第5話「勇者vsドラゴン」

「冒険者ギルド──そして妻本人の証言もあり、ナセル・バージニアと、その妻アリシアとの婚姻には疑念あり!」



 神官長が言い切る。


「そして、それを弾劾しようとした正義の勇者コージに対する暴行などあってはならんことだ!」


 ダン! と立ち上がり、ナセルを指さす。


「よって、ナセル・バージニア貴様を一級犯罪者と認定する!」


 ば、


「バカげてる……」


 途中でこの茶番劇に気付いたナセルは、もはや激高する気もなかった。

 ただ、悔しさと腹立たしさ──。

 そして、

 愛していた妻アリシアに対する呆れと憎しみと、

 勇者コージへの怒りと憤りしかなかった。


 コージぃぃ……。


 ギルドに頼まれて居候させてやった挙句に、他人ひとさまの若妻を寝取って、

 ──挙句孕ませただとぉ?!

 そして、夫が邪魔になってきたから排除する……。





 クズだろう?





 しかも、権力と言うか、立場を最大限使ってあることない事でっち上げ。

 オマケにアリシアまで、勇者コージの雌に成り下がって俺を貶める。


 この時点で俺の人生は終わりだ。

 国王も教会も──ギルドまで抱き込んでいる。


 アリシアに至っては現在進行形でコージとイチャついている始末。




 終わった……。




 ドラゴン召喚士サモナーとしての華々しい戦果と功績も……。

 退役してからも、コツコツ積み上げてきた冒険者としての戦歴と実績も……。


 ──全て終わった。

 権力が敵に回ったのだ。


 こればっかりは、どーーーーーーしようもない。


 だけどな、


 だけどなぁぁぁぁ! 



 勇者コージぃぃぃ!


 テメェはぁぁぁ、

 一発……ぶん殴らねぇと気がすまねぇぇ!!




「ふぃぃーーー……終わった?」


 コージはと言えば、アリシアとイチャついて肌が艶々。若干の賢者タイムに突入したかのような晴れやかな顔で宣う。


 うっとりとしたアリシアの頬を優しげに撫でると、アリシアの体を労るように優しく横に寝かせると、普段着のまま聖剣を担いで見せる。


 その顔といったら一仕事終えたみたいな顔。


 ナセル達を見回すと、ニカーっと笑ってツヤツヤしていやがる。


「うむ……あとは、刑をどうするかじゃが────」

「第一級の国家反逆罪ですからね……ただまぁ、初犯ですし、ほぼ未遂。それにこれまでの功績もありますからな」


 思案顔の国王と神官長。


「殺しちゃダメなのか?」


 エビフライちょうだい、みたいな軽いノリで言うコージ。


 こいつは────!!

 今まで散々世話になっておきながらッ!


 もう、我慢ならねぇ……!

 我慢ならねぇぞ!


「クソ勇者のコージよぉ……俺の中古の使い心地はよかったか? ああん?」


 そう言ってアリシアと勇者コージを同時に詰ってやった。

 しばらく一緒に生活していたんだ。

 こいつの性格は熟知してる。


 …………クソみたいなプライドの塊で沸点が低い。おまけにアホだ。


「んだとテメェ……」


 ほら乗った。

 

「何べんでも言ってやるよ。俺の中古品アリシアは────具合がいいのかってな!?」


 ツカツカツカ、

 ドスゥ!!!


「ぐぅぉ……」

 ナセルは額に受けた蹴りに息が詰まりそうになる。


 安い挑発に乗った勇者コージの蹴りだ。


「上等だオッサン。ボッコボコにしてやるぜ」


 そういうと、ナセルを組み敷いているギルドマスターを蹴りどかし、無理やりナセルを立たせるコージ。


「ゆ、勇者よ? 何をしておる?」

「勇者様? き、危険ですよ!」


 勇者の行動に意味が分からずオロオロする王様と神官長。


「オッサンよぉ~……俺が居候し始めた頃みたいにまだ弱いとか思ってるんだろ?」

 そういうと、王国の財宝である聖剣を抜き出し、シュパンと一振り。


 正確な軌道でナセルの足枷を切り裂いた。


「いいぜ~……惚れた女を手にいれるなら、こうやった方が様になるわな」

 

 斜に構えて聖剣をユラ~リ、イケメン野郎の特性か……悔しいが中々さまになる。


「おらぁ! 決闘ってやつだよ! いーだろ! 王様」


 コージは周囲を護衛している近衛兵から適当に剣を拝借するとナセルに投げ寄越す。


「う、……うむ。そ、そうさの。……暴行されたのだ。命は無事だが、決闘の権利──ごにょごにょ」


 なんかブツブツ王様が言ってるが、もうナセルも勇者コージも聞いちゃいない。

 ナセルはナセルで、召喚術を封じ込める足枷が外れたことで、自由に召喚術が使えるようになっていた。


「おら! かかってこいオッサン」


 ちょいちょい手で挑発するも、そんなもんに引っかかるかボケ!

 俺の本気を見せてやる。


「コージよぉ。お前、……俺の本気を知らねぇな?」


 ニィと口の端を歪めるナセル。


 ドラゴン召喚士サモナーのナセルの噂くらいは知っているだろうが、実際に見たことはないはずだ。

 このクソ勇者は、ギルドからナセルの家に居候中も冒険に付き合ったのは最初に数回きりで、後は好き勝手にやっていた。


 だから、冒険者のイロハを教えるほどでもなく、ましてやナセルの本気の召喚術をみたこともない。


 それなら見せてやるのさ──俺の召喚術をな!!






「死んでも知らねぇぞ?」

「いいから、さっさとやれよオッサン」


 余裕の表情の勇者。

 聖剣で肩をトントンしてやがる。



 いいさ、


 見て驚け!!


 これが魔王軍との戦いで、数多の敵を焼き滅ぼしてきた俺の召喚術だ!!



 来いッ──。


「『ドラゴン』!!!」


 俺の叫びに応じるように、胸に刻まれた召喚の呪印が熱を帯びていく。

 それはボロボロの服の下からでもはっきりとわかるほど明々と燃える。


 『ドラゴン』のその文字────。


 そして、目の前に召喚魔法陣が現れて、下から湧き上がる様に召喚獣が現れた。




 真っ赤な体躯のそれは──────。




 高熱のブレスを主武器とするレッドドラゴンだ!!


 成り行きを見守っていた国王と神官長が驚嘆の声をあげる。

「おお! これが……」「ほぅ! 見事ですね」


 へっ! 舐めるなよ……。


 ブゥン! と、透明なガラス板の様な召喚獣のステータスが目の前に表示され、の者が俺の最強の召喚獣であることを教えてくれた。


 魔力最大充填──!


 出でよ最強種──────!!


ドラゴン

Lv5:レッドドラゴン(中)

スキル:火ブレス、吶喊、噛みつき、

    ひっかき、咆哮、etc

備 考:別名、炎竜。

    獰猛にして狡猾、非常に狂暴。

    強靭な鱗と鉄を切り裂く爪と牙。

    そして石をも溶かすブレスを吐く。


※ ※ ※:

Lv0→ドラゴンパピー

Lv1→レッサードラゴン(小)

    ドラゴンJr

Lv2→レッサードラゴン(中)

    アースドラゴン(小)

Lv3→レッサードラゴン(大)

    アースドラゴン(小)

Lv4→アースドラゴン(中)

    レッドドラゴン(小)

    フロストドラゴン(小)

Lv5→アースドラゴン(大)

    レッドドラゴン(中)

    フロストドラゴン(中)

(次)

Lv6→レッドドラゴン(大)

    フロストドラゴン(大)

    腐竜(小)

    ヨルムンガンド(小)

Lv7→????      

Lv8→????



 俺の目の前に現れたソレは、周囲を睥睨し近衛兵たちと王、神官長、ギルドマスターの腰を抜かせるには十分だった。


「ひぃ!」

 屈強な近衛兵も何名かが恐怖におののいている。


 だが、召喚せしドラゴンは興味ないとばかりに羽ばたき、ナセルの前でホバリングしていた。


 これが俺の召喚術だ!


 美しい赤をした竜燐のドラゴンは「クルルルルルルル」と低く鳴き、ナセルに首を垂れる。


「へ~……たいしたトカゲじゃねぇか。ドラゴンっていうには少々可愛すぎるがね」

 

 王たちとは異なり全く動じていない勇者コージは「よっこらせ」と剣を構える。


「ふん、余裕ぶるなよ────行けッ、ドラゴン!」



 

 ぐぅぉぉぉおおおおおおお!!




 耳にしたものを畏怖せんばかりの咆哮をあげたレッドドラゴン。彼は、ナセルの命に従いコージを喰らいつくさんと迫る。

 そこには、手加減などない。


 ナセルは今こそ、本気でコージを殺そうと────。


「ドラゴンってのは、もっとデカくて強いと思ったんだけどな──がっかりだぜ」


 竜の咆哮の中、平然とした勇者コージは軽~く剣を振ると、


「オッサンは、やっぱオッサンだよ。女も取られて、金も、地位もな────ぎゃはは、あとはどうなるかな?」


 ブンッッッッ!!


 振り下ろされた聖剣がナセルのドラゴンを──────切り裂いた! 


 ────え?


 ば、ばかな??

 俺のドラゴンが……いともたやすく!?


 断末魔の咆哮すら上げることも出来ずに、首がポ~ンと弾け飛び────地面にズシンと転がり落ちる……。


 それで終わりだった。


「あ」

「はい。しゅ~りょ~……本気で勝てると思ってたのか?」


 召喚した中でもナセルの最強のドラゴンがボロボロと崩れ去り、光の粒子になって消えていく。


 死んだわけではないが、術者の魔力を吸って生み出されたその個体は、術者の魔力が尽きるか個体を維持できないほどのダメージを受けると、こうして消えていく。


 これで終わり……。


 ナセルの魔力を込めた召喚獣は一瞬にして消え去り、彼の魔力と共に塵となった。


「終わりか? …………しょーーーもねーーーー」


 唖然とするナセル。

 預けられた剣を振るうなど思いもよらない程、…………打ちのめされていた。


 ナセルの家に居候に来た頃の勇者はと言えば、見込みはあるかな? と言った程度の駆け出しだったはず……。


「お、おお! さすがは勇者コージだ! あのドラゴンを一瞬で倒してしまうとは!」

「何と素晴らしい剣の使い手! 神はこの者に祝福をあたえたもうた! 神よ感謝します! 勇者に栄光を!!」


「さ、さすがは勇者ということか……まさかこれほどとは。彼に貢献できて冒険者ギルドも光栄です」


「「「「「勇者に栄光を!」」」」」


「コージ素敵……」


 王様、神官長、ギルドマスター、近衛兵たち……そしてアリシア。


 皆が一瞬でドラゴンを倒して見せた勇者コージを讃えた。

 そして、ナセルは再びの絶望にやられる。


 今日、全てを失った。


 捨て身の意趣返しの一撃でさえ────この男には通じなかったという絶望。


「あーあーあー……マジで今ので終わりかよ? よっわ!」

 ケラケラと笑い聖剣でチクチクとナセルを弄る勇者コージ。


「なーよー……王様、コイツどーすんの? 反逆罪でいいの?」


「う、うむ……。功績もあるし、冒険者としての実績もあるのだが、う~む──神官長」

「は、はぁ……。こ、殺してもいいんじゃないでしょうか。その、いやまぁ、不貞がどのこうのは、その──」


 二人してあーでもないこーでもないと言い張る最高権力者たち。

 実際、彼らの胸三寸でナセルの命などどうにでもなる。

 

 なるのだが……。おそらく、彼らも勇者コージの茶番のために、明らかに無罪の人間を処刑するのを躊躇っているのだろう。

 とは言え、慈悲心からではない。


 責任を負いたくないだけだ。


 この国では、国王にも教会にもどちらにも人を裁く権利がある。

 政治犯や、法を犯したものを裁く王。

 宗教的な概念により人を裁く教会。


 だが、彼らとて人の組織だ。コージやナセルの妻アリシア、そして冒険者ギルドの人間のどーでもいいでっち上げの証言など、本腰いれて誰かが調べればわかること。


 アリシアの不倫は明白だし、子供が生まれればソレは更に明らかになる。

 本当に勇者の血が入っていれば、子供には彼の他にはない外見的特性が現れるだろう。


 そして、勇者コージの間男っぷりは、ギルドでの暴露で明らか。ギルドマスターが情報操作しているようだが、結局のところ嘘を塗り固めているだけ。


 一番デカい穴が所があるとすれば、冒険者ギルドなのは明白。


 王も、教会も、この場合は調査に基づく結果により刑を執行したと言い張ればよいが……。どこで何が漏れるか分からない。


「う~む……儂のところはちょっとなー、処刑場も……そのなんだ──先客が多くて埋まっとってな、……教会の方でやらんか」

「わ、私のところとて、先の異端審問で色々とそのゴニョゴニョなんですよ!」

「いや、ほら、この前、免罪符の販売許可したじゃろう?」

「そ、それとこれは話が違います! って、それにアレは王とて税金かけてるじゃないですか!」


 あーだ、こーだ、わいのわいの。


 さすがにギルドマスターやコージも首を傾げている。

 サクっと殺してしまえばいいという物騒な考えのコージだったが、一応彼の待遇を保証しているのは国王で、後押ししているのが教会だ。


 蔑ろにはできない。今回も、コージのアリシア欲しさに仕方無く無理を言ってこんな手間をかけたのだが……最後の最後で躓いている。


「なーーーーーんか、面倒くさくなってきたな」


 いそいそと帰り支度を始める勇者は、興味がドンドン薄れてきているようだ。

 だが、アリシアとの生活にはナセルとの婚姻関係が究極的に邪魔で……逆に言えばそれさえなければ、別に死のうが生きようがどうでもよかった。


 それに気づいたギルドマスターは、妙案も思いつき勇者に耳打ちする。


「ん? 何よ──」

 ごにょごにょ。


「マジで? いいねそれ!」

 

 ギルドマスターの耳打ちに喜色を現す勇者は、ズカズカと壇上に上がって王と神官長の前に立つと、言った。






「──異端者魔族に加担した者ってことにすれば、王国の全ての権利を取り上げられるんだって?」





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