第2話「勇者と若妻」

 ナセルは『ドラゴン召喚士サモナー』として歩み出そうとしていた。


 『召喚士』は、そのままでは何も召喚できない。

 ナセル達のような無印・・の『召喚士』が召喚獣を呼べるようになるためには、召喚士『職』の拝命と『呪印』が必要になる。


 もっとも職はあくまで肩書であるため、一番重要なのは『呪印』だ。


 ナセルも『ドラゴン召喚士』になるため、王国内の学校で行われる『召喚士』職の拝命ジョブチェンジの厳正なる儀式の中──いよいよその順番を待っていた。


 法衣に身を包んだ司祭があらわれて全員に一礼する。

 彼は聖女をまつる教会の司祭。皆を見渡しつつ誓言を朗々と語る中、ローブを着た魔術師が進み出る。

 彼らは特殊な墨を手にして召喚士たちに次々に『呪印』を刻んでいき、ナセルの肌にも針と刃物で傷を付けながら『呪印』を刻みこんだ。


 苦痛に顔を歪めながらもナセルは耐える。

 そして、激痛を伴う召喚士の儀式に耐えに耐え、胸に浮かんだ『ドラゴン』の文字。


 ジワジワと熱をともない、淡く光るソレは────ナセルにドラゴンを呼び出させることを可能にする。







「ドラゴン!!」






 ───ドラゴン。

 ナセルの呼びかけに応じて召喚魔法陣が現れた。


 複雑な古代文字をズラ――と浮かべた透明な円環が中空に表れて明暗を繰り返す。それはまるで鼓動のようで──……。

 そこから湧き出すものがある。


 ──光の粒子を纏った竜の姿。



「キュルァァアア!」


 この世に顕現出来ることを喜ぶかのように一声叫び、力強く宙に現れたのは、美しい青の鱗を纏った竜!

 

 そして、同時に現れたのはステータス画面。

 目の前に表示されるそれは透明なガラス板のようで、ズラリと並ぶ文字列はいずれもドラゴンのステータス──。



ドラゴンLv0:ドラゴンパピー

ス  キ  ル:火ブレス(小)、吶喊、噛みつき、ひっかき

備     考:ドラゴンの赤ちゃん。非常に臆病だが、狂暴。


※  ※  ※:

   Lv0→ドラゴンパピー

(次)Lv1→レッサードラゴン(小)

       ドラゴンJr

   Lv2→????

   Lv3→????

   Lv4→????

   Lv5→????

   Lv6→????

   Lv7→????      

   Lv8→????

   Lv完→????



 ナセルは『ドラゴン召喚士サモナー』になった。


 初めて呼び出したドラゴンが雄々しく咆哮をあげ、

 その雄たけびに、ナセルは自分の成しえた技に感動して涙したものだ。


 …………。


 ※ ※


 それからは激動の時代だった。

 学校を卒業したナセルは、王国軍に入隊し魔王軍との戦いに身を置くことになった。


 『ドラゴン召喚士』は引く手数多あまた


 王国軍以外にも、各国でも優秀な戦略として重用されるのだが、わざわざ故郷から離れる気にはなれなかった。

 ここは勇者の国──魔王軍との戦いの最前線だ。


 だから、ナセルはここに決めた。故郷を……国を守るため。


 それからは、日々を魔王軍との戦いに費やし、王国の安寧のために努めることになった。


 大規模な戦闘は生起していないとはいえ、毎日のように魔物は南進し、戦線に圧力をかけ続ける。

 ナセルも日々の戦いでドラゴンを駆り、激しい戦いを繰り広げた。


 殺し殺される日々。

 終わりなき戦いの中で、ナセルはいつしか新人からベテランと呼ばれるまでに軍人として成長していた。

 階級もあがり、胸を飾る勲章も増えた。


 しかし、ある日。

 非常に強大な魔物が現れて王国軍の防衛線食い破り大損害を与えた。


 そいつはベヒーモスという。

 紫色をした巨大な体躯の魔物は、取り巻きの魔族を引き連れて突撃。あっという間に城壁をき、後詰めの兵士の壁も蹂躙して見せた。


 ナセル達『召喚士』も奮闘し、『ドラゴン』に『ゴーレム』、『英雄』たちを召喚して辛うじて食い止めることに成功した。

 傷ついたベヒーモスは下がり、あとから雪崩れ込んできた魔王軍もなんとか予備軍によって撃退。


 ……戦線は支えられたものの、激しい戦いの中──ナセルも大怪我をし、後送された。


 それから、しばらく生死の境を彷徨ったのち──ナセルは意識を取り戻した。胸には傷夷軍人に授与される勲章が飾られていたが、軍人としてのナセルはそこにはいなかった。

 後遺症として、持久力が著しく落ちたナセル。

 結局、怪我が元で長時間の行軍に耐えられなくなったナセルは軍人としての道を諦めざるを得なかった。


 名誉除隊を認められたナセルは、軍を辞めた。

 しかし、ナセルは当時の上官の勧めもあり、退役軍人からなる冒険者ギルドに冒険者として登録し新たな人生を歩み始めることになる。




 そこで、ギルドの新人冒険者アリシアに出会い。二人は恋に落ち……結婚した。

 ナセルが30歳、アリシアが15歳のときのことだ。




 幸せな日々だった。

 若く美しい妻、新しい人生、新しい出会いにナセルは充実した思いで過ごしていたが……、


 ──ある日のこと。ナセルは冒険者ギルドから、依頼を受ける。

 それは、冒険者ギルドマスターからの直々の依頼。


 ベテラン冒険者として有名を馳せるナセルに、冒険者として訓練をしてほしいと──そういった。


 そして、一人の青年を紹介された。


 魔王軍に対抗するため王国が異世界から召喚したという青年。

 彼はコージ・ヤシマと言った。

 黒髪、黒目の美しい青年。



 彼こそ、かの伝説の強者────『勇者』だった。



 魔王軍との戦いに疲弊していた王国。

 国王は決定的な勝利を手にするために、伝説上で語られていた『勇者』を求めた。

 かつて、勇者は異世界から召喚したということを王家代々伝わる資料から知っていた国王は、勇者召喚の儀式を行うことを決意した。


 一騎当千、一人で魔王を滅ぼせる力を持つ人間兵器を王国に呼びだすというのは、国王以外からはかなりの抵抗があったという。

 それはそうだろう。

 勇者が御しきれなければ……その負債をおうのは王国だ。

 だが、国王の後押しもあり、結局は勇者召喚はおこなわれることになる。

 すぐさま魔術師が招集され、古代より伝わる儀式により、彼は『勇者』として召喚。

 王国が再び勇者の国となった瞬間でもあった。


 『勇者コージ』、召喚されし青年は国から歓喜をもって迎え入れられる。


 なぜなら、彼は紛れもなく『勇者』であった。

 その力を象徴するかの如く、誰にも扱えなかったはずの聖剣を軽々と使って見せ、強力な古代魔法すら稚拙ながら使いこなす。


 当初懐疑的な目を持っていた者も、その力を目の当たりにしたことにより勇者コージの地位は不動のものとなった。


 その後、彼は対魔王戦の切り札として王国に重用される。

 その一環として、まずは経験を積むために、と──冒険者ギルドへと一時的に派遣されたらしい。


 ──らしい、というのは、その経緯は勇者本人からナセルが聞き取っただけだからだ。


 ともかく、

 そこでギルドはベテランの冒険者として活躍するナセルにコージの世話役を申し付けた。


 新妻との生活を邪魔されたくない思いもあったが、一も二もなく、当のアリシアが受け入れると言うので仕方なくナセルは勇者コージを家に招き入れた。


 彼のLv上げの指導と生活支援のために一室を貸し与えるという条件だ。


 下宿ということもあり、最初の頃は遠慮していた勇者も段々と実力があがるにつれ、横柄な態度が目立ち始めた。


 アリシアとの距離感が近すぎるのも気にはなっていた。

 しかし、いくら何でも人妻に手を出すはずもないし、これでもナセルは十分に優しく接していた。


 だが、コージを家に下宿させて以来、アリシアとの生活にも変化が訪れた。


 夜の生活は当然ありえないし、コージを伴ってギルドのクエストを達成していたのも最初のうちだけ。

 そのうちコージは一人で活動し始めたし、ナセルもアリシアと二人でクエストを達成する日々に戻った。


 しかし、アリシアは時々家の用事を理由にギルドやクエストに同行することを渋る様になり──コージを下宿させてから1年がたつ頃にはほとんどナセル一人で行動するようになっていた。



 そりゃそうだ……。









 ナセルが不在間に、コージとアリシアはヨロシクやっていたんだからな────。


 よりにもよって俺のベッドを使ってなッ。







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