第6話「失われた呪印」

「よせ! やめろッ! 俺がなにを────」


 ナセルは四肢を取り押さえられ、なす術ない状態で転がされていた。


 その前に立つ人影は──、

 聖女信仰を標榜する王国内の一大勢力。そして、世界に広まった聖女教会の、その幹部の地位に君臨する神官長。


 彼は聞き取れないほどの小声で真言を唱えつつ、目を閉じて神と化した聖女に祈りを捧げる。


 邪悪なる魔族を滅せんと──。


 神官長がゆっくりと手にしたのは、真っ赤に焼けた焼き鏝。

 教会のシンボルを焼き付けるそれは印章程度の大きさ等ではなく、ゆうに大人の掌ほどはある。


 いや、それよりもさらに大きい


 そ、

 それを──────、


「や、やめ──────がぁぁぁぁぁあああ!!!」


 ジュゥゥゥウウウウ……!


「──────かぁぁぁぁ……!!!」


 肉の焼ける匂い。

 それは、焼きごてを押し付けられる匂いだ。


「異端者よ、胸に神の教え──そのシンボルを描ける光栄に浴したことを感謝なさい」


 グリグリグリ。


 輪っかの中に十字の印章。それが真っ赤に焼けて、今ナセルの胸に押し付けられている。


「──ぁ──ゥ────ッッッ!!」


 バタバタと暴れるナセルの胸に深々と刻まれたソレは、ジュウジュウと音を立てて肉と皮膚をコンガリと焼き上げた。


「もう少し焼き付けましょう。腐った魔族の性根を追い出すために!」


 ────────ッゥゥウウ……あがぁぁぁ!!!


 周囲の皮膚すら沸騰せんばかり……。

 既にすべてを失った彼の胸には教会のシンボルマークが焼き付けられ──そして、その下には彼の人生そのものである呪印が………………。

 そこには、もはやボロボロに焼き崩れた召喚術の呪印の成れ果てがあるのみだった。


 あぁ……。

 なんという──。


 『ドラゴン』の文字は焼き解けてグチャグチャ。

 辛うじて『ド』の文字だけが見えるが……他の三文字は焼け溶けてしまい読める文字になっていない。

 

 ──ド&%$……。


 『ド&%$』では、二度と『ドラゴン』は呼び出せないだろう。



 ナセルに残った最後の財産。召喚士の『呪印』は、今──こうして失われた。



 異端者とは、

 魔王にくみするものや──その地に住んでいたもの、あるいは帰順者元魔王軍を指す。


 また、

 最初から、あるいは一時的にでも教会の教えを捨てたものは、全て異端者とされる。


 その場合、財産を始め、王国のあらゆる権利を失う。


 それは婚姻関係も同様で、果ては国籍すら書類上はなかったことにされるという。


 残されたのは命だけ。

 辛うじて国内に住むことは許されているが、もし異端認定された場合は初犯であった場合でもこの罪状だ。


 二度目に異端認定された場合は、最後に残った命をも奪われるという。


 そして、ナセルは閲兵場で衆目の目がある中──神官長自らによって焼き印を押し付けられ、王がそれを追認した。


 勇者と聖女の子孫が築いた国──。

 それに背くことはタブーであり、反逆なのだ。


 こうしてナセル・バージニアは、築きあげたもの全てを失った。


 ──だがこれで終わりなどではない。


 激痛で意識を失ったナセルは、ボロだけを纏った状態で、王城から再び牢屋にたたき込まれて、ゴミのように打ち捨てられた。


 最後に意識を失う瞬間に、絡み合うコージと妻──いや、元妻のアリシアがナセルをせせら笑っているのが見えた。



 あ、

 アリシ……ア。


 アリシア……。


 アリシアぁぁぁぁあああ!!!


 …………。


 ──ナセル・バージニア。

 何一つ悪いことをしていないというのに、……アリシアを気に入った勇者が、ナセルを邪魔に思ったというだけ。


 たったそれだけのこと。


 そして、そのアリシアもナセルが意識を失う直前に見せた表情といえば、ほんの僅かばかり……ナセルに悪いと謝りつつも────その目は快楽に溺れていた。

 と同時に、勇者の持つ財力、権力、武力に憧れる俗物のそれをしていた。


 愛欲だけではない。

 アリシアは明らかにコージが持つすべて

 勇者に媚びへつらうギルドマスターと同じ目をしていたから……それだけは確信できた。


 だから、意識を失う最後の瞬間に、一言だけ────、


「お、覚えていろ──ビッチ…………」

 こんな女を愛した俺が愚かだったと──。



 だが、ナセルはまだ知らない。

 異端者であり、国家反逆罪の彼に課せられる運命は────まだドン底の上部うわべさらったに過ぎない。





 本当の煉獄はこの先にある……。




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