第22章 小さな決意


 

 クゥが学校の図書室から姿を消して、それから三日が経過した。

 だが、フェネリーはその日も図書室へと足を運でいた。


 小さな少女は部屋の扉を開けて、古い紙の匂いを嗅ぎ、蔵書であふれた室内を視線で隅々まで追っていく。

 そこに見慣れた友達の姿はないと分かっていたとしても。


 フェネリー自身、内心では無駄だと分かっていたのだが、それは体に染みついた習慣であり、中々改める事が出来ない者であった。


「クゥ様……」


 小さな声が、図書室の中の空気に溶けて消えていく。

 誰一人、応じる者のいない声が。


 クゥがいなくなって以来、リコットは図書室へは足を運ばなくなったので、室内には数日前とは見違える様な寂しい雰囲気が満ちていた。


 フェネリーは、クゥがどうにかして用意したらしいテーブルに着く。

 それは、お茶会用のテーブルで、いつもお茶とお菓子で時間を過ごした後は、クゥに言われて綺麗に磨かされていた物だ。


 話し相手がいなくて、する事がない。

 だからフェネリーは、とりあえず勉強をしようとするのだが、しかし長くは続かない。

 身に入らなかった。


 フェネリー以外の人の気配のしない、静かすぎる図書室が違和感となって集中できなかったのだ。


 彼女の脳裏に浮かぶのは、宿題に出された魔技用語ではなく、小さな友達の事ばかりだ。


「クゥ様……。ボク達、友達じゃなかったのかな」


 ごみ屑呼ばわりされたり、雑用ばかり命令させられていたが、フェネリーはクゥの事を友達だと思っていた。


(でもそれは、見当外れの思いだったのかな)


 そんな思考に反応してか、聖霊使いになって友達になった聖霊が、フェネリーを慰める様に周囲を飛び回った。最近ではそこに光の玉が加わる事も多いのだが、今日は姿は見かけないようだった。というよりクゥがいなくなってから、フェネリーは一度も見た事が無かった。


 それでも彼女は、気遣われていると言う事実であり、その事は忘れない。

 フェネリーは聖霊に向かって精一杯の感謝の言葉を告げた。


「ありがとう。ごめんね、心配かけちゃったよね」


 そう言葉に出せばフェネリーの心は少しだけ軽くなった。と礼を述べていると、何かの拍子でズレたのか、頭上から一冊の本が落ちてきた。

 近くの本棚から落下してきたらしいそれが、フェネリーの頭に衝撃を与えてテーブルの上へ。


「あいたっ!」


 痛みを訴える頭部をさすりながら、図書室の静寂を破った主を見つけると、その本に妙な既視感を感じた。

 それは、フェネリーが見た事があるものだった。


「あれ、この本……」


 ちゃんとした作りの本ではない。

 図書館に並んでいる他の本と比べて、造りが雑であり、表紙や背表紙には題名も書かれてない。


「これ、何だったっけ」


 どうにもその本の事が気になるフェネリーは、疑問の正体を探ろうと手を伸ばし、本をとる。

 表紙をめくってページを手繰っていくと、理由が判明した。

 本の中身。白い髪の上には、小さくて丸っこい字で多くの文章が綴られている。それはクゥの文字だ。


 見た事がある。

 女王様となって命令を下してフェネリーに色々と雑務をやらせている間に、クゥが時々その本に何かを書き込んでいくのを見た事があったのだ。


 その際にフェネリーがその本について尋ねた事もあるのだが、クゥは強情な姿勢で中身の事は何一つ教えようとはしなかった。


「日記、かな……?」


 フェネリーは何となく文字を負っていき、そこに綴られている文章を読んでいく。


 推測は合っていたようだった。

 一ページごとに、一日にあった事柄がクゥの字で記されて行っている様だった。


 最初の方に書かれているのは、どうでもいい事と悪戯の事ばかりだった。この学校に来てばかりの頃のクゥが書いたものだった。

 生徒が煩いとか、誰も来ない部屋を探すとか、図書室が良い場所とか、そんな当たり障りのない事ばかり。


 それらを読みながらページをめくって読み進めていくと、最近の出来事に追いついた。


――どんくさいごみくずを家来にしてあげた。


 ごみくじゅ

 それはフェネリーの事だろう。

 日ごろ何度、罵倒されてるので一目で誰を刺しているのか分かった。

 その事を嬉しく思えばいいのか、悲しく思えばいいのか、フェネリー自身微妙な心境になりはしたが。


 フェネリーと出会った頃ら辺から、日記は内容は劇的に変化を遂げる。


 今まで一日、数行あるかどうかわからないものばかりだったのに、その頃から一日一ページきっちり書く様になっていたのだった。


 そこに書かれている内容は、ほとんどがフェネリーに関するものばかりだ。


 フェネリーがどんな失敗をして、どれだけ落ちこぼれで、あとどれだけ使えるようになったかが、本人が驚くほど詳しく描かれていた。


――ごみくずは、やればできるのに本気にならないから発破かけてあげなきゃいけないのよ。


「クゥ様らしいや」


 時折り笑いをこぼしながらも、フェネリーはそれらに全部目を通していった。


――監獄に連れ戻されないためには、できるだけ外に出ないようにしないと駄目だわ。だから引きこもってたって別におかしくないんだから。ぐうたらじゃないんだから。


「そっか、だからクゥ様外に出たがらなかったんだ。でも、考えてみれば当然だよね」


 フェネリーがいくら誘っても、頑なに図書室から出たがらなかった事はそういうわけだったのだ。


 だが……、


「でも、それだったら……どうして王宮までボク達を助けに来てくれたんだろう」


 そう考えると至極不思議な事だったのだ。

 危機に瀕していたフェネリー達を助けたのは、まぐれもなくクゥ本人。


 監獄から逃げて来て、可能な限り人面着きたくないはずのクゥがなぜそんな危険を冒してまで外に出てきたのか。

 フェネリーは分からなかった。


「うーん、全然わからないや。でも……」


 日記を全部読み終わったフェネリーは、ある事を決心していた。


「あんなお別れやだよ。ボク、やっぱりクゥ様を助けたい」


 たとえそれがどれだけ無茶な事だったとしても、どれだけ無謀な事だったとしても、フェネリーは小さな友達の為に立ち上がろうと、そう決心していた。


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