第2部
第6章 こびへつらってご機嫌とる感じの作戦
クゥが泣きじゃくるフェネリーに教えた、とっておきの方法は全部で三つだった。
図書室に長年こもっている社会性のない小さな魔女に、イジメられっ子がイジメられなくなるような、そんな画期的なアイデアがあるなどとフェネリーは思わなかったのだが、驚く事に何とあった。
その教えられた事の一つ目はこう。
権力の大きい人間にくっつく事。
だった。
「自分より偉い人間を見つけて、ひたすらこびへつらってご機嫌を取りなしゃい。なるべく、性格の良い人間の傍にいるのよ」
……と、要点だけかいつまんでそうクゥは言ったのだ。
当然言われた直後のフェネリーは、頭を働かせてその真意に気づけるはずもなく……。
「全然分かんないよぅ、クゥ様うわあああんやっぱり無理だったんだあああわああん!」
と泣き喚いたが、クゥに近くの本棚から抜き出した本で叩かれて黙らされた。
フェネリーの頭に小さなたんこぶができる。
「い、いたいよぅ……」
「人間とかいう生物は、偉くて偉大な者の前では規則を破る様な事はしないのよ。だから、イジメなんて卑怯な事は大人の前ではあんまりしないわ。取りあえず……リコットでいいわね。アレと一週間ぐらい一緒にいなしゃい。そうすれば分かるわよ」
で、そんな感じで少しだけ詳しい説明をしてもらった後に、フェネリーは教えを実行する事を約束交わし……。
その日からの一週間、クゥに言われた通りの方法で過ごす事にしたのだった。
(口が悪いあのリコット先生の傍に一週間もいるなんて、イジメられるよりも前に耐えられなくなりそうだけど……)
何と、意外に耐えられた。
リコットは口は悪いが、必要以上の事とか嘘などは言ったりはしない人間だった。
それと一緒にいる以上、授業の準備やら後片付けやらを手伝う事も多くなるので、話をする時間もそんなになかったのだ。
フェネリーの抱いた心配は完全に杞憂だった。
クゥの述べた作戦は、的を得たものであったのだ。
そんな風に何事もなくフェネリーは、リコットに張り付く様にして過ごし、手伝いをこなしていく。
口を動かすよりも手を動かす派であるリコットは、無駄に口を開かない。
それからも会話はあまりなかった。
けれど数日経ったその日は、少しばかりいつもと違っていた。
「これで終わり、ご苦労さん。とろくて時間かかったけど」
「うぅ、ごめんなさい……」
放課後。
倉庫にて、授業で使った備品の片づけを終えたフェネリー。
用事も終わり、窓の外の日も暮れかけている。
普通ならこのまま解散かと思うが、その日に限っては違った。
フェネリーは何故か呼び止められた。
「お前、最近変なもんを学校で見てない? お前みたいなのが、泣きそうな怖い奴」
「え、ないですけど……」
クゥと会った時の事を一瞬思いだしたが、それはもう最近ではないしと首を振る。
「そうか、追手はまだ掴んでないのか? 俺の考えすぎか……」
「?」
リコットは他の人間には容易に理解できなさそうな事で悩んでいるようだった。
呟いた言葉が小さすぎてフェネリーには聞き取れなかったが、声音からして深刻な問題のようにも聞き取れる。
「リコット先生、何かあったんですか?」
「別に、ちょっと昔の事思い出してただけ。クソ見たいな職場でクソみたいに働かされてた事とか……」
「はあ……」
思いっきり顔をしかめるリコット。
その表情は苦虫を噛み潰したようなものが三割と、汚い物でも見てしまったようなものが七割。
今更だが、とフェネリーは思った。
この口の悪い人がよく教師になれたな、などと。
フェネリーから見ても、教育上よろしくないのではと思ってしまうような喋り方ばかりする教師は、子供好きと言うわけでもない。彼女には、リコットの素性はまるで意味不明に見えたのだ。
「というか人の事心配してるよう余裕なんてないだろ、お前。まず自分の事が一人前にできるようになってからにしろよ」
そんなリコットは考え込んでいたような雰囲気から一転して、不機嫌そうにフェネリーの事を指摘。
確かに、と言葉を受けたフェネリーはうなだれる……。
「前の職場でもそういう間抜けがいたな。自分が危ないクセに人を助けようとして、一緒にお陀仏するやつとか二次災害引き起こすとか」
「わー……」
確かな経験に裏打ちされた実体験のような話を聞いたフェネリーは、耳を塞ぎそうになる。
それは、いちいち考えなくてもよく分かる事だった。
なぜなら昔から、フェネリーは絶対余計な事をやる派だったからだ。
(それで、皆に迷惑かけちゃうんだよね……)
その流れで、リコットは他の出来事で二、三言フェネリーを叱った後、最後に元の流れに戻って話題を締めくくった。
「お前は自分の事だけ考えてればいいんだよ」
「う、はーい……」
いつもと変わらないように見える態度。しかし、フェネリーには、注意するリコットの表情がどことなく物憂げである様に見えた。
そんな風に一週間時間を過ごせば、はた目からは真面目に教師の手伝いをしている様に見えるフェネリーは、他の教師からもらっていた「超落ちこぼれで困ったちゃん」の評価がランクアップして「超落ちこぼれだけど、ちょっと真面目な困ったちゃん」になった。おかげでよく話しかけられるようになって、大人と一緒にいる時間が増えたのだ。
そして、クゥの言う通り比例して、イジメられる時間も少なくなった。
原因を取り除く事はこの方法ではできないが、対処法としてなら良い効果があったのだ。
「おやフェネリーちゃん、今日もリリアンミジェット先生の手伝いかい? 偉いねー」
「ありがとうございますっ」
「そうだ、お菓子あるよ食べるかい?」
「わーい、ありがとうございます」
先生と生徒と言うよりはおじいちゃんと孫みたいな感じだが、当人達は気にしてない。まったく気にしてない。
(クゥ様にありがとうって言わなきゃ)
効果を実感したらさっそく報告だろうとフェネリーは思う。
授業後に早速フェネリーは、図書館へ寄ってクゥへとお礼を述べる。
すると、そこには珍しくリコットもいて、そこから持ち込んだのか分からないテーブルにティーセットを並べ、一緒にお茶会をしていた。いつも、無断占拠を怒っていたのがリコットなのだが、いつの間に仲良くなったのかと思い、フェネリーは首を傾げる。
それはとにかく、フェネリーは礼を述べる事にした。
「クゥ様、すごい! ありがとうございます! イジメがびっくりするほど減っちゃいました!」
「しょう、良かったわね。まあ、これくらいの事なんてこの偉大なる魔女の私にしたら、ぜんっぜん大した事ない事だっだけど」
「俺へのお礼はないの? この一週間、お前の面倒見るのに凄く疲れたんだけど」
「リコット先生もありがとうございます」
「……まあ良いけどさ」
得意げな顔をして満更でもなさそうにしているクゥと、そっけなく顔を背けるリコット。
そんな二人共に、フェネリーは久々に楽しい放課後を過ごした。
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