第3章 不思議な歌とふわふわ



 王都 居住区


「ただいま、ユーリィお姉ちゃん」


 一日の授業+クゥとの触れ合いを終わらせて帰宅したフェネリー。


 家に帰った後は、鞄を置いて身支度をぱっと整え、台所へと向かう。

 そこには夕飯の準備をしている先客、フェネリーの姉がいた。


「あら、おかえりなさい」


 帝都の隅、小さな小さな家の中。

 両親は幼い頃に、病気で亡くなっていて、家族と言えるものは姉のユーリィ一人だけ。

 だが、それでフェネリーが困っているという事はない。

 その姉が王宮に勤めている為に、普通の人より給料を多くもらっているからだ。


 その日も、普通の家の食卓よりはほんの少し豪華な夕飯たちが、鍋で煮込まれ、フライパンで焼かれていた。


(お手伝いしなくちゃ)


 フェネリーは手早く、エプロンを身に着けて手伝いに入る。


 そして台所の上と保管庫の中身をチェックして、今日の夕食メニューを把握した。


「今日は早かったんですね。フェネリー。忘れ物はしませんでした?」

「大丈夫、最近は忘れ物してないよ。学校から帰る時にチェックしてくれる子がいるから」

「そう、良かったわね」


 とりとめのない話をしながら、台所を行ったり来たり。

 フェネリーの料理は能では決して良いとは言えないもので得意ではないのだが、昔と比較すれば雲泥の差だ。何とか作るだけはできるようになっていた。

 というのも、姉のユーリィは基本的に決まった時間に家へと帰ってくるのだが、国の中心で働いているせいか、たまに不測の事態というものが起きてそれにかかりきりになってしまうのだ。


 当然食べれないと人間はお腹が空いて、死んでしまう。


(ちゃんと出来るまでは、ほんと大変だったなあ)


 苦労したが、フェネリーは否が応でも出来るようになるしかなかったのだ。


「前までは暗い顔して学校から帰って来ていたのに、最近はとっても嬉しそうですね。良いお友達が出来たようで安心です」

「クウちゃんは……そ、そんなんじゃないよぅ」


 未だに様付けを強要される関係だが、とひっそりとフェネリーは思う。


 姉であるユーリィはそんなフェネリーの交友関係を把握していた。最近付き合い始めるようになったクゥの事もばっちり知っている。


「うふふ、照れ隠しなのよきっと。仲良くしてくれているんだから、大目に見てあげてくださいね」

「そういうのなのかなあ」

「そういうものですよ」


 それは友達が少ないフェネリーにはよく分からない感覚だった。


 そんな風に考え事をしながらも、焦げ付かないように鍋の前に見張りに立ち、お玉でかき混ぜる。と……ふいに、台所についていた窓に光る球がほわん、と外からぶつかった。


「あ、いつもの子だ」


 フェネリーが窓を開けてやると、その光はほわほわと移動しながら室内へ入って来る。


 夜明けの空の色の様な、淡い紫。

 綺麗な綺麗な色の光の球。


 それは見た目は何らかの生き物らしき物体なのだが、具体的には言い表しようのないもの。よく分からないものだった。


 ある日唐突にフェネリーの前に現れて、こうして時々遊びに来る不思議な何か。


 フェネリーはその光の玉と、正体が分からないまま、もう何年も一緒に付き合っていた。


 友達のいなかったフェネリーには何にも代えがたい貴重な存在で、ユーリィに買って貰ったおもちゃを失くしてしまった時に慰められたり、ちょっとした事で怪我をしてしまた時にも寄り添ってもらったりした、大切な存在だった。


 なので一応は悪い存在ではない、とフェネリー自身は思っていた。


「クゥちゃんもよく分かんないけど、君ももっとよく分かんないよねー」


 フェネリーは目の前でほわほわ浮かぶ球をつついてみるが、それは楽しげに揺れるだけ。

 行動でおおまかな喜怒哀楽は掴めるがそれだけで、何かを喋れたりするわけではないのだ。


(お喋りできないの、残念だな)


 言語での意思疎通はいつもと変わらず不可。


「まあ、その子はフェネリーの友達一号さんね。また遊びに来てくれたのね」


 そんな光の球の存在に気が付いたユーリィが、言葉を掛ける。

 

 手元で具材をのせたフライパンがジュウジュウ言っているのを見て、フェネリーはハラハラ。

 家族は似るというが、その家族はまさにそうだった。ユーリィはフェネリーと同じでそそっかしくてドジな所があった。 


「この子と友達になった時くらいからよね。フェネリーがあの歌を口ずさむ様になったのは」


 ふと思い出したようにユーリィが喋って、フェネリーは思い至った。


「あー、そうだったね」


 そう、この不思議な生き物と付き合うようになってからフェネリーは何故かある歌を良く口ずさむ様になっていた。


 それは、この世界で有名な、力を持つ言葉と謳われる五大聖言ごだいせいごんによく似ているもので……。


 話題に上ったそれの言葉を、ユーリィが音に乗せていく。

 そんな姉の声を聞きながら、フェネリーは五つの加護に当てはめていった。


 世界に生きる物なら、一般常識として誰でも知っている歌が室内に流れる。


「眠れ、眠れや、星月よ、幻影よ」


 これは、破魔。悪しきものを打ち破る言葉。


「果て、遠く、仲たれども」

 

 次は縁。人と人とを結びつける力を強めるものだ。


「この手元てもと、舞い降りよ、光産みし幸福」


 示す通りに幸福。幸せを呼ぶもの。


「健やか足る、魂生たまいてや」


 無病息災、健康をもたらすもの。


「願い輝き、天へ至る」


 夢や大使の成就をもたらすもの、だ。


 だがフェネリーが歌うのは、一般に広まっているこの言葉とは少しだけ違うものだった。


「うーん、何でだろう。なんでボクのは違う歌なのかなぁ」

「不思議ですね……」


 本当に、その異なる歌は知らない間に口ずさんでいたもので、フェネリー本人にも理由がよく分からないものだった。


 そんな疑問に包まれた話題に二人が熱中しそうになるのだが、思考は一時中断。鼻を刺激してきた異臭によって現実に戻された。


 油が跳ねる様な音がフェネリー達の耳に入るようになった。


「「あっ」」


 フェネリーは鍋を、おそらくユーリィはフライパンを見つめて同時にがっくり。


 考え事に夢中になった代償は焦げ付いた夕食だった。


 今夜の夕食の時間、憂鬱になるのが決定した瞬間だった。


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