第24章 遺跡の試練
それから数日。
フェネリーがスフィアという頼もしい聖霊と一緒に旅をする事になってからそれだけの時間が過ぎた。
だが、荒れ地の続くとある街道を歩いているとその頼もしい同行者からフェネリーは呼び止められる。
ここまでの道中は順調そのものだった。
荒れ地でのサバイバルは、少し前に行った学校の授業のおかげで特別に困ると言う事は無い。
獣や盗賊に襲われたとしても、スフィアの力で撃退できていたからだ。
「あ、ちょっと待ってください」
しかし、それとはまた別の面での問題が一つ、フェネリーの前に立ちはだかる事になる。
「?」
「ここから先は立ち入り禁止なんです。私の管理する領域ですから、資格のある人しか入っちゃいけない決まりになってるんですよ」
ここから先、と言われてフェネリーは目線をうんと先へと向けるのだが、今までの景色と同じものが続いているだけで、特に変わったものは見えなかった。
「資格? 決まり?」
聞きなれない言葉に対してフェネリーが首を傾げると、スフィアは丁寧にそれらを説明していく。
それは一般にはあまり知られていない事柄だった。
「この先には大昔に作られた遺跡があるんですけどね……」
延々と遠くなるような遥か過去の時代。
大昔に作られたというその遺跡は、何かをする為の大切な場所らしく、現在も多くの力に満ち溢れてい。
フェネリー達の行く手にあるらしいその遺跡では、内部に施された機能を遣えば、色々と便利な事ができるらしいのが、当然ただで使えるようになっているわけではない。
その力が悪事に乱用されないためにと、聖霊達はそれぞれの間で取り決めを行い、力を持った聖霊が、遺跡の一つ一つを守る様になっているらしい
「ふぇぇ、そんなの初めて知ったよ」
「一般的にはあまり知られていないようですけどね、聖霊にも聖霊付き合いというものがあるんですよ。上級聖霊程になれば、人間と同じように思考できますから、こういう取り決めなども自然と決まって来るんです」
クゥを助けるために始めた旅だが、思わぬ所で思わぬ事実を耳にしたフェネリー。
冒険者になるという夢を持っている彼女は、当たり前に生きている人間のほとんどが知らないであろう、その事実を知る事ができた事に少しだけ胸を弾ませていた。
(わくわくする事って、こうやって知らない事を知っていく事なのかな。ボクもクゥ様と一緒に色んな冒険がしたいなぁ)
この世界にはまだまだ知らない事がたくさんあるようだと、フェネリーは改めて思い知っていた。
「……でも、ちょっと残念ですね」
そんな風に考え事をしていたフェネリーの思考を、スフィアの声が引き戻す。
「え、どうしてですか?」
「普通なら、迂回路を行くか、真上を飛んで行って避けてくんですけど……。中に入る事ができると本当に便利なんですよ。フェネリーさんに許可を渡せることが出来れば、目的地に付くのもグンと早くなるんですが……」
「え、それ本当?」
耳を疑ってフェネリーは聞き返すが、スフィアは嘘ではないと繰り返した。
「はい、遺跡の機能を使えば……の話ですけど」
フェネリーの心が揺れる。
今のままのペースで監獄へ向かうとなると、かなりに日数、一年そこらがかかってしまうし、途中で町や港を経由していかなければならないので、旅費も多くかかってしまうのだ。
だとしたら、途中でお金をどうにかして時間をかけて、工面しなければならなくなる。
だが、スフィアの言うその遺跡の機能とやらが使えれば、その問題も少なくなるかもしれないと、フェネリーはそう思っていた。
「ねぇ、スフィアさん、教えて。ボク、何をすればその許可が取れるんですか?」
「厳しいですよ……」
「それでもボク、どうしても友達のところに早くいかなくちゃいけないんです!」
渋るスフィアだったが、フェネリーが粘って何度も聞くと根気負けしたらしく、不承不承と言った様にその方法についてゆっくりと口を開いたのだった
「そこまで言うのなら……、よーく聞いてくださいね」
スフィアが話した内容。
それは至極簡単な事で、誰もが拍子抜けするものだった。
フェネリー達の先にある道を、遺跡の入り口に辿り着くまで決して足を止めずに、振り向く事もせずに、引き換えず子とせず歩き続ける事。
辿り着くまでの道のりは、別に崖やら水辺やらにある難所ではなく、ごく普通の道らしい。
「ボク、それやるよ。スフィアさん、良いよね」
ならば、自分にもできるはず……と、そう考えたフェネリーは深く考えずに、そんな事を言ってやる事に決めていた。
だが、試練と言われているものが、容易にクリアできるものであるはずがなかった。
フェネリーはほどなくして、それを知る事になる。
最初の方はフェネリーは何とも思わなかった。
拍子抜けして、この分なら余裕だと考えていたくらいだった。
しかし、フェネリーがおかしいと感じたのは、進み始めて五、六分が経った頃だった。
(一人で歩くくらいなら、簡単な試練だって、少し前まではそう思ってたのに)
フェネリーはここにきて認識を改めざるを得なくなった。
「ふぇぇ、いくら歩いても全然たどり着けないよー」
直線距離で歩いて数分だと言った道のりは、小一時間かけても果てる様子もなく、同じような景色の道をただ、ぐるぐる歩いているだけの様だったからだ。
「あうう、どうしよう。スフィアさん何か言い忘れた事とか無いのかなあ」
一時間経ってもまったく目的地にたどり着けない道を、普通ただの道とは言えないだろう。
いくら見た目が何の変哲もない普通の道だとしても、そんなおかしい道が世界にあるはずが無かった。
まっすぐ見つめるその先には、確かに遺跡らしきものが見えているはずなのに、フェネリーはいつまでたっても目的地にたどり着けないままだ。
(まさか、道が伸びてる……なんて事はないよね)
本当にそうだとしたら歩くだけ無駄骨ではないか、とフェネリーは思った。
動物やら害獣やらに遭わないだけまだマシなのかもしれないが、気力がもう尽きそうだった。
「えっと、他に何か言ってなかったかな」
取りあえず、一旦心を落ち着けてよく思い起こしてみる。
フェネリーが気づけないだけで、スフィアは何かヒントになるような事を言っていなかっただろうか、と。
試練に挑戦する前にかけられた言葉を頭の中に浮かべていく。
「確か、平常心で落ち着いてって言ったよね」
思い返した言葉について、フェネリーは切って捨てたりせずに深く考えてみた。
(それ、普通の励ましの言葉じゃなくて何か意味があったのかな)
道を歩いてからフェネリーはずっと緊張しっぱなしだった。だが、冷静になって道を歩くのがここを突破する条件と言う事じゃないだろうか、と思ったのだ。
「落ち着け、ボク」
フェネリーは精一杯心を落ち着かせるように努力。
前に進む事よりも、深呼吸をしてリラックスする事にした。
すると、何か声のよな物が聞こえ始めた。
「できそこない」「落ちこぼれ」「屑よね」
それはフェネリーが何度も聞いた言葉、いじめっ子たちの言葉だった。
耳にするたびに足がすくんで身動きが取れなくなる言葉の数々。
その場から逃げれば、言われっぱなしになる事もないのだろうが、フェネリーは悪口を聞くといつも体がすくんで動けなくなってしまう、だから一瞬足が止まりそうになった。
「平常心、落ち着かなきゃ」
「お金の無駄遣いよ」「才能ないくせに」「なまいき」
けれど、フェネリー自身の意思に反して足が震えてきて、今までの速度が維持できなくなる。
「うぅ、こんなところで立ち止まってなんかいられない、クゥ様を助けなきゃなのに」
前に進む。
フェネリーは心の内で、強くそう思うものの、鉛にでもなったかのようにフェネリーの足は重くなって、さらに動かせなくなっていく。
このままでは、数分も持たず立ち止まってしまいそうな様子だった。
(どうしようどうしよう、こんな時クゥ様がいてくれれば……。きっと、どうすれば良いのか教えてくれるのに)
旅の最初の頃から割と引っ込んでいた様子だった涙が、ぶりかえしてきた。
フェネリーの目じりに涙が浮かんできそうになった。
けれど彼女が、その涙をすんでのところで引っ込められたのは、クゥの声が聞こえた気がしたからだ。
『まったくごみくじゅは、ほんとごみくじゅなんだから。歩く時くらい胸を張ってしゃんとしてなしゃい!』
「クゥ様……」
フェネリーは気持ちを引き締める。
不思議と、もう少しだけ頑張れそうな気になったのだ。
(そうだ、ボクは昔とは違う、成長したんだ。こんな所で立ち止まってちゃ駄目だよ。進まないと!)
フェネリーは己の服についているポケットに手を入れる。
そこには固い感触があった。
クゥに突き返された石の土産だ。
その石をポケットの中で握りしめて、フェネリーは先へ先へと歩いていく。
相変わらず足は震えそうで、足取りは遅々としたものだったが、それでもすぐに止まってしまいそうな……そんな様子ではなくなっていた。
「怖くない、怖くない。こんなのクゥ様がいなくなっちゃう以上に怖い事じゃないんだ」
そうフェネリーは、己に言い聞かせるようにして何度もつぶやきなが、らひたすら長い長い道を歩き続ける。
そして、数分後。
フェネリーは、一時は永遠にたどり着けないのではないかと思っていた、遺跡らしい建物……古めかしい建築物の入り口の前にいた。
とうとう試練を突破したのだ。
「おめでとうございます! フェネリーさん、やりましたね!」
空を飛んで先回りしてただろう。
出迎えの声をかけるスフィアが、笑みを浮かべている。
「自分の中の恐れを克服した貴方には遺跡を利用する権利がちゃんと与えられましたよ、よくやり遂げました」
フェネリーへふわりと近づいてきたスフィアは、小さな体を優しくそっと労う様に抱きしめた。
(やった! ボク、やれたんだ! クゥ様がいなくても、ちゃんと一人で出来たんだ!!)
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