第19章 認めてくれていた人



 フェネリーは当然あの後で、勝手に王宮に入った事を叱られたが、幸いな事に王宮に勤める者達の注意が十分ではなかったという話もあって、強く言われずに済んだのだった。

 学校ではリコットに同じように叱られつつも、それでも他の者達から褒められる事も少なくはなく、落ちこぼれ扱いされなくなるどころか、人気者になってしまっていた。


 フェネリーの学校生活は、少しどころかかなり前と違った様子になってきていたのだが……。

 何にでも例外はあった。






 授業の合間、放課の時間。


「聖霊使いになったか知らないけど、最近いい気になり過ぎなんじゃないの!?」

「ひぃぃぃ」


 フェネリーは人気のない校舎裏によびだされて、イジメっ子達に詰め寄られ壁ドンされていた。


 課外授業の件で、他の子達と仲良くなってからまたイジメられる回数が減ってはいたのだが、急に勢いがぶり返していたのだ。そして今に至る。


 もうこれは単にフェネリーが超落ちこぼれだと言う事ではなく、単に気に入らないだけの行為となっていた。


「デカい顔しちゃってさぁ」

「ひぇぇぇ」

「生意気なのよ。勉強もできない、運動もできないアンタなんかが何で才能持っているのよ」

「あわわわ」


「逆に才能がなかったから、聖霊使いになるしかなかったんですけど……」などとフェネリーが言ったとしても、意味はないのだろう。

 通じそうにないのが、フェネリーの目の前の様子だった。


 イジメっ子達は頭に血が上った状態で、ひどく荒ぶっている。


 だが、そんな彼女達に言い返そうとしたのは、他の誰でもないフェネリーだった。


「そ、そんな事を言われてもぉ。ボク、ちゃんと頑張ったもん」

「嘘よ! 何かインチキしてるんじゃないの!?」

「そうよそうよ」

「そうとしか考えられないわ」


 声を大にして言いがかりをつけてくるイジメっ子達だが、そこに以前の様に涙目で泣かされるイジメられっ子はいなかった。


 フェネリーの努力を否定する事は、クゥの言葉を、善意を否定すると同じ事。

 その事に思い至ったフェネリーは、ここで引く事はできないと強く思っていた。


(ボク、絶対にズルなんてしてないもん!)


 それは百パーセントの本当の事だ。不正の類いに手を出していない事はフェネリー自信がよく知っている事だ。

 そもそもフェネリーに卑怯な事をするような度胸はなかったそんな度胸があったら、もっとうまく立ち回っていて、そもそもイジメられていないだろう。


 たとえズルができたとしても、フェネリーはおそらくやらなかっただろう。

 それは協力したクゥや、リコットの顔に泥を塗ってしまう事に繋がらうからだ。


「悪い事なんて、してないったらしてないもん!」

「あらそう。だったら、それを証明しなさいよ。図書室なんかに入り浸っちゃって、だれかこいつに入れ知恵している奴がいるのよ。つきとめに来ましょう」


 だが、イジメっ子達はフェネリーが何かズルをしているのだと決めつけているようだった。

 あげく、放課後によく行くようになった図書室に何かあるのだろうと言い出す始末。


「そうねそうね、ズルの理由を暴きに行きましょう」

「賛成」


 そんな流れで結局、フェネリーは人が滅多に来ない……けれど最近はお茶かいやら悩み相談やらの場所となってきている王立学校の図書室に、連行される事になってしまった。


(クゥ様……今日はお茶会の準備してないと良いけど……)


 初対面の人の前に出る事を極端に嫌う小さな魔女の事は、フェネリーも良く知っている事だ。


 フェネリーが他の人間を連れて行ったら、迷惑になってしまうだろう。





 イジメっ子達に図書館に連れて行かれてしまったフェネリーだが、不幸中の幸いかどうか、そこにいつもいるクゥの姿はなかった。


(滅多に部屋から出てこない引きこもりなのに、どこに行ったんだろう)


 と、人の気配のしない図書室を前に、小さな魔女の行方が気になるフェネリーだったが、人に見つからないにこしたことはないと思い直した。


 だが、小さい魔女がいなかったその代わりに、別に人間はいた。

 教師であるリコットだ。


「ん、あのチビはいないけど。何か用?」

「せ」

「せんせーい、聞いてくださいよ-」


 フェネリーが声を上げて助けを求めようとするのだが、その前にイジメっ子達に言葉を遮られてしまった。

 少しばかり成長したと言っても、押しの弱さだけは変わっていなかったフェネリーは出遅れた形だ。


「フェネリーが聖霊契約だなんて信じられます? あり得ないと思いません」


 そんな言葉をかけられたリコットは眉をしかめる。

 だが、二言目に乱暴な言葉が出てくる事は無かった。

 フェネリーはてっきり、「やかましいどっか行け」とそっけなく突っぱねるとばかり思っていたが、


「ああ、確かにあの泣き虫で甘ったれの弱虫が、なんて信じられないな」

「でしょー」


 代わりにリコットの口から放たれたのは、同意の言葉だった。


 そこにいたのはひどい先生一人。


 正直な事しか言わないとフェネリーも分かっていたが、あえて否定されずに真正面から言われた事実に傷ついていた。


「もっと、よく調べてくださいよ。ありえません! 何かズルしてるに決まってます!」

「そうですよ!」

「だって超落ちこぼれなんですよ!」


 好き放題の言われ様に悲しいどころかむしろ少しだけ腹が立ってきたフェネリー。

 しかしイジメられ側の少女が何かを口にする前に、リコットの厳しい声が室内に響いた。


 いつも刺々しい言葉ばかり吐いている教師だが、だそれはそれらよりももっと強い口調だった。


「勘違いするなよ。確かに信じられないと言ったがそれは俺の気持ちであり、事実じゃない。こいつは誰もが信じられないと思うような事を成し遂げたんだ。ちゃんと正当な努力をして、結果が出ているんだからそれは嘘でもまやかしでもなく、正真正銘の事実だ」

「リコット先生……」


 その言葉にフェネリーは絶句する。

 リコットはいつもと変わらない表情だ。


 その発言は、イジメられているフェネリーを庇っての言葉ではなかった。

 けれど、それゆえにフェネリーは嬉しく感じていた。


 正直な事しか言わない教師だが、それゆえに不意に褒められるとそれがお世辞ではない事が分かるからだ。


「そんな。だって、勉強も運動もできない学校一の落ちこぼれなのに、おかしいじゃないですか。普通、あり得ないでしょう?」

「もう一つ言う。信じられないとは言ったが、俺はありえないだなんて思っていなかった」

「えっ」


 冷めた目でイジメっ子達を見つめるリコットは、いつも喋るように冷たい口調で言葉を続ける。


「こいつはいつも努力をしていた。出来ないなりに、人の何倍も努力をしていたんだ。その努力が報われる時が今来ただけに過ぎないだろ……」

「……っ」

「相手を下げる事で自分を上げようと思うな。そう言うやり方は嫌いだ。今まではそれも社会の在り方だと思って放置していたが、これ以上の事をするつもりなら見逃せない、次は罰を与えるぞ」


 反論する言葉を失くしたイジメっ子達は、顔を真っ赤にしたまま図書室を出て行ってしまう。


「あ、アンタ達なんかひどい目に遭っちゃえばいいのよ」


 そんな典型的な捨て台詞を残して。


 クゥがいたら、きっと高笑いしていた事だろう。


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