第54話「復讐の地(前編)」

 ──戦車前へパンツァーマルシュ


 ナセルのよく通る声が堀に反響する。

 それに答えた戦車が猛然と渡河を開始した。


 ギャラ、ギャラギャラギャラララララ!!


 ナセルが何も指示することなく、ドイツ軍はキビキビと動いている。


 そして、あっという間に堀を突破。

 ギシギシと危うい音を立てながらもナセルの載るパンター戦車は橋を渡り切ってしまった。


 あとはもう蹂躙するのみ。


 目の前に広がるのは王城へ続く内庭と、かつてナセルが勇者コージと決闘した閲兵場が広がっているだけ。

 燃え盛るのは付帯施設の簡易教会やら家臣の家屋。それらは城壁の内側にへばりつくように建っているが、そんなものに興味はない。

 

 ナセルが目指すのはただ一つ。

 そう、その先の────王城がただ一つ!!


 復讐に燃えるナセルの視線の先に捉えられた瀟洒な建造物は、今や本当に無防備な状態で晒されている。


 その他の付帯設備は既に砲兵と戦闘爆撃機によって瓦礫の山と変えられていた。


 今やここにあるのは、国王がガタガタ震えているであろう王城があるのみで────散発的に近衛兵らの残党が挑んでくるが、そのほとんどが負傷兵でなんら脅威を感じない。


「さぁ、あと一歩だ!!」


 かつて、国の中枢を司っていた王城近辺は瓦礫と化し、その中を戦車の履帯が鳴り響き、擲弾兵の軍靴が王城の庭を踏みしだく。


 さらには、上空で戦闘爆撃機ヤーボがブンブンと空を舞っていた。


 まさしく、航空機で一撃し、砲兵が耕し、戦車が蹂躙し、擲弾兵が占領する────これこそ、軍事のセオリーだ!


「はは……! こりゃ~王国では敵わんだろうな」


 無敵!

 無敵のドイツ軍!!


 それらを伴ったナセルは意気揚々と王城内部へ侵入する。

 もはや、阻む者は何もない!

 周囲には随伴の擲弾兵が危なげなく銃を指向しており、狙撃や予期せぬ不期遭遇に備えていた。


 さぁ、追いつけたぞ。どんな反撃をする?

 あるいは逃亡か? どこに逃げる?


 それとも、そろそろ命乞いか?


 ──ははははははははははッ!!


 どれもこれも楽しみでしょうがない。 

 ナセルは興奮で、ブルブルと体が震えるのを感じた。


 野戦軍を撃破。

 最後の防衛戦すら突破。

 堀を無くして防ぐものなど何もない。


 ──さぁ、国王陛下どの、あとはどんな抵抗を見せてくれる?


 さぁ、

 さぁ、

 さぁ!!!!



 ────さぁぁああ!!!!!



 すぅぅうう、

「もう、逃げられねぇぞ! 城の隅でまぁるくなって、怯えているがいいッ」


 殷々いんいんとナセルの絶叫が城中にこだます。もはやどこにいてもその声は届くだろう。

 王城内は安全圏ではなく、既に魔女の釜だ。

 いや、ナセルの怒りの坩堝るつぼか……。


 そういえば、

「ほとんど敵の攻撃がなくなったな?」


 城門を突破するまでは時折激しい反撃があったのだが、今はそれもほとんど途絶えている。

 負傷兵の死体を除けば、王国軍の死体をほとんど見かけない。つまるところ、駆逐したというより逃亡してしまったと見るべきだろう。


 パンター戦車のキューポラから顔を出したナセルは、乗員から受け取った双眼鏡を手にして、ナセルたちがいる前庭から少し離れた王城を確認する。


(ふむ……?)

 王城には何の動きもない。


「必死でバリケードでも作っているのかな?」


 ふふふ……。

 無駄なあがきを──。


「微速前進! 擲弾兵を押し潰すなよ!」

了解ヤボォル


 擲弾兵を随伴し、ナセル達は再び前進開始。


 城壁に囲まれた城内をドイツ軍が往く!


 前庭が続々と集まるドイツ軍によって軍靴で踏み散らかされていく。そして、次は閲兵場だ。

 普段は洒落た庭として、来訪者の目を楽しませるべく、種々様々な花が咲き乱れていたのであろう。

 丈の低い生け垣などが植えられており、季節外れの小さな花が顔を見せていた。


 ギャラギャラギャラ!!


 ナセルの指揮する戦車は無造作にその花と生け垣を轢断していく。

 さらにはドイツ軍の軍靴が芽吹いた新芽をも蹂躙していった。


 ザッザッザッザッザッ──!!


 周囲は閑散としており、ナセル達の攻撃の余波で、燃えている構造材が爆ぜる音だけが響いていた。


 ザッザッザッザッザッ──!!


 普段は豪華絢爛を極めたであろう、勇者の国の王城────。それが今や見るも無残な有様だ。


 それが報い。

 それが大罪。

 それが歓喜だ!


 ザッザッザッザッザッ──!!


 何の感慨もなしに前庭を抜けたナセル達。

 そのあとにはぐちゃぐちゃのドロドロになったかつての庭が残るのみ。


 そういえば───ナセルがここに足を踏み入れたのは、実際のところ数えるほどだったな……と、ふと思い出す。


 かつて王国軍に所属していたころ、野戦師団に配属される日に国王から閲兵を受けた時────。


 そして、勇者コージと無理やり決闘させられた日────。


 最後は、本日。

 今日この時。


 ドイツ軍を召喚し、王城を瓦礫に変える日の────3回だけだった。


 そして、次は二度と訪れないだろう。


 なにせ、今日────そして、本日王城は消えてなくなる。跡形もなくな……。


 最後に見納めよう。


 色とりどりの花が咲き乱れ、美しいカラーで彩られた庭園。

 ──今は、砲弾で鋤き返され。戦車の履帯キャタピラで掘り返され。爆撃で吹っ飛んだ人馬の臓物が満遍なく敷き詰められている。


 豪奢な建造物で溢れ、重臣や高名な騎士が住んでいた家屋。

 ──今や、ロケット弾の集中射撃を受けて燃え盛るのみ。家人や奴隷らですらその攻撃からは逃れられなかったのだろう。


 広く、清潔で、荘厳な閲兵場はかつて大勢のつわものが並び、魔王を倒せと号令されたもの。

 ──今は、見るも無残に大穴が開き──1tクラスの大型爆弾が開けたクレーター周りには近衛兵団の主力がバラバラになってぶちまけられている。


 いくつもの尖塔が立ち並び希少な大理石らをふんだんに使った城は白亜に輝き堅牢さと美しさが見事に調和し、これぞ勇者の国の城に相応しいと思わせるに十分な迫力と美麗さに溢れていた。

 ──今から、そこは瓦礫の山と化すわけだが…………。


 ザッザッザッザッザッ──!!

  ザッザッザッザッザッ──!!

   ザッザッザッザッザッ──!!


前へフラー! 前へフラー! 前へフラァ!!」

前へフラー! 前へフラー! 前へフラァ!!』



 ──前へフォー前へマルシュ前へぇぇぇええフゥゥゥラァァアア!!



 ザッザッザッザッザッザッザッザッザ!


 

 ドイツ軍が前進する。

 ファンタジーを前進する。

 

 ドイツ軍は前進する。

 ファンタジーに前進する。

 

 ドイツ軍も前進する。

 ファンタジーと前進する。



 ザッザッザッザッザッザッザッザッザ!



 あり得ない光景と、あり得ない景色と、あり得ない風景。

 黒衣の軍勢が、戦車と機関銃を手に剣と魔法の世界を蹂躙する。


 思い出したように現れる王国軍の兵士が果敢に斬りかかるも、集中射撃を受けて蜂の巣にされる。


 遠距離から仕留めようと詠唱を開始した魔術師が、遥か彼方から砲弾で吹っ飛ばされ四散する。


 阿鼻叫喚、阿鼻叫喚!!


 王城はもはや蹂躙されているのだ!


 7.92mm銃弾と75mm砲弾がそこかしこに撃ち込まれ形あるものは半壊し、生きとし生けるものはズタズタに引き裂かれる。


 金切り声を上げる短機関銃シュマイザーが逃げ惑う負傷兵と召し使いどもを撃ち倒し──。

 庭園の小洒落た東屋が砲弾の破片を食らって倒壊していく──。

 その影にも王国軍は潜んでいたらしいが、装備が無造作に遺棄されているのみ。


 ……すでに人の声も間遠くなってきた。


「全滅……いや、────逃げたな?」


 最強と名高い近衛兵団がいたはずだが、連中はどこに?

 まさか、野戦で全滅したはずがない。多少は生き残りがいるだろう。


「いや……本当に全力出撃だったのか? 城の居留守すら残さず……?」


 ……あり得ない話ではない。

 ……ならば近衛兵団は無視して良い。


 ナセルには判断がつかないものの、戦車に工兵と装甲擲弾兵中隊がいる。

 いまさら満身創痍の近衛兵団が出てきたところで、どうと言うことはないだろう。


「……さっさとケリをつけるか」


 城兵がいないなら好都合だ。

 城ごとぶっ飛ばしてやろうと思ったが、まずは居場所を探し出して掃討する必要があるかもしれない。


 国王の顔を見て、再び思いっっっっっきりぶん殴らないと気が済まないからな!


 さらにあの小汚ないケツを月までぶっ飛ばさないと。




 それから、

 あれとこれと、それとあれと、──いっっっっっぱい! やってらやらねば、溜飲は下がらない!






 そうとも!


 ────ナセル・バージニアは意趣返しにきたのだ!!!

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