第18章 小さな魔女の小さな手助け
ユーリィの職場にいる者達からフェネリーが話を聞けば、こんな場所に閉じ込められる事になった原因が分かって来た。
「一時はどうなる事やらと思ったが、これで助かるな」
「ああ、そうだな」
「大事な情報を守ろうとか思って余計な事してるからこうなるんですよ」
つまり、ここにいる物達は自分達の仕事の成果を守ろうとして、そのせいで逃げ遅れてしまったらしい。
彼らが室内で作業をしている間に通りかかった別の作業員が、扉の前に荷物を置いたまま逃げて行ってしまい、部屋の中から出られなくなってしまったという理由なのだろう。
(どうなる事かと思ったけど、とにかく、これで皆助かるんだよね)
そう、フェネリーは思ったのだが……。
その考えは甘かった。
「あっ!」
別の場所から火の手が回り込んででもしたのか、行きに通った道が炎に包まれていたのだ。
「どうしよう。これじゃ通れない」
背後を振り返るが煙が迫ってきている。
長時間その場所に留まるのは良くない事だった。
(このまま通路にいたら、二酸化炭素中毒になって皆倒れちゃうよ)
煙の脅威は馬鹿にできない。
人間は何の怪我をしていくとも、清浄な空気を吸えなくなっただけで死んでしまうのだ。
フェネリーは迫りくる危険に冷や汗を流した。
「一か八か、あの炎をくぐって向こう側に出ていくか?」
「そんな、駄目ですよ。どれくらいの規模燃えているのか、分かりませんし」
フェリーがどうしようかと悩んでいる間に、救出した人達の中で、最も年を取った男の人が進もうとしていた。
危険を顧みずその先がどうなっているか確かめるべきだと、そう言っては周囲の者達に無謀だと止められている。
「だが、こうするしかあるまい。部屋に残って作業しようと提案したのは私だ。部下達を危険に晒した責任をとらねばならん」
「私達だって、同意したんですから。同じですよ」
ユーリィが必死に説得しようとするものの、その男性の意思はもう固く決まってしまっているようだった。
「ありがとう。そんな部下を持てて私は幸せだ。だが、状況は切迫している。誰かがやらねばならない事なのだ」
「部長……」
部下達を取りまとめて、部長と呼ばれた人は燃え盛る火の前に立つ。
(え、本当にそんな事するつもりなの?)
フェネリーには信じられなかった。
自分の身が危険に晒される確率の方が高いというのに、どうしてそんな行動にとれるのか理解できなかったのだ。
「大切な部下の為ならば、この命は惜しくはない」
フェネリーが止める間もなく、決意に満ちた表情の男の人は動こうとする。だが、その足が行く先にあった火が、向こう側から撃ち込まれた水の魔法によって、あっという間に鎮火させられてしまった。
「物事の達成には犠牲は付きもの。昔の人はしょう言ったわ。でも馬鹿馬鹿しい事よね。しょんな風に行動した所で、後に続く人間が必ず望む通りに動くとも限らないんだから」
「クゥ様!!」
そこにいたのは、フェネリーの良く知った友達。
自称魔女を名乗る聖霊のクゥだ。
難しげな事を言いながら現れたのは図書館から出てこないはずの引きこもり。
「遅いじゃない。待ちくたびれたわ、ゴミくじゅ。せっかく美味しい紅茶を淹れて待っていたのに台無しにしゃしぇて」
どうやら、わざわざクゥは朝のお茶会を開いてフェネリーを待っていてくれたらしい。
フェネリーにとっては知らなかった事とはいえ、楽しみしていたのかと思うと申し訳なくった様で、憤るクゥに謝った。
「す、すみません」
「火は他の所にも燃え移っているわ。人が一人犠牲になったくらいじゃ、脱出なんて不可能。
クゥの言葉の切れ味は、よく砥がれた包丁よりも切れ味が鋭い。
その様な言動に慣れていたはずのフェネリーでさえ、心臓を滅多打ちにされる様な有り様だった。
(わああ、辛辣すぎだよクゥ様!)
先程まで掻いていたものとは別の種類の冷や汗が、フェネリーの額を流れていく。
だが、男の人は黙ってその言葉を聞き入れるのみだった。
「面目ない、小さな救命士よ。忠告痛み入る。さっそくで申し訳ないが、この先が言った通りの状況なら我々の脱出を支援してもらえないだろうか」
「当たり前でしょう? 取るに足らないゴミくじゅに私が淹れた偉大な紅茶を飲ませてやらなきゃいけないんだから。その為だけに、わざわざここまで回収しに来たのよ。手ぶらで帰るわけにはいかないわ。ついてきなしゃい」
クゥはまったく台の大人にもまったく怯む様子を見せずに、いつもの様子で言い切って先導する様に身をひるがえす。
いつも以上に口が悪かったクゥだが、堂々とした姿で現れた小さな
ただ……。
「図書室に張った簡易結界から出ちゃったわね。もうしゅぐ奴等に嗅ぎつけられるわきっと」
小さな魔女が発した、そんな最後の言葉だけは意味がよく分からなかったが。
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