第31章 逃走
遠くにあったリコットの姿が、段々とフェネリー達にも分かるくらいにはっきりと見えてくる。
その姿は全身ボロボロで、いつ倒れてもおかしくない様子だ。
フェネリーは見ていられなかった。
だが彼女が飛び出そうとすれば、傍にいたスフィアやクゥに止められるのだった。
「ごみが行っても無駄よ。見た目こそ派手だけど、心配するだけ無駄だわ。リコットは他の人間とは格が違うもの」
そして、さりげにまだ可愛らしい感じのした「ごみくじゅ」から「ごみ」呼ばわりに。
だが、クゥの言った通りだった。
フェネリーの視線の先にあるリコットの戦いは、学校の授業で見たそれとは比べ物にならないものだ。
強烈な威力の魔技を目を見張る様な速さで放ち、全て性格に相手へ叩き込んでいる。それでいて雨嵐と降り注ぐ攻撃をほとんど避けているのだから、神業とも言ってもいい事をやってのけているのだ。
追いすがってきた者達を特大の魔技で薙ぎ払った後、リコットは門へと走り寄って、抵抗する看守を倒して脅しながら門を開けさせる。
「凄い……」
ゆっくりと開いていく門を見つめながら、奇跡の様な芸当をこなした者に尊敬の念を抱く。
元から教師としての力量を見て来たフェネリーであったが、それらはあくまでも学校の教師としてだ。
軍人として、兵士としての立ち回りを見る事になって初めてリコットの強さに理解が及んでいた。
「ほら、ぼうっとしてないで
「あ、でもリコット先生が……」
「馬鹿ね。あいつが付いて来たら、私達も危険に曝されるでしょう」
「う……」
門の位置から動こうとしないリコット。
クゥの言葉通りに監獄に残るつもりで。
こんなとんでもない事を起こしておいて、無事でいられる保証などはない。
それでも、リコットはフェネリー達を逃がす事を選択したようだった。
後ろ髪を引かれるフェネリーは、クゥに引っ張られながら、途中開きの門を通り過ぎていく。その最中でリコットとすれ違えば、瞬間に相手のの視線が動いた。
「お前らならきっとどこに行っても、それなりに生きていける」
「……リコット先生……っ」
絶対と言わない辺りが、リコットの優しさなのだとフェネリーは気が付いた。
二度目にフェネリーの実力を認めてくれた、貴重な言葉。
フェネリーは忘れまいと胸に刻み込んだ。
もう会えないかもしれない姿を後ろ見て、そしてフェネリー達は一心不乱に走って監獄から遠ざかる。
世話のかかる生徒と、不法侵入者の魔女、行き会っただけの聖霊の姿を見送るリコットは、息を吐いた。
相対するのはリコットの元同僚達だった。
リコットは王宮の兵士になり前はこの監獄に勤めていた。
その担当は、世界を良くするためとかいう耳聞こえの良い名目の研究。
リコットは任せられた以上、当初はその研究も真面目にこなしていたが、いい加減嫌気がさした。
実際にやった事は一人の少女を犠牲にする血塗られた所業ばかりで、世界を救えるような事は何一つなかった。
『ふん。話相手なんて、あしょび相手なんて要らないって言ったのに。ご機嫌取りなんて人間のしぇこい手だわ。ところで、でくのぼう。何か面白い話はないの』
研究の為に、と少女の相手を押し付けられて。
その少女の事なんて知らずにいれば、不満を抱いたままも今も研究に関わって働き続けていたのだろうか。
周囲の人間は心の内では気が付いている。
自分のしている事が、本当の意味で正しくないと言う事を。
けれど、それを必死になって覆い隠して信じ込もうとして、自分を騙しているのがひどく滑稽で、見ていて苛立った。
(こんな事で罪滅ぼしになるかどうか分からない。そもそもあいつらのやろうとしてる事は綺麗事だ。でも……)
それがリコットの憧れた正しさの形でもあるのだ。
リコットは、向かい来る敵達を見据えて立ち向かう事を選んだ。
いつか取る事の出来なかった行動を選んで、逃げる事を止めた。
「背中を押してやりたいって思ったんだよな」
教師として、一人の人間としてなのか分からないが、未熟ながらも精一杯に足掻くフェネリー達を応援してやりたいとリコットは思った。
拙くとも無様でも、必死に頑張っている少女達を、手助けしてやりたいと。
そう。
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