第3話「それは不貞というもので──」

※王都ヴァルハラムの冒険者ギルドにて※



 向かい合う若い男女と、中年が一人──。



「──アナタのことはもう愛していない」

 そう言ったのは金髪碧眼の美少女──15歳年下の新妻、アリシアだった。


 それはいつものギルドでの日々。

 想定外の言葉にナセルとしては、青天の霹靂とはこのことか、と思った次第。


「はぁ?!」

 口をついて出たのは、ただただ困惑の一言。


 冒険者でごった返し、ザワザワとした喧騒が溢れていた内部も一瞬でシンと静まり返る。


 言われた当の本人も二の句が継げずにいたが──。


 とは言え、

 突然のことに驚愕していた俺ことナセル・バージニアは、すぐに正気を取り戻すと妻アリシアをを問い詰める。

 ──だが、代わりに答えたのは黒髪、黒い瞳に逞しい体と美しい容姿の青年──勇者コージだった。


 ナセルや周囲の冒険者を見ればわかるが、この地方によくある茶髪に青い目の一般的な容姿とは明らかに異なる。ナセルとは似ても似つかぬ容姿端麗な美丈夫……。


 そいつがせせら笑いながらのたまう。


「はっ! オッサン、まだわからねぇのか?」


 二回りほど年下の勇者に舐めた口調で言われても、なんのことかさっぱりわからない。


 そもそも、コイツにギルドでの仕事を斡旋してやっているのにこの言い草。

 しかし、今それはどうでもいい。


「ど、どういう意味だ……?」

 意図せず震える口調でアリシアを問うも、答えたのはやはりコージ。奴は何でもないように言う。


「アリシアはよぉ──お前より俺の方がいいってさ」


 そう言ってグィとアリシアを抱き寄せると、ナセルの目の前でイチャつき始めやがった。

 コージの野郎はあろうことか、公衆の面前で手指を絡めて恋人繋ぎ。どーみても、他人の女房にするには常識外れなそれを見て、一瞬……頭が真っ白になる。思考停止とはこのことだろう。


 ハッとした時には、アリシアも目をトロンとさせている。

 どうみても嫌がってはいないし、それどころか慣れた雰囲気すら感じる。


「お、お前ら……何やってるか分かってるのか!?」


「愛し合ってますが、──何か?」

 整った顔をしているはずの勇者の顔が実に醜悪に見える。

「ごめんなさい。貴方……」

 上気した顔でウットリと勇者と見つめ合うアリシアは、少しだけ申し訳なさそうに言う。


 しかし、すぐに勇者とイチャつき始めたので、流石に腹の立ったナセルは勇者の肩を掴んで引き離そうとする。


 ──愛し合っているとかなんとか知らないけどな!

 このと俺は結婚していて、今も夫婦なんだよッ!


「あ、アリシア! わかってるのか!? お前のやってることは不倫で──コージぃ、テメェは間男だ!」


「誰が間男だ。わざわざギルドでこんなことを宣言してるのはよぉ。お前に引導渡すために決まってんだろうが?」


 なんでもない事のように言うコージ。

 ここは王都にある冒険者ギルド。その中央ホールだ。


 一般的なギルド同様の構造で、ホールに掲示板、それに受付がある。

 併設された酒場には昼間っから酒をかっくらう暇な冒険者。

 そして、いびられる新人冒険者と──いつもの風景なのだが……。

 突然、不倫宣言&間男上等とばかりに挑発されたことを除けば…………だ。


 ええ、そうですとも──いつも通りですとも。


 アリシアの顔を見れば、少しばかり申し訳なさそうな影をみせているが、トロンとした顔は完全にメスのそれ。

 ナセルの知っているアリシアの顔ではない。


 ナセルの知っているアリシアはもっとお淑やかで朗らかで──温かい女性だったはず。

 少なくとも、堂々と不倫をするような娘では──……ない。


 ナセルとアリシアは夫婦だ。

 年の差こそあれ、仲睦まじいと思う。いや、思っていた。


 …………。


 二人の出会いはそれほど古くない。

 戦争のケガが元で病床に耽っていたナセルは、今後のことを考えて軍を引退した。

 上官の勧めで、次の仕事先は退役軍人から構成される、とある冒険者ギルドのフリー冒険者に決まった。

 当初は慣れない冒険者稼業に戸惑い、退職金と蓄えを切り崩しながら生計を立てていたのだが、

 それでも、ナセルは元々から軍での経験もあり、そして才能もあったのだろう。

 メキメキと実力を伸ばしていき、いつしか中堅と呼ばれるくらいに進歩していた。


 なにより、ナセルにはドラゴンがいる。

 生物の最強種たるドラゴン──その召喚士だ。


 そんな、ある日────ギルドが斡旋するクエストで、ナセルの能力を見込んだ冒険者たちに乞われて、臨時パーティを組んで冒険に出かけた。


 そこにアリシアはいた。


 駆け出しの彼女は、まだ技術もなにもかもが拙いもので、臨時パーティの中でも足手まといだった。

 それをナセルが上手くフォローし、導いていった。


 そのことに感激したアリシアは、顔を赤くしながらもナセルに今後も一緒に冒険者パーティを組んでくれないかと乞うてきた。

 臨時パーティが捌けてしまえばどちらもソロであったことだし、ナセルも特に断る理由がなかったので了承した。


 それから二人の冒険が始まり、自然な成り行きで体を重ね、そして結婚した────。


 そう、それが一年前。


 年の差こそあれ、幸せだったと思う。

 貯えを崩して家を買い、少しずつ家具をそろえていった。そして愛を育む────。どこにでもある幸せな家庭だったはずだ。



 それが!!


 

「いい加減気付けよ。オッサン。お前とアリシアは不釣り合いさ」



 ふ、

「ふざけるなぁぁぁぁぁ!!」


 激高したナセルは、勇者コージに殴り掛かる。

 公衆の面前、

 衆目下だろうと知るか!!


「おいおい? 俺は勇者だぜ、そんな拳が効く────ぶッ」


 ガン! と、ナセルの拳が奴の頬にめり込むが、少し体を揺らせただけで勇者の野郎はビクともしない──。

 

(こ、コイツ!!)


「あーあーあー……やっちまったな」

 そう言ってユラリと近づくと、一瞬の速さで間合いを詰める。

 そして、


「(こっちが何に準備もしてねーと思ったのか? ばーか)」

 ソッと耳打ちし、ガツンと当身をブチ当ててきた。

 それだけで意識が遠のきそうになる────。


 なんとか、踏みとどまったものの、昏倒を先延ばししただけだ。

 こ、こんな────!?

 

 俺は────歴戦の『ドラゴン召喚士サモナー』だぞ!?

 たかが、少し前に召喚された・・・・・・・・・だけの小僧に──……!


 驚愕のあまり声の出ないナセル。

 それに加えて様々なショックが重なり、本来の実力を発揮できぬままナセルの視界が暗く落ちていく。


 く、まだだ!

 まだ君の本心を聞いていない────アリシア!!


 手を伸ばした先のアリシアは、勇者と口づけをかわしており、もうナセルを見ていない。


 それだけでも、ナセルの精神を深く抉りトドメの一撃を加えんばかり。


 だが、


「じゃあ、後は仕上げだな」

 ニヤリと笑う勇者コージ。

 それに艶やかに笑って答えるアリシアは、

「えぇ、コージ──はやく一緒になりたいわ」


 そう言って腹を撫でるアリシア。愛おし気に撫でるそれはまるで……。


「俺達の子のためにも、邪魔者は消えてもらわないと」


「は? おい……何の話だ?」

「察しが悪い奴だな────アリシアはお前が冒険で家を空けてる最中、俺とヨロシクしてたって言ってんだよ」


「な!」


「ごめんなさい、貴方。……嫌いじゃないの。だけど、私はコージを愛してしまったの──」


 そう言って勇者にしな垂れかかると再び口をつける。



「へへ……すまねぇな、オッサン────魔王を倒した・・・・・・頃にゃ、子供の顔を見せに行ってやるよ」



 どうりで……!

 どうりで…………!


 道理で、最近俺に一緒にダンジョンへ潜らないわけだ。

 道理で、床を一緒にしない・・・・・・・・わけだ!


 どうりで!!




 いま、

 ここで、

 

 ようやく納得いったよ!!!




「──このくそビッチが!」




 妻であり、冒険者であり────おれの愛した女は、もうここにはいない。


「俺の女に何て口利きやがるッ」


 俺がこの場で見たのは奴の拳がみるみる迫ってくる様だった。

 だけど、目を閉じない────。


 俺の目は最後までくそビッチアリシアを見続けていた。





 そして、俺の意識は闇に落ちた────。

 だが、それはまだホンの始まりに過ぎない……。



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