第4部
第23章 スフィア
王都の外 ???
フェネリーは唯一の家族である姉には、何も言わずに家を出ていた。書き置きを残して何も語らず、だ。それは他の人にも同様に。
心配させてしまうだろう事は、人生経験のすくない彼女の頭でも用意に想像がついたのだが、これから向かう所を考えた彼女は、一人で向かう事にしたのだった。
そういうわけで、フェネリーは一人で王都を出て、アイスブルー監獄を目指してたのだが、さっそく道に迷ってしまった。
王都から半日程度の距離にある、林道の最中。
立ち並ぶ木々はどれも同じようで、入り込んだ人間の方向感覚を喪失させるにはこれ以上ないくらいの効果を発揮している。
「ふぇぇ、ここどこ……」
フェネリーは用意した荷物の地図や、方位磁石やらを活用するのだが、それも役に立たない現状。
ホラーな現象でも起きているのか、磁石は一定の方角を示したりはしない。
フェネリーが見渡す周囲の全てが見知らぬ土地、見知らぬ場所。
生まれてこの方、安全な王都から出た事のないフェネリーには、初めての状況だった。
周囲の物陰は風に吹かれるたびに不気味に蠢く。
それはただ風にないでいるだけかもしれないが、フェネリーのは危険な猛獣がいて自らを狙っている様にも見え、またならず者がこちらを品定めしている様にも見えた。
フェネリーは旅の開始早々に訪れたトラブルに泣きそうになるが、ぐっとこらえた。
クゥを助ける前に、フェネリーはどこにもたどり着けずに終わってしまうかもしれない。
そんな良くない想像を振り払って、みずらかに気合を入れる様に声を上げる。
「が、頑張らなくっちゃ。ボクは……クゥ様を助けるまでは泣かないって決めたんだから」
地図も、磁石ももう一度確かめてみる。
(どんなに厳しくても無謀でも、助けると決めたのなら、それまで泣かない!)
大切な友人を取り戻す為に。そして助けるために、とフェネリーは自らを奮い立たせる。
泣いてる時間が合ったら、一歩でも前へ進むべきだと、そうフェネリーは思ったから。
それで、さっそく決意を新たにして進むのだが。
同じような景色の中を小一時間程歩いた後、
フェネリーは数時間もしない内に……、他の問題にも行き当たった。
彼女は今、全力疾走をしている。
現在地がどこか、どこに向かっているかなど考えている余裕はなかった。
フェネリーは、とにかく何が何でもその場から遠くへ離れなくてはならない。
「わぁぁぁん、だーれーかー。助けてよぉーー!」
怒ったトラブルは、
ばったりと出くわした猛獣とならず者の、両方に追いかけられるという大事件。
泣き面に蜂の大惨事だった。
小さな少女を獲物に定めた捕食者達が、右の方からは、鋭い牙の手足に生やした四つ足の猛獣、左の方からは武器を持った盗賊が迫って来ていた。
「ひーん」
先程誓いを確認したにもかかわらず、フェネリーは大泣きそうになった。
それでも追いつかれたら美味しく食べられるか、身ぐるみはがされて殺されるかなのでフェネリーは心の底から、かなりとっても物凄く必死になって逃げ続けた。
クゥと会った時以来の全力疾走で。
そのかいあってか、クゥは他の人間に出会う事が出来たのだ。
視線の先に人の姿を見つけて、フェネリーは考えるよりも先に叫んでいた。
行く手にいるその人物は女性だった。
それも、結構な美人の。
(何だか、クゥ様と同じような感じのする人だなぁ)
どことなく雰囲気が似ている様だと、フェネリーは感じていたのだが、すぐにその思考を脇へと追いやった。
気にしている所ではなかったからだ。
フェネリーはとっさに大声を出して助けを求めていた。
「あ、そこの人助けてぇ――!」
声に気づいた女性が、フェネリーの方を見て驚く。
「えぇ? 人間の女の子! 私が見えるんですか!」
だが、フェネリーが近づいていくにつれて、彼女の方も同じように驚く事となってた。
何故なら……、
(浮いてる!? クゥ様と同じ!)
その人物は宙に浮いていたからだ。
人は宙に浮いたりしないので、そう考えると人ではないのだろうと、気づいたフェネリー。
おそらく聖霊だろう。
薄紫のあでやかなドレスを見に纏った、人間離れした格好の綺麗な聖霊が彼女の目の前にいた。
神秘的な姿の聖霊に、フェネリーは一瞬だけ状況を忘れていた。
とても町はずれにいる様な人間の恰好とは、フェネリーには思えなかった。
昔話の神話か何かの物語の中から、抜け出してきたかのようだとそんな風に思っていたからだ。
「もしかして、聖霊使いの方ですか? わぁ、久しぶりに人間さんに会ったと思ったら、さらに珍しい聖霊使いの方だったなんて! 姉様への良いお土産話になります。こんなに小っちゃいのに凄いんですねー」
「あ、ありがとう。……ってそうじゃなくて、追われてるんです助けてぇ」
「えぇ!!」
そういうわけで、一波乱あったのだが、フェネリーは結果的に助かった。
出くわした精霊に無助けてもらったからだ。
見た事もない様な魔法を使って、一発で吹っ飛ばして終わり。
手も足も出なかった脅威を、たったそれだけで撃退して見せた聖霊を前に、フェネリーは言葉も出ない有様だった。
その後、フェネリーが礼を述べて互いに名乗り合う。
その聖霊の名前は、スフィア。
上級聖霊でもうすぐ神級になるところだという。
ふわふわしたで優しそうな雰囲気を守った聖霊である、女王様気質の塊であったクゥとは違い見た物に安心をもたらすようなそんな聖霊だった。
「スフィアさんて、凄いですね。さっきなんて、一発で撃退しちゃったし」
衝撃波を飛ばして生物が驚くほど彼方に飛んで行った光景。
それは簡単には忘れられないものだろう。
「そんな事ないです。私なんてまだまだですよ。神級聖霊の方が上ですし。知ってますか? 神級になると、色々な事が出来るようになるんですよ。それこそ、おとぎ話に出てくる凄い人達みたいな事がするような……。荒れ地を豊かにしたり、天候を操ったりです」
「へぇー」
この世界にほとんどいないとされる神級にもうすぐ目の前の聖霊がなるのだと思うと、フェネリーは不思議な気持ちになった。
世界にどれくらいいるのか、正確なところは分からないのだが、神級聖霊と出会う確率はかなり低いものだったからだ。
そんな風に、フェネリー達が仲良く会話を続けていると、不意にスフィアが提案をしてきた。
それは、予想もつかないもの。
それでいて、フェネリーにとっては魅力的なものだった。
「フェネリーさんはお友達を助けに行くんですよね。だったら一緒に行きますよ」
「え、良いの?」
「はい、聖霊が見える人なんて滅多にいませんし、ちょうど話し相手が欲しかったんです」
「やった、ありがとう」
そういって、スフィアがフェネリーの旅への動向を申し出て来たのだ。
無謀な旅を続けようとしている小さな少女を、見ていられないとでも思ったのかはフェネリーには分からないところだったが、それは拒否する理由にはならなかった。
しょっぱなから先が思いやられる様なトラブルがあったが、スフィアと出会えたのはフェネリーにとっての紛れもない幸運だっただろう。
(さっき見た時なんか、たった一回の攻撃で相手をやっつけちゃうくらいの力だったし、スフィアさん以上の頼もしい人なんて、中々いないよ。あ、人じゃなくて聖霊だった)
とにかく、これから力を借りるのだからと、フェネリーはちゃんとお礼を言わねばと思ったのだが……。
「これからよろしくお願いしますね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
相手の方に先を越されてしまった。
しっかりしていた。
それからのフェネリーの旅は、比較的安全なものだった。
危険な相手に出くわす事なく、必死になって逃げずにすむようになっていた。
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