第4章 叶わない夢を抱えて



 ……。


(いない。気配がしたと思ったのに、勘違いだったのだろうか)


 学園の敷地を歩く彼は考えていた。

 

 彼は本来はそんな場所にいるべき人間ではなかった。


 もっと血なまぐさい場所にいる人間で、子供達に囲まれて平和の世界で生きる様な……そんな日の当たる場所で生きられる人間ではなかった。


 故に彼は居心地の悪さを感じていた。


 その感覚は表面に出て、周囲の人間への八つ当たりへと変わっていく。


 端的に言えば不機嫌になっていた。


 彼は、何故と思う。


(なんで、俺がこんな所に来てまで、そんな事をしなくちゃならないんだ)


 だが、疑問は言葉にならない。


 それは、表に出して良い事情ではなかったからだ。


 ……。







 中庭


 日々はあれから少し過ぎた。

 フェネリーが授業後の日課の掃除や窓開けをさせられるようになってから少しばかり時間が過ぎ、夏の季節となった。


 クゥに色々言われてやっている現状は変わらずで、フェネリーは今日も悪戯と言う名の親切心を働いている。


 校舎内でする事を終えた後、学校の庭にある花壇に水やりをしに動く。

 暑さにやられそうになる体を動かして、外へ。


 夏になると連日の猛暑や太陽熱で草花がやられてしまうので、学園の庭にある花壇には通常よりも多めに水を撒いてあげなければならなかった。


(水は多め、多め……っと)


 忘れないように心の中で呟きながら用具を探して、水をくむ。

 そして、色とりどりの植物へと水の恵みを与えて回って行った。


(うん、みんなまだしおれてない。この分なら大丈夫そう)


 フェネリーは、綺麗な花に囲まれてるとちょっと和むので、この時間が比較的好きだった。


 ちなみに、校舎内で行動している時はいつも傍にいるクゥだが、面倒くさがって外にはあまり出てこないのだ。小さな内から大変な引きこもりだった。


(不健康にならないのかな……)


 と、そこまで考えてクゥは人間ではなかったと思い出す。


 物理的な体を持つフェネリー達とは違って、聖霊は病気になったりはせず、怪我をしてもすぐに直せてしまう。とても頑丈なのだ。


 だから、人間にするような心配は不要なのだが、見た目が見た目なのでついついフェネリーは忘れがちになってしまう。


 そんな考え事をしながら、今日もフェネリーはいつも通り一人きりで水撒きを完了させる。しかし癒されつつもフェネリーは、寂しかった。花で癒されてもぼっちは変わらない事実だからだ。


「何、おまえ何してんの? こんなとこで水なんて撒いたりして」


 そんな風にしていると、男性が一人近寄って来て話しかけてくる。

 緑の教員服を着た、白髪の男。

 髪に一房だけ赤く染めてある部分があり、不良の様な見た目の人だ。


 その人物とフェネリーは春に一度出会っているのだが、それからも頻繁に両者は顔を合わせていた。なぜなら、彼はそれから数日後にこの学校の教師になって、勤める事になったからだ。


 かくかくしかじか、とフェネリーが水巻の成り行きを話せば返ってくるのはトゲトゲしい反応だった。


「は、で? 泣きながらあの聖霊魔女の悪戯に今まで付き合わされてた? 嫌なら何で断らないの? 馬鹿じゃないの、お前」


 見た目がきつそうに見えるなら、性格も裏切らない。

 彼は凄く口が悪くて意地が悪かった。


「う、うぅぅぅーー!」

「うう、じゃ分かんないんだけど」


 フェネリーは激しく憤った。

 それはもう憤りという文字の見本の様に憤った。


 寂しく水やりしていただけなのに、出会った教師にいきなり罵倒されたからだ。フェネリーは、そんな事になればだれでも一つや二つの憤りを表明したくなるはず、と思っていた。


 そんな刺々しい態度をする男の名は、王国軍の人間で王立学校の臨時教師、リコット・リリアンミジェット。


 王立学校にて病気で入院する事になった教師が出たため、その代わりとして学校に勤めるこなっていた。フェネリー達に魔技を教える人間だった。


 クゥとは先日知り合ったばかりで、その時は知らぬ間に図書室に住み着いていた魔女の存在に驚いた後、火山の噴火の様な怒り方をしてみせていた。


 だがリコットはそうと知った後でも、なぜかクゥを追い出そうとはしない。

 それは教員が規則違反を咎めないのと同じ事。

 フェネリーにとってはとてもよく分からない現象だった。


 そんな内心を知ってか知らずか、リコットはフェネリーを見下ろしながら、さらに口を悪くする。

 それは暴言の嵐だった。

 フェネリーは瞬時に、降りそそぐ雨で風邪を引きそうで、吹きすさぶ暴風で飛ばされてしまいそうになった。


「お前、クゥが嫌なら友達やめれば?」

「クゥ様がいなくなちゃったら、友達が……」

「ぼっちでも大して変わんないだろう。一人がゼロになったくらいでさ」

「うぅーー」

「だから、ううじゃ分かんないんだって。俺は翻訳機じゃないんだから」


 フェネリーは心の中だけで言い返す。

 猛烈な勢いで言い返す。


(「たった一人」と「一人もいない」では、言葉は似てるけどすっごい差があるのに!)


 フェネリーは、せっかくできた友達を失くすぐらいだったら、我慢した方がマシと考えていた。


(だって、クゥ様可愛いし。見てる分には癒されるし)


 リコットにかけられた言葉でフェネリーは、現実の自分をとりまく状況を否応なく思い返してしまっていた。

 学校に通っているのに、学び舎では友達が一人もいない。これからもずっとぼっち。

 そんな現実を。


「お前のせいで時間使った。どうしてくれんの。これから魔技を使った明日の授業の予定立てなきゃいけないのに」

「ご、ごめんなさい」


 すでにお分かりだろうが魔技とは、その辺にいる精霊から力を借りて行使する魔法の事だ。


 簡単なものなら炎や、水など。難しいものだったら、空間移動など、様々な事ができる。

 今でこそその魔技は、簡単な呪文を唱えて行使できるようになっているが、大昔……クゥが言うような戦争があった頃は、いちいち大きな魔法陣を一回ずつ描かなければいけなくて大変だったらしい。


 リコットは、その魔技について前任の先生よりもかなり詳しく教えてくれている。


 性格はアレだが教師としての力……人に教える技術はとても高い。分かりやすくて、要点が良く伝わってくるのだ。


 そんな授業の準備なら、それなりにやる事も多くあるのだろう、とフェネリーは考える。


(ボクのせいで皆の授業が大変な事になっちゃったら可哀想だし) 


 勉強がそんなに出来る方でもない、フェネリーでもリコットの授業は良いものだと、それがはっきりと分かるしろものだった。


「水やりなんかしてる暇があったら授業の復讐か予習でもしてたら? 落ちこぼれなんだろ」

「返す言葉もございません」


 で、そんな事を習う学校に通っているフェネリーの成績はこれまでの話で、またまたお分かりだろうが……すごくとてもこれ以上ない、といったくらいに超落ちこぼれだった。


 それも、ただの超落ちこぼれではなく、学校一の超落ちこぼれである。

 学費の高い王立学校に通って、お金のかかった最新の教育を受けているのが嘘の様な、超ド級の、奇跡の様なかなり見事な落ちこぼれ。


(お金をドブに捨てているようなものだとよく言われます。はい。……うぅっ)


 けどそれは単純に頭が悪いとかそう言う事ではない。

 魔技学校にいるにも関わらず、当然の事が出来ないのが原因だった。


 それは……。


 魔技を一つも発動出来たためしが無い、と言う事。


 入学して一度も出来た事がない。そう、たったの一度も。嘘みたいに思えるだろうが、ホントの話だった。


(全部実話です、はい。って、ボクさっきから誰に言ってるんだろ……)


 才能がない普通の人間でも、必ず一個か二個くらいは、使えるはずの魔技を……、なぜかフェネリーは全く使えない。由々しき問題だった。かなりの大問題。


 そういったわけで目の前には、フネェリーは学校で馬鹿にされるようになり、いじめられる事になってしまったという現実。


 フェネリーは、リコットの言う通りの人間……特技も長所もない人間だ。

 何かをすれば他の人間より何倍も時間がかかるし、手際も悪い。


 でも、だからってコレはない、と本人は思っていた。

 あんまりだろう、と。


「はぁ、冒険者になりたかったのになぁ」


 おっちょこちょいで、抜けている所があるとも言われるフネェリーだが、夢くらいは人並みに持っている。

 世界中を冒険して、色んな所に行きたいと、そんな夢を。


 だが、魔技が使えないのならできるかどうか分からない。


 いや、ほとんど無理だろう。

 絶望的だ。


 旅は危険が付き物である。

 何の力もない人間が、冒険者などやっていけるわけもなかった。


「魔技も使わないで、山登りとか渡航とか絶対無理だよぉ」


 ただでさえ元のスペックも低いフェネリーが最初の冒険をこなせる確率は、限りなく低い。


「うぅ、努力しても成果が出なかったら、頑張る意味ってあるのかな」


 魔技の使えない落ちこぼれ。フェネリーの立場と評価は、おそらく明日もこのままだろう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る