第5章 泣いてもいいですか



 落ちこぼれのフェネリーは、色んな事で毎日困っているのだが、最近はとても困っている事が一つあった。


 それは、これだ。


「落ちこぼれのクセに目障りなのよ」

「魔技も使えないのに、学校来ないでくれる」

「アンタが来ると、授業が進まないじゃない」


 悪質になって来た周囲からのイジメだった。


 もともとそれはあったのだが、最近は輪にかけてひどくなっていた。


 その日もフェネリーは、魔技が使えないのは自分のせいじゃないのに、と思いながら涙をこらえていた。


 囲んできた同じクラスの女子生徒を、滲んでくる視界で見つめ続ける彼女は思う。


(どうしてこんな目に……)


 しょっちゅうおっちょこちょいを発動して、物を壊したとか、誰かに迷惑をかけたとか等はよくあるフェネリー。


 だが、そんな事が理由ではなく、魔技が使えないというどうにもならない理由で、なぜそんな風に言われなければならないのか、彼女には分からなかった。


「うぅぅ……」


 自身に非がないと分かっていても、やはり十くらいの年の少女にとって、多人数で言い寄って来る人間は怖いものだった。

 フェネリーは瞳に今にもこぼれてしまいそうな様素の涙を浮べはじめる。


 とうとう我慢できなくなったフェネリーは、声を上げて泣き出してしまう。


「うっ、ぐすっ、ひぐっ、うわあぁぁぁぁぁぁん」


 そして、逃げ足だけは早い特技を駆使して、一目散にその場から逃走するのだった。







 そんな事があった後の、放課後の図書室。


「うわぁぁぁん」


 滅多に人の来ない場所。

 様々な蔵書が管理されている図書室で、そこに住み着くようになった魔女のクゥにしがみついているのは、他の誰でもないフェネリーだった。


 これは恰好悪いどころじゃない姿だと本人は思っているが、人から見られる場合を想像していられるような余裕は今のフェネリーにはなかった。

 

 一方、しがみつかれている方のクゥは、迷惑そうにしていた。


 背中を撫でてよしよしと頭を撫でたりはまったくない。

 クゥはいつでもクゥだ。

 孤高で気高き女王様だった。


「邪魔よごみくじゅ。どきなしぃ」


 上から吐き捨てる感じの言葉をフェネリーにかけるクゥ。客観的に見ても、見なくても中々にひどい言葉だった。


(うん、知ってる。でも離れない。離れたくない)


 しかし、そんな言葉をかけられてもフェネリーは離れようとしなかった。今日のフェネリーはいつものフェネリーではないのだから。

 むしろ何があっても離さない一心で、逆に力を強くする。

 小さな魔女を引き絞らんばかりの馬鹿力だった。


「くぇっ、ちょ……私を雑巾じょうきんみたいに絞るつもり!?」

「ぐすっ、ぐすっ、うぇぇぇぇん!」


 そして、フェネリーは可愛らしい悲鳴をもらすクゥの言葉も聞かず、恥も外聞もかなぐり捨てて思いっきり泣き続ける。

 涙は全然枯れる様子がない。


(世界はこうしてる今も枯れ果て続けてるのに、なんでだろうね。不思議だね)


 それは、半泣きなどという生易しいものではなかった。大泣きを通り越して超泣きだ。

 その影響で、クゥの服は人様には見せられない感じになってしまったが、涙で前が見えないからフェネリーには見えてないので気づかれていない。


「うわぁぁぁん、クゥ様ぁぁぁ!」

「ちょっと! もうっ! 鼻水がばっちいわ、離れなしゃいごみくじゅ。服が汚れちゃうじゃない」


 嗚咽交じりに本日あった事を報告していたフェネリーだが、その日に限定しなければ実は他にも嫌な事は色々あった。


 先程悪口を言われたのとは別に、授業で使うプリントを渡されなかったり、必要な物が無くなっていたり、班を作る時にぼっちにされたりなどなど。


(ぼっちはいつもの事だけど)


 他にも、朝登校してきた時に靴箱に釘を入れられていたり、机に落書きされていたりと。嫌がらせは実に豊富だった。


 幸いと言えば、殴られたり手を上げられるような事がない事だろう。


 学校内にフェネリーを助けてくれるような人は一人もいない。

 体に傷を作る事がないので、被害者であるフェネリーが誰にも相談しなければ大人は誰も気が付かないのだ。


 積極的に嫌がらせをしてくる人間は実は少数派で、止めればそんなに被害が出ない事ばかりなのだが、クラスメイト達は皆我関せずで、フェネリーに関わってこようとしない。


 そんな感じで先ほどのトドメの一件があり、フェネリーは今に至るというわけだった。


「離れなしゃいてば。泣いてたって仕方がないでしょ」

「だ、だって。だって……」


 フネェリーはくっつき虫の様にしつこく張り付いていたのだが、無情にもクゥによって強引に引きはがされた。


 大泣き虫と化していたフェネリーをべりっと引きはがしたクゥは仁王立ちして、涙を浮かべる少女を己の目の前に正座するよう言いつける。


「ちょっとしゅわりなしゃい」

「ふぇ……?」


 有無を言わさぬ口調だった。

 クゥは、びしりと小さな指で地面を指し示す。

 泣きじゃくるフェネリーは大人しくその場に座るしかない。


「やられっぱなしで泣き喚くだけなんて、ふがいないわ。私のしもべなら反撃してぎゃふんと言わせる事ぐらいできないの!」

「だって……そんな勇気ないよぅ」

なしゃけない。いいわ、私が思いついたとっておきの方法を教えてあげる」


 さりげなく僕扱いされた事も気にかけず、フェネリーはぐずぐずと鼻を鳴らしながら反論。


 声を上げる積極性と勇気があったら、例外を除いてイジメと言うものはあまり長期化しない。

 フェネリーが泣き虫でなければ、ここまで続いていなかっただろう。

 フェネリーがフェネリーである事とイジメが続いている事は、もはや=で結ばれる様な関係ですらあった。

 それくらいその行為は日常化していたのだ。

 現状は簡単には変えられない。


 だが、そんなフェネリーに、クゥはどうにかする方法がある、と言ったのだ。


「お、教えてくれるんですか、とっておき? 本当にどうにかなるんですか?」

「特別によ、感謝しなしゃい」


 すがる様なフェネリーの質問に対して、クゥは自信満々の様子でそう言い放った。


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