第4話「皆が俺をはめていく」
──アナタのことはもう愛していない。
その言葉が反響し、ナセルはようやく気が付いた。
身体は五体満足。どこも欠損はない。
ただ着ていたはずの鎧は、どこにもないし、剣も道具袋もない。
ただ身に着けているのはボロばかり。
「く、くそぉぉぉぉぉ!」
起き上がりざまに床を思いっきり叩く!
手の皮がその拍子に剥けて血が飛び散ったが気にもならない。
現状が
「くそぉぉぉ、くそぉぉぉ!!」
あの
あの
くそぉ!
くそぉぉ!!
くそぉぉぉ!!!
「絶対ぶっっっっ殺してやる!!!」
はぁはぁはぁ……。
荒い息をついたナセルは、ここでようやく周囲に目を向ける余裕ができた。
それ以前に嗅覚を刺激するなにか……。
カビ臭く、糞尿の匂いが立ち込めている。
「ここは…………牢屋?」
それに気づいた時に、自分の足に木製の足枷が填められていることに気付いた。複雑な呪文の刻まれたソレ──。
恐らく召喚術を妨害する類のものだろう。
試しに、ドラゴンを召喚してみようとしたがサッパリ反応がなかった。
その後のナセルは自問するばかり、
なぜこんなことになったのか。
勇者コージは何故あんなことを?
アリシアは俺を裏切った?
寝取られて……。訳の分からない状況に追い込まれている。
悶々と考え込んでいるナセルの耳が足音を捕らえる。警戒した様子もないそれは──、
「ナセル・バージニア。出ろ」
牢屋番の男らしい。
顔に覚えはないが、王国軍の正式装備を身に纏っていることから正規の兵士だろう。
言われるままに牢をでるが、足枷のせいでひどく歩きづらい。
「おい、何なんだ!? 何で俺が牢屋に入れられている?」
牢番に話しかけるも無反応。淡々とナセルを連行していくのみ。
そのウチ明るい場所にでた。
ここは────。
立ち並ぶ尖塔に、分厚い城壁。王のおわす豪奢な宮殿……──王城!?
振り返った先は王城の牢屋らしく、入り口は屈強な兵士が見張りについている。
城下町にある警邏隊用の拘留場ですらない様だ。
(何がどうなっている?)
訳が分からぬままナセルは引き出されて広場まで連行されていった。
そこには野外用の閲兵場らしく、数は多くないものの高価な鎧に身を包んだ近衛兵がズラリと立ち並びその奥にいる貴人を守護しているらしい。
そして、そこには────。
「こ、国王陛下!?」
かつて国軍にいた頃何度か目にしたこともあるそのお方。
ドラゴンを操って魔王軍に大打撃を与えたときは受勲され、この胸に勲章を授かったこともある。
だから顔を知っている。いや、そも国民なら誰でも知っているはずだ。
「早く歩けッ」
牢番に乱暴に突き飛ばされ、ヨロヨロと進み出るナセル。
訳の分からない状況だが、王の面前に引き出されるという事らしい。
一際高い壇上にいる王が厳めしい顔のままナセルを見下ろしていた。
そしてその壇の下には────。
「コージ、てめぇぇぇぇぇ!!」
思わず叫んだナセルの眼前には、アリシアを侍らせた勇者コージがいた。
「──黙れ下郎」
激高するナセルを諫めたのは威厳ある響きを伴う王の声。
それだけで一瞬にしてナセルの血は静まり返ってしまう。ドラゴン
そのナセルならば、権力者の一喝は震え上がるに十分に過ぎた。
思わず片膝をつき、首を垂れている自分がいる──。
「……A級冒険者、ナセル・バージニアで相違ないな?」
朗々と壇上から語る王の声に、理由は分からないもナセルと謁見する用意があるらしい。
「はッ。相違ございません。元王国軍野戦師団所属、召喚獣中隊のドラゴン
「ふむ……功績は存じている────
王の声にナセルを詰るようなものはなく、むしろ功績についても知ってくれていたことはナセルに取って朗報だった。
今、壇の下でナセルをニヤニヤと見下した笑いで見ている勇者コージとアリシアの不貞を申し立ててもいいかもしれない。
勇者を召喚したのは王だ。
聞く耳を持ってくれるだろう。
「王よ──」
「──ナセル・バージニア。貴様を国家反逆罪の廉で審問する」
は?
「いま、なんと……? ぐぁ!!」
思わず聞き返したナセルを背後から殴打して黙らせたものがいる。
頭に受けた衝撃に堪らず手をついてしまう。
「貴様! 王の面前だぞ!!」
そう言ってナセルを罵倒する声に覚えが……。
って、
ぎ、ギルドマスター!?
退役軍人が出資してその受け皿となっている冒険者ギルド。
ナセルも所属するそこの責任者だ。
いかつい体つきで歴戦の勇士のごとく姿から、「豪傑マスター」の異名をとる。
しかも、かつて千年前に勇者とともに戦った剣聖の──その末裔らしい。
今はその剣の腕は名を聞かなくなったものの、軍にいたころの勇名は轟いていた。
実際は指揮官タイプで、もと王国軍の将官だったらしい。
それでも並みの冒険者よりは遥かに強いという。
「ま、マスター!? 何をするんです! そ、そいつを……そいつをぉ!!」
ジタバタと暴れるナセルは勇者コージとアリシアを指し、喚きに喚く。
「見苦しいな……これが
嘆かわしいと王は首を振る。
「申し訳ありません。王よ。お続け下さい」
ギルドマスターに押さえつけられてはナセルとて動きようもない。
──ナセルは召喚士。どちらかと言うと召喚獣で戦うのが常。一応並みの軍人なみには剣も扱えるが、達人でもなんでもない。
「ふむ……それでは訴状を読み上げる。ナセル・バージニアは妻アリシアを日頃暴力にて支配し、危険な冒険者稼業に無理やり従事させていた。それを告発し、アリシアを庇った勇者コージを公衆の面前で暴行し、その命を奪おうとした。よってこれは一級国家反逆罪とみなす──」
それだけを一気に言い切ると、王は静かにナセルを見る。
しかし……見られてどうしろと言うのか?
「な、何の話です!? 王よ、それは出鱈目です!」
ギルドマスターに押さえつけられながらもナセルは必死に訴えかける。
「妻を暴力? ……一度だってそんなことはありません! 冒険者稼業を無理やりだなんて言いがかりです!」
「……続けろ」
「──コージを公衆の面前で暴行ですって!? 確かに、ギルドで彼に殴り掛かったのは事実です。しかし、それはコージが我妻アリシアと不貞を働いていたことを告白し、衆目下で俺の侮辱し、あろうことかギルド内でわざと俺を挑発したんです!!」
そうだ。これが事実だ!
王はそれを聞き届けると、一度瞑目し、
「勇者を殴打した事実は認めると────しかしながら、確かに人の妻を欲するというのは褒められた話ではない。ないが……」
チラリと勇者を見る王は、
「不貞を働いた事実はあるのか? それを誰が証言する?」
はぁ?
今まさに、アンタのいる壇の下で、俺の妻とクソ勇者が乳繰りあってるぞ!? あ、ほら! めっちゃ指絡めてるやん!?
「そ、それは──そ、それを見れば……わかる話ではありませんかッ!?」
王は豊かな髭を撫でつつ、
「うむ。たしかに親密であるな。しかし、一つ屋根の下で暮らしていたなら、おかしくは無かろう? 余にはスキンシップの範囲に見えるが……」
は、はぁぁぁぁぁ!!!???
い、いや、見ろよ!!
今、アリシアとドギツイチューしてるぞ!?
すっげー密着してるぞ?!
アリシアはアリシアで勇者さんとゼロ距離で見つめって、愛でていらっしゃるぞ!?
「スキンシップですな」
「スキンシップです」
王と、ギルドマスターはうんうん。と頷いている。
さらに、
「神官長はどう見る?」
王は軽く振り返ると、目立たぬように王の背後に控えていた神官服の青年が進み出て言う。
「はい──聖女信仰の我らが聖書には不貞の基準について特に記載されておりません。本官に見立てからもスキンシップかと──」
え、
ええええ……。
いや、
え?
いやいやいやいやいやいや!!!
あれはそろそろ「次の段階」始めるぞ!?
もう、ウチの嫁ノリノリですがな!!??
「な、ならば────勇者コージと我妻アリシアの間には子どもがいると!! 奴らは、そう申しておりました!!」
もはや、悲しくなる次元の話ではない。男としての尊厳なんぞない。留守中に妻が居候中の男と姦淫して、あまつさえ子どもまで……。
一生笑いものにされるだけでなく、二度と妻を──女を信用できなくなるほどの
「ふむ……! それが事実なら実に、めでた────ごほん。実に、ゆゆしき事態であるな。神官長」
「は。確かに……子ができておれば、流石に不貞でありましょうが……おぉ! 勇者の子ですか。ん、ゴホン」
なにやらゴニョゴニョし始める王と神官長。
勇者とアリシアは…………────。あーうん。
なんだか、ニャンニャンしてらっしゃる。
っていうか、なんだこれ?
これはもう確実に────……。
「その子が勇者の子である証拠はあるのか? 神官長はどう思う?」
「いかにも、勇者の子であればよいが──ごほん。暴力で妻を支配していたとはいえ、夫婦であったならアナタの子供ではないのですか?」
は!!
んなわけあるか!
…………言ってしまうと悲しいけど──。
「妻とは────……随分、ご無沙汰であります」
クッ……男として悔しくて涙が出る。
っておい! 今、王様と神官長笑っただろ!!
「ブププ……! ゴホン。いずれにしても、我が国の戦力の骨幹たる勇者に手を上げ、あまつさえ殺害しようとするなどあってはならん事だ!」
「ククク……! 然り────王のおっしゃる通り。神より遣わされた稀代の戦士──勇者コージ。彼の者を亡き者にしようなど、魔王の所業です」
神官長もなんか急にしゃしゃり出てベラベラ喋り出す。俺……魔王になっちゃったよ!?
「ところで、ナセルよ。勇者の不貞だけをお主は犯行の動機としておるが、……それ以前に、その妻アリシアとの出会いであるが──」
ノリノリでニャンニャンの勇者とアリシアを見て、頬をポリポリと掻いて参ったなと言った表情の王様。
「──その妻アリシアの証言から、お主には婚姻以前に金銭的なトラブルがあり、半ば奴隷状態であったと聞いた。それを盾に無理やり結婚を迫られたと証言した!」
はぁぁ!?
アリシアさん、そんなことまで言っちゃうわけ!?
そんな
「その通り。聖女の教えのもと──教会にて祝福した我らも心苦しい。まさか偽りの愛ゆえの結婚であったなどと──」
大げさな身振りで嘆いている神官長。
さらには、
「ギルドマスターとしても、冒険者たちの金銭的なトラブルにもっと気を配るべきだったと自分を恥じる思いです」
ナセルを押さえつけるギルドマスターも何やら神妙に言い出す。
ここまでくれば、いくら俺でも気づく。
これは茶番だ。
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