第27章 再会



 ただ大人しく見ているだけで寿命が減りそうという、そんな光景の橋の中。

 フェネリー達は、気が遠くなるほどの数の聖霊の視線を浴びながらも、何事もなく無事に橋を渡り終えた。

 

 それからも、入り組んだ様々な区画を通り、部屋の前を通過して、監獄に入ってからおよそ小一時間程が経過した時、とうとう目的地へと辿り着いた。


 リコット一名が見張りの人間数名のチェックを終えて、要人の退避場所の様な重厚な厳扉を何枚もくぐって、フェネリー達は広いドームの様な空間に出た。


 そこは不思議な部屋だった。

 室内なのに至る所に植物が生えてるのだ。


 それに、床とか壁の材質が普通のものではない。


 固く、ちょっとやそっとの衝撃では、傷がつきそうではなかった。


(いないのかな?)


 はやる気持ちを抑えて、室内を見まわすフェネリーだが、パッと見たところ求めていた人間の姿はない。


 そんな風に部屋の各所を見るために首を巡らせていると、リコットがため息をついた。

 いかに優秀な魔技の教師と言えども、監獄内に侵入者を連れてくる事は精神的に疲労を感じ得ない作業だったからだ。


「魔法、切ってもいいぞ。ここには滅多に人は来ないからな。俺は、休憩」


 彼は隅の方で座り込む。

 ずっと魔法を使っているのも疲れるだろうしと力の温存も兼ねて、スフィアは透明化の魔法を切った。


「ふぁぁ、疲れたぁ……」


 こっそりついて行かなければならないというのもそうだが、喋っていけないと言うのもフェネリーには結構疲れることだった。


(学校でぼっちになっていた時すら、なんだかんだいって光のふわふわさんやクゥ様っていう話し相手がいたからなあ)


 自分では気が付かなかったが、本当に一人になった事なんて、無かったのかもしれないとフェネリーは思った。


(そういうの、考えた事が無かった)


 いつも落ちこぼれ呼ばわりされて、寂しい毎日を送っていたと思ていたが、よく考えるとそれは違っていた。

 フェネリーの身の回りには、いつだって誰かが傍にいたのだ。


「クゥ、出てこい」


 こちらが息をついたのを見計らってかリコットは、宙に呼びかける。

 すると、何もない所から見慣れた少女が姿を現した。


 そうやら、スフィアと同じような魔技を使って隠れていたらしい。


「リコット! ……はおかしくないけど、なんでフェネリーがここにいるのよ。馬鹿じゃないの!」

「ひぃ!」


 宙を浮かんでいた小さな魔女は猛烈な勢いで、眼下にいる者達へと飛んでいく。

 フェネリーにとってなつかしい小さな魔女は、姿を現すや否や口を開けて罵声の連続だった。


「しょの頭は飾りなのかしら。馬鹿ね、ほんとに。ごみくじゅ!」


 感動の再会になるかと思いきや、クゥに開口一番に怒鳴られたフェネリーは身をすくめてしまう。


 心配していた分だけ、フェネリーは目の前にいる小さな魔女に反論したくなった。


「だ、だってクゥ様助けたくて。ボク、クゥ様に嫌われても良いから、友達を助けたかったんだもん」

「ばか、もう。ほんとばかよ。しょんな下らない理由でここまで来るなんて」

「下らなくなんかないもんっ、ボクにとっては大切な事だったんだもんっ!」


 クゥは機嫌を損ねたような表情になって、フェネリーからプイっと顔をそむけた。


 いつもならばフェネリーは、そこで黙ってしまう所だが、その問題は決して引けないものだった。


「例え友達じゃなくても、良いよ。だってボクにとってはクゥ様は大事な友達なんだもん。クゥ様に嫌われててもいい。ボクはクゥ様を助けたかったんだ!」

「……」


 例え友達だと思われてなくても、フェネリーはそれでもクゥを助ける事を選んでここまできたのだ。

 その気持ちをフェネリーは、目の前にいる小さな友達にどうしても伝えたかったのだ。


「フェネリー、ほんとばか」


 ポツリと、クゥが言葉をもらす。

 表情はそっぽを向いたままだったので、フェネリーにはクゥの気持ちが分からなかった。


(やっぱり怒ってるのかな?)


 フェネリーは気まずくなるのだが。次の瞬間、そんな空気を破り捨てる様な大声が響いた。悲鳴みたいな声だった。


 今まで黙っていた聖霊のスフィアが、信じられないと言った様子で言葉を喋る。


「その口調、その喋り方! やっぱり姉様……? 嘘、本当に姉様? 姉様、姉様あああぁぁぁっ!」


 スフィアは涙交じりにクゥに飛びついた。

 そして、愛おしそうに頬ずりし続けている。


「えっと……?」


 感激の再開の絵。

 その見本のような光景を見てフェネリーはまさか、と思った。


(ひょっとしてスフィアさんの捜していた、お姉さんってクゥ様の事……?)


 そうだとしたら、なんて偶然なのだろう、とフェネリーは思う。

 今まで近くにいた人が同じ人物を探していたなど、そうそうある事ではない。


 だが、お姉さんと呼ぶにはクゥの身長はかなり小さすぎる。


「スフィア、貴方も来たの? まったく……。ちょっと、離れなしゃい。フェネリーがもう一人増えたみたいじゃないの。苦し……」


 身長のある、二十歳くらいの女性に全力で抱きしめられているクゥは今にも潰れてしまいそうだった。

 見ている場合じゃないとフェネリーは慌てる。


「あわわ、落ち着いてスフィアさん」


 取りあえず間に入って詳しい事情を尋ねれば、スフィアはまだ子供だった時にクゥに助けられた事があり、それから彼女の事を姉と慕っているらしい。


 見た目的には、クゥの方が妹の様に見えるのに、とフェネリーは当然思った。

 その光景を見た誰しもが思う疑問だろう。

 

「クゥ様って本当にそんな大昔から生きてたんだ……」


 リコットや本人からの話は聞いていたのだが、フェネリーにとってその話はまだまだ半信半疑の域だったのだ。

 だが、スフィアまで言うのなら本当の事だろう、と彼女は考えた。


「なに、俺の言葉は信用できないの?」

「い、いえ信じてマス」


 そんな事を思ってると、リコットから冷たい目線で睨まれるフェネリー。


 藪蛇をつついてしまった様だった。


「姉様が私より小さいのは、精神年齢がそんなに育ってないからなんですよ。姉様はずっとお部屋の中にいましたから」


 おいたわしい姿のままで、とスフィア。

 彼女は再びクゥを抱きしてめて、うっとおしがられている。

 フェネリーは図書室に引きこもっていた状態の小さな魔女の姿を思い浮かべて至極納得した。


(それだったら、しょうがないかも……)


 あんな部屋で友達とも遊ばずに、外にも出ないなら精神に成長が見られないのも当然の事だった。


「それより落ち着いたんならさっさとここから出てけば。ああ、ちゃんと俺に迷惑が掛からないように、タイミングずらして行けよ」


 必要な話が終わったと見るや否や、区切りの良い所でリコットはそんな風に言葉をかけた。

 

(最後まで面倒見てくれないんだ)


 薄情者と罵っても良いぐらいの事だが、フェネリーはあまりにもそのいつも通りのその様子を見て、返って納得してしまっていた。


(まあ、先生らしいと言えばらしいよね)


 リコットの用事についでに手伝ってもらったようなものだ、とそう思うフェネリーは気が付いていなかった。


 彼が心の底で何を考えているかなど。


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