第23話「報いを受けろッ!!」


 ──神など、いない!!


 ナセルはハッキリと言いきった。

「お前は知らない! ──お前らは知ろうとしない!」


 ギリギリと握る拳に力が籠る。


「俺も祈った。願った。縋った。毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、まいにちなぁぁぁあ!」


 握りしめた拳に爪が食いこみ血があふれる。


「神に祈って、願って、縋って……それで助けは来たか? 祈って聞いてくれたか? 願いをかなえてくれたか? 縋って救ってくれたか? ………………そんなわけねーーーーーだろ!!」


 そうだ。


 両親を助けてくれ、

 リズを救ってくれ、

 大隊長を生き返らせてくれ!!


 そう願った!

 祈った!

 縋った!


 あの寒い日も、

 あの痛い日も、

 あの辛い日も、


 毎日、毎時、毎分、毎秒、欠かさず──────。


「でも助けなんて来ない! 神はいない! …………あるのは怒りだけだ!!」


 そして、


 助け、

 救い、

 縋らせてくれたのは、



「──ドイツ軍だ!!!」



「お、お黙りなさい! 神はいます。ここにいます! おお、聖女さま、おおお神よ──!」


 聖女の像に向かって手を伸ばし、助けを乞う。

 拷問官とともに神に、そして聖女に祈りを捧げる。


「私は今までアナタに仕えました──アナタに尽くしました。だから、どうか!!」



 その願いは────。



「神官長!!」


 聞き──。


「お、……おおおお! 神よ、感謝します!」


 神官長が喜色を浮かべる。

 その視線の先には応援を呼びに行った、あの神殿騎士がいた。


 彼がいるということは────!


「よくやりました! 神殿騎士団の招集が終わったのですね!? は、はやくあの男と、その徒党を駆逐なさい!」


「…………いや、その……無理です」


 …………。


「はい?」

「その………。皆は神官長が死霊使いネクロマンサーだと申しておりまして……その、」


 な、なに?


「──全員逃げました……」


「ば、ばかものぉぉぉぉぉおおお!!」


 状況も忘れて怒鳴り声をあげる神官長。

 しかし、当然のことだろう。


 神聖なる教会の周りから死体が起き上がって闊歩する。

 それを操っているのが教会のボスだ。


 穢れを祓い、清貧で静謐なる教会に──真逆の存在たるアンデットだ。


 どうみても、教会のイメージとは異なるし、

 むしろ魔王の所業だと言っても、みんな納得するだろう。


 さすがにこれは──。

 ……ちょっとばかり言い訳はできない。


「も、もうしわけありません。ですが、その────」


 神殿騎士は、ガラランと、兜を脱ぎ捨て──教会の印章の入った武器等もその場に投げ捨てた。


「自分も逃げた彼らと同意見です……。あれが本物の神殿騎士団・・・・・・・・ですか……失望しました」


「な!? ば、ばかな! ……いや、その、」


 神官長はここに至り、自分の求心力が全て無くなったことを感じ取った。

 今ここで罵倒しても神殿騎士の信頼は取り戻せないだろう。


 それどころか、逆に異端扱いを受ける可能性もある。


「……あ、あれは言葉の綾だ。私はもちろん君たちを信頼しているよ、うん」


 ニコォと笑うも、胡乱な表情の神殿騎士は──。


「もう話すことはありませんな。では、これにて──」


 ガラァンと最後に鎧をも脱ぎ捨て、市井の姿となった神殿騎士は背を向けて去っていった。


「そ、ちょ。ちょちょちょちょちょ──」


 待ってくれ~と手を伸ばす神官長だが、


「……お友達はいなくなったみたいだな」

「ぐぬ! ま、まだです! まだ私には信仰心が、そして、か、神が、ま、まだ神がおられます!!」


 バン! 聖女の像を叩き、強気の姿勢を崩さない。


「はっはっは! じゃー最後まで祈ってろよ──」

「む、むろんです! 神は必ず救ってくださる!」


 あほらし……。


「見ものだぜ。いつ泣き出すのかがな」


 ナセルはそう呟くと神官長の繰り言に付き合うのもバカバカしくなってきた。

 もう、淡々とコイツをぶっ殺してやりたいところだが、そう簡単に死なれても困る。


 すくなくともナセルが味わった屈辱のほんの少しだけでも味わってほしい。


 まずは、奴がご執心の神様とやらだな。


 どれだけ信頼できることやら。

 神なんていやしないぜ。


 それを今から見せてやるッ。


 Ⅱ号戦車の砲塔に懸架されている大砲の操作部に取りつく。

 Ⅰ号戦車のMG13二丁とは違い、こいつには20mm機関砲と7.92mm機関銃が並列で装備されている。

 

 20mm機関砲──その威力は、7.92mmを遥かにしのぐのはご覧になったとおり。


 ならば試そう、とナセルは照準を覗き込む。

 20mm機関砲は神に届くのか?


 目の前にそびえる聖女像を見て思いついたのだ。 


 神を信じる盲信者と、

 神を信じなくなった異端者。


 その二つが激突すればどうなるのか?


 神が祈りを聞いて、信者を助けるなら──。

 20mm機関砲はことごとく弾き返されるだろう。


 せーの、

「じゃ~、ドカンと行くぜ」


「──おおお、天にまします我らが神よ、」



 照準にあわせて砲塔を回転、そして砲の仰角を付けていく。

 狙う先は聖女像の顔だ。



 神様がいるなら、反撃してみろよ!

 お前らの偶像崇拝の象徴たる、聖女さまのご尊顔をぶっ飛ばしてご覧あそばせよう。


 神様とやらは、聖女のご尊顔を守ってくれるかな?



 さってっと───。



 すぅぅぅう、

「ぶっとべやぁぁあ!!!」



 気合とともに、ナセルは機関砲を発射する。

 その途端に────ドゥカンッ!


「ひぃぃ! おおお、神よ神よ!! 私をお救い下さい──」


 空気を揺るがす大音響のあと、聖女像の顔が木っ端みじんに吹っ飛んでいく。



「ひゅー。……やっぱ、スゲェ威力だ」


 撃ってみてナセルも驚いた。

 人間が木っ端微塵になるのも凄いが、まさかいかにも固そうな像もぶっ飛ばしてしまうとは……。


「か、聖女様の顔が! な、なんていうおぞましい事を! お、おやめなさい!! なんという罰あたりなことを!! おおおおお、神よ! この異端者に天罰を! ──はやくッ!」


「あっはっは、どうしたどうした? 神様とやらは随分寛大だな。手下の聖女さまの顔面吹っ飛ばされてこの反応」


 ほらほら?

 天罰とやらはどうした?


 20mm機関砲を止めて見せろ!!


「ぐぐぐ、神よ──」


 さぁ、次だ次だ!


 ドゥン、ドゥン、ドゥン!

 命中! 命中! 命中!!


 ガラガラガラ! と砂ぼこりとともに、顔面がボッコボコになって小さくなる聖女さま。


 さらには首が吹っ飛び、肩が砕けて腕が落ちる。

 もちろん聖女像のことだ。



「ああああああ! 神よ、神よ、神様ぁぁ! てめぇも祈れやボケェェエ!!」


 ゴキン! と腰のはいったストレートを拷問官の顔面に叩きこみつつ、器用に祈って見せる。


 ひゅー、いーパンチ。


 ばらばらと降り注ぐ瓦礫に、傷だらけになりながらも祈り続ける神官長。

 中々強情だ。

 さすがは聖女教会の大幹部。


 だ・け・ど、まだまだこれからぁぁあ!


 あ、そーれ、

 ドゥンドゥンドゥンドゥドゥドドドドドドドドドガン!!


 凄まじい轟音を立てつつ、20mm機関砲が唸りをあげて破壊の嵐を撒き散らす。


 命中に次ぐ命中!! 次々に着弾しては聖女の像を削りとっていく。


 胸、腹 腕、腰ぃ!


 徐々に穴だらけに、かつ小さくなっていく聖女像。

 それと共に飛び散る破片の量も凄い。


「神よ! 神様ぁ! いでー、神ぃぃ!」 


 ドドドドドドドドドドドドドドドドドゥン!!!


 まだまだぁ!

 まだまだまだまだ!!


 さっさと20mm機関砲を防いでみろや、神さまよぉぉ!


 そんなにのろのろしてんじゃ、聖女さまは足裏だけになっちまうよ?


 ほら、ほら、ほらほらほらぁぁぉ!


 腰、足、股間、膝ぁ!


 上半身は倒壊し、物凄い轟音を立てて消え去った。

 濛々と立ち込める砂埃に、息も絶え絶えの神官長。

 拷問官も渋々付き合っているが、ウンザリしている様子が見てとれた。


 実際に、神官長も拷問官も身体はもう生傷だらけで真っ赤っか。


「神ぃぃ! 何やってんだよ! 祈ってるだろ! 助けを求めてるだろ!」


 まだまだぁぁ。

 ドゥドゥドゥドゥドゥドドドドドドン!!!


 膝、腿、踝、踵ぉ!!


 腰より下も穴だらけ、神官長は必死になって祈っているがもう聖女像の面影はない。


 さらには、時折掠める20mm砲弾に肉を削がれていく神官長。


「いだいいだい!! 神ぃぃ! あああああ! さっさと助けろボケェ!!!」


 はいはい、おーわーりぃ。


 ドゥガガガガン!!


 残った膝より下もボッロボロになって木っ端みじん。


 ぶっ飛んだ破片に頭を打たれて血だらけになる神官長。

 その形相は動く死体リビングデッドとそう変わらない。


「ぎゃああああ!! いでーーーー!! ふざけんなよ神よぉぉ! 何かしろよボケェ!」


「わっはっはっはっは! どうしたどうした? 神様はどこにもいないみたいだな?」


 戦車から出ると、MP40短機関銃だけを手にしてナセルは神官長の前に立つ。


 いや、立つと言えば語弊がある。


 神官長の体は破片と砲弾の至近弾によってズッタボロ。

 ピクピクと動いているがもはや死に体だ。


「あーあーあー……ションベンもクソも漏らしまくってんじゃねーか、くせぇぞ──神官長さん」


「ぐぐぐ……おのれぇ」


 顔だけをナセルに向けて唸る神官長。


「で────……神様はいたかい?」

「ほ、」


 ん?


「ほざけ異端者がぁぁぁ!!」


 突如ガバリと起き上がった神官長。

 手には錫杖が握られており、金属のそれは実に硬そうだ。


「ノコノコ前に出てきやがって、舐めるな! これでも元は神殿騎士団だ!!」


 最後の力と言わんばかりのそれ。 

 ブォンと振り抜かれる錫杖をナセルは危うく喰らいそうになる。


「あっぶね! ッッの野郎ぉ!」


 躱しざまに体ごとぶつかる様にMP40の台尻で神官長の顔面をぶっ叩いてやった。


「あびゅ!」

 ブシゥと鼻血をふき出した神官長は半分白目をむいてぶっ倒れる。


 錫杖を奪い取ると、連続射撃で真っ赤に焼けた20mm機関砲の銃口に突っ込んでおいた。





「さぁって、お楽しみの時間はここからだ」




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