第13章 追手の影



 それで小一時間程かけて、準備を整え終わる。

 いよいよ下級聖霊と契約しようとした時だった。


 しかし、肝心の契約を行う前に、どこか別の場所で何らかの事件が発生した様だった。


「きゃあああああ!」


 どこからか悲鳴が聞こえてきて、フェネリー達は飛び上がらんばかりに驚いた。

 クゥと肩を並べてなかよくびっくり顔だ。


 だが、いつまでも二人は驚いたままでいられなかった。


 次いで「暴走聖霊が出たぞ!」という叫び声が図書室の室内に聞こえてくる。


 驚愕からいち早く復帰したらしいクゥは壁の向こう、声のした方を見つめて呟いた。


「事件が起きたようね」


 そして声を聞くが否や、さっと宙を移動したクゥは、何故かフェネリーの襟首を掴んで宙へ飛びあがった。


 フェネリーは首が絞められる形になって苦しい思いをしていたが、それに関しての抗議は何も言わない。それどころではないと思ったからだ。


「ふぇぇぇ……!?」

「この学校で、聖霊しぇいれいが暴れるなんて、滅多にないトラブルだわ。見に行くわよ。もしかして……」


 ちょっとそこらにいる珍しい動物でも見に行くかのような態度のクゥに、オマケの様に吊り下げられたフェネリーは、無駄だと知りつつも「怖いよ、やめようよ」と抗議する。だが聞いてもらえていない。クゥは女王様。


 フェネリーを強制的にお伴に加えたクゥは、図書室の高い位置にある明り取りの窓を開けて、そのまま外へ。


「あ、上履きが……」

「降りないから良いじゃない、細かいわね」


 室内履きのままであることを気にするフェネリーに、馬鹿でも見るような視線を向けるクゥ。

 フェネリーは猛烈に異論を唱えたくなった。


(いえ、全然細かくないです。普通だと思います)


 ぶら下げられたままクゥに連れられて、共に声がしただろう方へとフェネリー達が向かって行くと、そこには真っ赤に染まった犬の様な姿の聖霊がいた。


「あれは中級ね。前に学校にいた奴と同じ階級の……」

「ふぇぇ、中級……!」


 初級の聖霊と違って、中級以上は苦労しなくても見えるので困らなくて済む。


 だが理由もなく、二度も聖霊が学校に侵入してくるはずがない。

 学校に中級聖霊がそんなに何度も現れるわけないのだ。

 フェネリーはそこに、意図的な物を感じていた。


 クゥに吊り下げられて、見つめる視線の先では……。

 その犬の様な姿をした聖霊が、生徒達を追い掛け回していた。


「あ、危ない!」


 一人の女生徒に噛みつこうとする聖霊だが、しかしその直前で別の生徒が魔技を使って聖霊を追い払ってみせる。


「良かったあー……」


 小さくても、ここにいる者達は王立学校に在籍する優秀な生徒だった。

 フェネリーのような鈍くさい生徒の方が少数派なのだろう。


 国の未来を担う優秀な生徒達はそんな非常時でも特に慌てることなく、対処していた。


 大人数で周囲を包囲して、タイミングを会わせて火や、雷撃を放ち、相手に攻撃を加え続ける。


「これなら何とかなるかな」

全然じぇんじぇん駄目ね」


 安心しかけるフェネリーだが、その感情はすぐにクゥによって冷や水を浴びせられてしまう。

 クゥの表情を窺うフェネリーは、そこに常には見当たらないものを見つけた。

 少しだけ心配しているような感情の色を。


「えぇ! どうして駄目なんですか?」

「あの子達の実力じゃ足止め程度なのよ、相手を倒す事なんて出来ないわ」

「そ、そんな……。どうしよう」


 そうだ、とフェネリーは思う。

 聖霊契約を早くこなして、何とか手伝えないだろうか、と。

 そう思うが、クゥに顔色を読まれ反論されてしまう。


「よしなしゃい。間に合わないわたぶん」

「そんなぁ」


 打つ手なしかと、フェネリーはオロオロしながら眼下の様子を眺め続けるが、そこに駆けつけてくる教師の姿があった。

 リコットだ。


「だから、しょういう為の時間稼ぎでしょう。精進が必要よ。まだまだね、フェネリー。戦って勝てない相手に出会った時は、無理に勝とうとするなんて愚か者のしゅる事だわ。勝てる人に任せる。常識よ」

「はぁ」

 

 難しい事を言われてよく理解できないフェネリーだったが、それについて考えるよりも前に眼下の景色が目に入る。


 リコットは口は悪いものの、やはり正真正銘教師になるだけの力を持った人間であった。

 驚くような速さで魔技を連発して、あっという間に暴走していた精霊を倒してしまう。


「やった! 一時はどうなる事かと思ったけど、良かったぁ。だけど、どうして聖霊は暴走したんだろう?」


 初級の聖霊はまだ生まれたてで、自我も薄いし知能もない。

 なので、建物の中によくいたりするらしいが、中級以上の聖霊ははっきりと他の生物の生活場所が分からないはずだった。


 むやみに人の生活圏内に入ってくるなどということは、ほとんどなかったのだ。


「しゃあ、どうしてかしらね。聖霊しぇいれいが暴走する事には条件があるわ。一つは、聖霊しぇいれい自身の寿命がきて生命力が枯渇している事、二つ目は中級以上の聖霊が何か衝撃があったパニックを起こした。三つめは追手として……これは関係ないわね」


 三つあるらしいが、クゥは最後の物については話さなかった。


 述べられなかった言葉は何だったのかと、そんな風に気にしながらクゥの顔をフェネリーが見ていると、再び宙を移動させられて行きフェネリー達は図書室へと戻って行った。


「後は、外の連中に任しぇなしゃい。契約をしゅるんでしょ」

「はっ、そうだった」


 慌てて、外に飛び出した時に散らかしてしまった契約の準備をやりなおす。


 暴れていた聖霊はリコットが退治したので、後の事は心配せずとも大丈夫だろうと、フェネリーは判断した。


 そんなフェネリーを見つめながら、図書室へ帰還していくクゥは小さく一人ごちる。


「三つ目の可能性は、渇きの大地のアイスブルー監獄から追手が来た事だけど、ましゃかね……」


 枯れ果てる大地に存在するアイスブルー監獄。

 誰もが寝物語に悪い事をした罪人は、その場所に入れられると語られる場所だった。


 そこでは、罪人を負う為の存在が飼われているらしいが……。


 けれど、そんな事情は今のフェネリーには知らぬ事だった。


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