フェネリーをこき使って学校中を清掃させたり換気させていた、小さな優しい嘘のように。


「こんな人達、ただの面白い玩具よ。全然大切なんかじゃないわ。どこへなんなりと好きに放っておけばいいのよ」

「そんな……、駄目だよクゥ様。戻ったらまた大変な事になっちゃうよ」

「ふん、そんなゴミくじゅの言う事なんて聞く必要はないわ。しゃっしゃと行きましょう」

「待って、クゥ様」


 そもそもアルゴスはクゥの要求に応じるは一言も言っていない。

 クゥが大人しく戻ったところで、フェネリー達が無事に済む保証はどこにもないのだ。


 フェネリーが伸ばす手の先で、クゥは追手達の方へと寄っていく。

 それを追いかけようとするフェネリーだが、取り囲んだ者達に行く手を阻まれてしまった。


「そんな……、姉様」


 スフィアが絶句して向かおうとするが、それも同じだ。


 聖霊である彼女なら、容易にその包囲網を突破できるだろうが、下手な行動をしたらフェネリーが危ないと思って満足に動けないでいるのだった。


「どうしていつも、本当の事を言ってくれないのクゥ様」


 嘘だと分かっていたとしても、本当の事を言ってもらえないのは辛いのだと、フェネリーはそう思った。


 遠ざかっていく小さな友人の背中を見つめる彼女は、どうしようもなく押し寄せる悲しみの中で、一抹の怒りが湧き上がるのを感じていたのだ。


「あの時だって、友達じゃないみたいに嘘ついて、クゥ様は嘘つきだよ」

「なっ、人の気も知らないで。勝手な事言わないで、ゴミくじゅのくせに」


 フェネリーが勢いのままにそう言い放てば、振り返ったクゥが条件反射の様にそれに言い返す。


「勝手なのはクゥ様の方だよ、あの時ボクがどれだけショック受けたか知らないくせに」

「ごみの事なんか知らないわ。だいたいフェネリーは、簡単に死んじゃえるごみなんだから大人しくしてればいいのに、頼んでもないのにこんなとこまできて。有難迷惑よ」

「迷惑だなんてひどいよ、こっちは大変だったのに。馬鹿っ、クゥ様の馬鹿!」

「フェネリーの方が馬鹿よ。この大馬鹿っ!」


 フェネリーはクゥを説得するつもりだった。

 だが、どこかで選択を間違えたらしい彼女は、何故か大喧嘩を起こしてしまっていたのだった。


 本末転倒そのものの光景のなか、二人は互いにしばらく大声で言い合い。疲れるまでそれを繰り返した。


「気は済んだかね」


 少しした後、付き合っていられないと言った様子で、白けたような様子で見ていたアルゴスが声をかけてくる。


 それに反論するのは、クゥではなくフェネリーの方だった。


「煩い、もうちょっと待ってて!」

「ふぇ、っフェネリー?」

「フェネリーさん?」


 いつにもないその様子に驚くのは、体面にいるクゥと、傍にいるスフィアの方。

 アルゴスの額に血管が浮き出たが、そんな人間はいないとばかりに彼女は無視だった。


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