第5部

第32章 背後の脅威



(リコット先生、いつか必ずもう一度助けにくるから……。その為にも今は、ちゃんと逃げなくちゃ)


 一方監獄から脱出する事の出来たフェネリー達だったが、彼女達は未だ安全ではなかった。


「姉様、フェネリーさん。後ろからたくさん来てますっ」


 フェネリーが背後に迫る追手の存在を二人へと告げる。


 現在は監獄から出て数分。

 小さな少女と、聖霊達は一刻も早くできるだけ距離をとる事を優先して一心不乱に枯れ果てた大地を走っていたのだが、それどころではない問題が発生。

 彼女達の背後から無数の中級聖霊達が、追いかけてきていたからだ。


 それは監獄の橋にいた犬のような姿をした聖霊達だ。

 それぞれの個体の首には、中級聖霊の数だけ違う文字が刻まれているのだが、緊急事態だと監獄の看守が判断したのか、他の囚人用の聖霊全てが解き放たれている様だった。


「グルルルル」


 犬の鳴き声が響いて、フェネリーは身がすくみそうになる。


「ひぃぃぃぃっ!」

「えいっ!」


 そこを、スフィアが魔法の攻撃を放ち、衝撃波で吹き飛ばす。

 無理矢理従わされていると言う事もあり、殺傷はできない力で、だ。

 当然、それでは根本的な数が減らないので、いつまでも必死の逃走劇が終わらないという地獄の悪循環が発生していた。


 最初の方はこちらに気配に気づいたらしい数人の人間達もいたにはいた。


 監獄から出てすぐの所までは追っていたのだが、それらはどうにか振り切れていたのだ。

 やはり人間よりもはるかに俊敏で、足の速い中級聖霊達の方。


「このままじゃ追いつかれてしまますよ。どうにかしませんと!」

「うわあああん、食べられちゃうよぉ」


 スフィアが背後の様子を気にしながらフェネリー達に問いかけるが、足を止めている場合ではないので、碌な方法がとれない。

 一瞬でも足を止めてしまえば、捕まってしまうのは目に見えていたからだ。


「うぅ……どうしよう」

「もう、静かにしなしゃいごみくじゅ! 今必死で考えてるんだから、気が散るじゃない」

「だ、だってぇ」

「ちょっとは立派になったと思うのに、やっぱりごみくしゅはごみくじゅのままね!」


 原罪進行形の命の危機に冷静になっていられるほど、フェネリーの日常は殺伐としたものではなかったのだ。

 不幸にも、これまでの旅路にスフィアと言う力のある同行者がいた影響で、命をかけるような事態に陥った事は初日以外にはなかったのだ。


「まったくもう。ほんとにもう」


 ぷりぷりと怒りを表明し続けるクゥ。


(クゥ様ひどい。久々の再開でも全く容赦がないよう)


 ちらり、とフェネリーが背後を振り返る。

 そこにあったのは彼女の予想した通りの光景。

 数えきれないほどの、聖霊の大軍が追いかけてきていた。


 顔を引きつらせるフェネリーと、得物を狙う聖霊の鋭い瞳と目があった。


「あわわわわ!」


 冷や汗がとまらなくなり、威圧されただけで体勢を崩しそうになる。

 振り返った影響で背後に転びそうになるフェネリー。その背中を支えるのは浮いていたクゥだ。


「しょうがないわね」

「あ、ありがとうクゥ様」


 例の言葉を何でもないように受け取ったクゥは、先程までフェネリーが見ていた方向へと顔を向ける。

 そして、後ろから追いかけてきているだろう聖霊達に、どこからから取り出したボールを勢いよく投げたのだった。


 背後で、鈍い音がして聖霊の悲鳴がいくつも起こる。


(そういえば、初めてあった時にも見たあのボールでんぶつけてた。投げるの得意なのかな。ボールで室内遊び?)


 背後からは連続して悲鳴が響き渡るのだが、フェネリーは確かめる勇気が持ってなかった。


(どんな恐ろしい事をしているんだろう)


 女王様の手に掛かるとただのボールも立派な凶器だった。


 対策を一つとれたと言う事で、余裕が出ていたのだろう。


 フェネリーはある方法を思いついた。


「そうだ。聖霊さん!」


 フェネリーは自分が契約している聖霊にその事を頼み込む。


 それは、足元にある小石を大量に浮かべて、即席の目隠しと障害物を作る事だった。

 浮いた石のある地帯に飛び込む形となった聖霊達は、足を緩めざるをえない。


 開いた距離に、段々余裕が生まれて来た。


「ふぅん、ごみくじゅにしてはやるわね。聖霊使いにしてあげたかいがあるわ」

「えへへ、クゥ様に褒められちゃった」

「えーと、今のは誉めたで良いんでしょうか?」


 聖霊つかいになったのは、クゥのおかげなのでフェネリーとしては異論はない。

 それよりも、辛口な評価しかもらっていなかった友達から誉められた事の方が大事だったのだ。


「でも、真面目な話。このままだとこちらの体力が尽きてしまいますよ。これから、どうしましょう」

「どうもこうも何とか撒くしかないじゃない。この辺りで、どこか突然崖になってたりするところはないの! そこに追い込んでなんとか一網打尽にしゅるわよ」

「ごめんなさい、先に周辺の地理を調べておくべきでしたね」

「もう、使えないわね。まあ、無いものねだりしても仕方が無いわ」


 せめて、監獄に来る前にもしもの事を考えて一通り周囲を調査しておくべきだったと、そうスフィアが言えば、ぷりぷり怒りながらもあっさりと思考を切り替える。


 だが、期限は有限ではない。

 聖霊達、クゥやスフィアは浮いているのでまだまだ余力があるのだが、肉体の疲労がそのまま危機に直結する人間のフェネリーはもうそろそろ限界を迎えそうだった。


「あうう、こんな事ならお姉ちゃんの手作りケーキ食べとけば良かったよう」

「ちっしゃい事気にしてるんじゃないわよ、ごみくじゅ。嘆いている暇があったら何か考えなしゃい」

「そんな事言われてもぉーー!」


 フェネリーの限界は近い。走るだけで精一杯の様子だった。


 だが、そんな追い込まれるばかりの逃走も、ある時を境に唐突にやむ事となる。


「ふぇ?」


 フェネリー達は揃って首を傾げて立ち止まる。

 理解できない不思議な事が起きたとでも言わんばかりに。


 それもそのはずだった。


 なぜならば……。

 追いかけてきていた中級聖霊の気配が一斉になくなってしまったからだ。


「何が起こったんだろう」

「諦めた、にしては虫が良しゅぎるわよね」

「一体どうしちゃったんでしょうね」


 クゥ達も不思議そうにキョロキョロと周囲を眺めるが、遠くに去っていく聖霊の姿が見えるだけだった。


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