第12章 儀式場
第三王立学校 図書室
そしてさらに期間が過ぎゆく。
それは特訓を始めてから一か月ほどが経過した頃だった。
いつもの蔵書が並ぶだけであった図書室は、その日は様変わりしていた。
本棚が隅に寄せられて中央の空間が広くなっていたのだ。
それは、はっきりと下級聖霊が見える様になったフェネリーが聖霊契約を結ぶ事になった為だ。
現在はその為の準備が行われている最中であった。
床にはそれ専用の魔法陣が描かれ、必要な触媒である物質が適当な位置に並べ置かれていく。
そんな部屋の内部で動く小さな人影、フェネリーとクゥが言葉を交わしていた。
「えーと、大丈夫なんですかクゥ様。普通は五年、長くて十年かかるんじゃなかったんでしたっけ」
「知らないわよ。良いじゃないなれるんだから。ゴミくじゅのクセに、何か文句あるのかしら」
いつもの様に罵られたフェネリーは気まずげに視線をそらす。
問題はなかった。不思議であるし意外でああるが、そのこと自体はフェネリーは歓迎している。
(いえ、それ自体にはないです)
だが、フェネリーがたまにふと思うのは止められなかった。
なぜそんなに期間をショートカットしているのか、と。
フェネリーが修行を始めてから一か月とちょっとしか経っていないというのに、なぜそんなに契約できるのが早いのか。
その理由が彼女にはまったく分からなかったのだ。
(何かこの世の常識的な物がおかしくなって、奇跡が勤勉に仕事しているのかな。まさかね……)
とにかく、彼女はなれるものならなりたい、とは思っている。
フェネリーは聖霊使いになる事自体に文句はなかった。
なので彼女達は、今もこうして儀式場を作るのにあせくせ動き回っているのだった。
「契約が終わった後は、授業で聖霊を指揮して魔技を発動させてやればいいわ。そして極悪イジメっ子共を、ぎゃふん言わせてやりなしゃい」
「後は……って、まだ契約してないよぅ」
クゥは、始まる前からもう終わった気になっているようだった。
人の事なのに随分な自信満々の様子でいる。
フネェリーは反対で、準備の時から心臓がドキドキしてしょうがないといった様子。
そんな弱気の態度を見てか、クゥは珍しく地面に降りてき、フェネリーの小さな鼻をふにゅっとつまんでみせた。
「私がついてて失敗するとでも思ってるの。余計な不安なんかしないでいいのよ。大船に乗ったつもりでいればいいわ」
「ふぁい。クゥ様……、ありがとうございます」
「ふん、分かったのなら良いわ。しゃっしゃとやるわよ」
励ましの言葉に応えて、フェネリーは少しだけ表情を明るくする。
図書館をえっちらおっちら歩き周って、契約儀式場を作っていくフネェリー。
聖霊使いになるのには、魔技使いの様に魔法を使えればなれるという物ではない。
やらなければならない事がたくさんあり、まず力を貸してもらう聖霊と契約する(雇用契約とかそういうもの)為の儀式場を用意しなければならない。
大昔に、魔法陣を書いて魔法を発動していた時の様に、そういった大掛かりな舞台をこしらえて、必要な道具を書き込んだ陣の中に置いて行かねばならないのだった。相応の手間の時間がいる。
そういうわけで、
「えっと、これがこうで……」
「それは私がやるわ。フェネリーは他のやってなしゃい」
「えー」
「何よ、何か文句あるのかしら」
「な、ないです! ないです!」
先程からフェネリーはあれこれ準備しているのだが、当然クゥは気が向いた時しか動かない。
やりたい事しかやらない。
いつも通りの女王様だった。
儀式場の作成は予想よりは手間取っていない。
魔技使いとして、まったくもって能力を発揮できていないフェネリーはせめて努力でなんとかできると所には、と手を伸ばしていたからだ。
細かい所はうろ覚えであるものの、フェネリーは陣の作成に必要な物と大まかな手順くらいは余裕で諳んじられた。
ただ、そんな特技も歴史のテスト限定で、陣を用いずに魔技を使う用になった現代ではまったく役に立たないのだが。
「ねぇ、クゥ様。こういう事やってると、昔の人って凄いなーって思えてくるよね」
「しょうかしら?」
今でこそ魔技を使うのは詠唱一つでできてしまうが、昔はアナログな方法でいちいち魔法陣を書き込んで魔技を行使していた。
そんな状態だったので、今よりも魔法使いは貴重な存在である重宝されていた。
比喩でも何でもなく、一つの魔技で戦況を左右しかねない魔法士を守るために、護衛が何人もついていたのだ。
「大変だったんだろうねー。魔技使い一人を守るために、皆が頑張らなくちゃいけないなんて、昔は学校もなかったから魔技が使える人も少なかっただろうし」
「しょうね。皆弱くて、短い間にたくさんの人が死んでいったわ」
そう言ってクゥは悲しそうにする。
人間と違って聖霊は長生きである。
魔女を名乗るクゥも同じ。
普通の人ならば、あまり生きられないような百年などという月日も余裕で生き続けられ、二百年も、五百年も生きるのはそれほど難しくない。
が、それでもとフェネリーは思う。
(自分が長生きできるってことは、長生きできなかった人を沢山見てきたって事なんだよね)
それが単純に喜べるような事でない事ぐらい、子供でしかない彼女でも分かる事だった。
「まあ、今は昔と違って
フェネリーは小さな魔女の事を気にかけるが、近くにいるクゥの様子はあまりいつもと変わらない様子だった。
(魔技使いを石ころ呼ばわりなんて、皆が聞いたら怒るだろうなぁ)
いつもの厳しいお言葉を述べるクゥの表情には、もう悲しみの影はなかった。
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