第26章 世界の裏事情



 フェネリー達は大人しくしながらリコットの後ろをこっそりついて行き、監獄内を歩いていく。


 そうして先へと進んでいくと、すれ違った人物達が皆はっとした様子でリコットに声をかけてくる。


「リリアンミジェットさん、お久しぶりです。今日は一体どちらに用件で?」


 向けられる視線に敵意の様なものはない。

 むしろ好意的な物ばかり。

 彼等の瞳に浮かぶそれは尊敬や憧憬によく似た感情だ。


「……私用。気にしないでくれる?」

「はっ、申し訳ございません」


 だが、応対するリコットはうっとおしそうな表情ですぐに会話を終わらせてしまった。


(知り合いの人達……なんだよね、もうちょっとぐらい話ししないのかな)


 友好的な態度は一方的なものだけであり、リコットの方から彼らに向けて好意的な感情を抱いているようには見えなかった。


 そんな風に冷たい態度を取られたにも拘らず、話しかけた者達は皆さらに言葉を重ねていく。

 

「稀代の天才と呼ばれる貴方が戻ってきてくださるのなら、研究ははかどりますよ。研究室の方でしたら……」


 そう言って、リコットを再びこの場所に呼び戻そうとしているようだった。

 周囲の態度を見て、フェネリーは何となくだがリコットはこの監獄ではそれなりに偉かったのではないかと想像する。


「くどい、俺はもうここに戻る気はないと言っただろ」


 その人はなおも何か言いかけるのだが、リコットが強引に追い払ってしまった。

 フェネリー達は、足早にその場から離れていくリコとの背中を慌てて追いかけていく。


(研究室って言ってたけど、どういう事なんだろう。知り合いがいるって話だってけど、ここで何をして働いてたからなのかな)


 フェネリーはスフィアと顔を見合わせて、抱いた疑問を小さな声で言葉にした。


「リコット、何やってたんだろうここで……。スフィアさんだったら分かりますか?」

「うーん、人間さん達のしてる事はあんまり知らないので、私もよく分かりません」


 出会った時にも言っていた通り、そもそも人と接する機会のなかったスフィアなら猶更それは想像のつかない事だった。

 今この場にいるフェネリーが分からないのならば、答えは当分見つからないだろう。


 人の気配がしなくなったのを見て、リコットが小さく呟いた。


「昔の事、詮索しないでくれる?」


 二人の話はしっかりと聞こえていたようだった。

 小声で話していた内容も、しっかりとリコットは聞き取っていたらしい。


「ご、ごめんなさい」

「黙って歩け」

「はい……」


 それだけ呟いたリコットは、それ以上話したくなさそうだった。


 少しだけリコットの過去が気になって来たが、聞いてもおそらく教えてはくれないだろう。


 そんな風に気にしているとスフィアが別の事を教えてくれた。


「さきほどここに来る前に聖霊さんとお話してたんですけど。たまにこの監獄に王宮の人がここに出入りしているらしいですよ」


 リコットは王宮の兵士だった。

 他の王宮の兵士も来ているらしい。


(えーと、つまり?)


「フェネリーさんのお友達の事聞きましたけど、それって王宮の人達も関わっているんじゃないでしょうか」

「ええっ!」


 堪え切れなかった叫び後を、フェネリーが上げてしまえばリコットが一睨み。


 それは、監獄の者達だけがやっている秘密の研究なのではなく、国が認めている公認の研究と言う事になる。

 つまり判明したのは、これから先の流れ次第では、フェネリー達は国を敵に回す事になるかもしれないと言う事実だった。


「そんなにたくさんの人が、関わってるだなんて……」


 フェネリーにとってそれは、かなりショックな出来事だった。


 姉の勤めていると言う事もあるが、王宮は……国は国民達を守ってくれる強くて頼もしい存在であり、その様な悪事に手を染めているなどという事は想像もしていなかったからだ。


 肩を落としてフェネリーが落ち込んでいると、静かにする様に言ったはずのリコットが口を開いた。


「……正義なんて、そんなもん。立場や人間によって簡単に変わるし、綺麗事ばかりじゃやってられない」

「そんな……」


 これまで国や大人たちは皆立派な人だとばかり思って来たフェネリーにとっては、リコットのその言葉はすぐには受け入れられないものだった。


 だが、そんなフェネリーの胸の内の衝撃を和らげるかのように、スフィアが優しく語りかける。


「リコットさんの言う事もきっとそうかもしれません。私はあまり人の事は知りませんけど、けど、きっとそうじゃない人だっていると思いますよ。聖霊だって、色んな聖霊さんがいますし」

「うん、ありがとうスフィアさん」






 そんな風に想像もしなかった世界の裏事情について話していると、フェネリー達は橋のような所に差し掛かった。


(ここは……)


 枯れ果てた大地の、人の影どころか獣の影すらない場所に立つ施設。

 アイスブルー監獄の全体は、半球状の建物になっており、深い崖の底にひっそりと目立たないような形である。

 だが、その建物を上から見ると、左右にぱっくりと割れているのが分かるだろう。


 それは、監獄に近づくときにフェネリー達も見て知っている事だ。


 そのような構造になっている理由は、考えればもっともな事。

 建物の構造を複雑にして、区画を分けて、万が一罪を犯した犯罪者が脱走したとしても容易に逃げられないようにする為だ。 


 そう言うわけで、そんな工夫の一つとして、監獄の施設は大まかに左右に分かれた二つの建物から成る。


 その建物の片方に立つフェネリーは、目の前の景色を見て、ほんの少しだけ……まったく今更の事だが家に帰りたくなった。


(でも、我慢我慢。あともうちょっとだもん)


 それぞれの建物は、繋ぐように架けられている橋のおかげで向かい側に渡れるようになっている。だから目的の場所に行くには問題はないのだが……。


 だが、その橋の光景がまずかった。


 視線の先、橋の隅には、いつか見た中級聖霊が鎖に繋がれて座っているのが見える。


(ひ、ひえぇぇ……)


 犬のような姿をした聖霊は、なぜかフェネリー達の姿が見えているような様子で視線を注いでじっと見つめているまま。


 橋の全長は約100メートル程だとここに来る前にリコットが言っていたが、その中級聖霊は、約三メートルほどの感覚で、橋の両脇に待機していた。


(な、なんで聖霊がこんなところに!? しかもこんなに)


「調整された監獄の番犬。相変わらず良い趣味しているな、四、五匹いないから脱走者を追いかけてるみたいだ」


 その事実に、驚きの声が洩れ出かけたフェネリーは慌てて口を押えた。


(えええ!?)


 そんなにあっさりに脱走者が発生している事にもフェネリーは驚いたが、この犬の姿に似た聖霊達が、この監獄から脱走した囚人を追いかける役割を担っているらしいという事にも驚いていた。


 注意深く観察すると、それぞれの聖霊の首元にあるプレートには番号が割り振られていた。


 〇号棟〇番、みたいに。

 一部屋一匹、とかそういう役割なのかもしれない。


(さっき調整って言ってたよね。脱走した人達への対策は必要かもしれないけど、聖霊をこんな風にするなんて、ちょっと可哀想)


 そんな風に思っていれば、フェネリーの意思をくみ取ったようにスフィアが同意する。


「そうですね。この子達だって、自由に駆けまわりたいはずなのに」


 これも大勢の人が正しいと思ってやったことなのだろうか、とフェネリーは疑問に思った。


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